第十五話_ビオラ、少年を治療する

 門、ともいえない壁と壁の切れ間からブルースモグは村に入っていく。するとその姿を見て人間が駆け寄って来た。


「大ババ様! ご無事で?!」


「あぁ、今帰った。 アラディールの様子はどうだい?」


「はい、まだ熱が引きません。 大ババ様、妖精蜂の蜜のほうは?」


「手に入れて来たよ。 医者も一緒に、な」


 キョトンとした顔で「医者?」と呟く男性の視界に、ブルースモグの陰からヒョコっとビオラが顔を出す。


「よ、妖精蜂?!」


「あぁ、彼女が蜜と薬を分けてくれた。治療してくれるそうだ」


 ニッと笑いかけるブルースモグにビオラは「うん」と返事をする。


「じゃ、早速だが頼むよビオラ」


 そう言いながらブルースモグは自宅に向かって歩く。その後ろで男性は驚いて呆然としていた。


「ねぇ、オババは偉い人なの?」


「ん? あぁ、この村の臨時村長だね」


「へ~、女の人が村長って人間の世界じゃ珍しいんじゃない?」


「ほぉ、よく知ってるね。 妖精蜂ってのはあまり他種族に関心がないと思っていたが、意外と博識だねぇビオラ」


 ―― 漫画の知識です……


 感心しているようすのブルースモグだったが、実際のところは実家でゴロゴロしていた時代に妖精蜂の中で出回っているほぼ全ての漫画を読破していたビオラである。彼女の外界の知識はほとんど漫画依存であった。


 ビオラはスッと目線を逸らして「ま、まぁね……」と曖昧に返事をした。


「息子が魔族との戦で死んじまってね。 孫が育つまでの臨時の村長だよ」


「え?」


「さ、着いた。 今戻ったよ」


 ブルースモグは扉を開けて部屋の中に声をかける。「お義母さん!」と女性が声を出して駆け寄って来た。


「アラディールの様子はどうだい? レジー」


「それが一向に熱が……」


「そうかい。 ビオラ、診てくれるかい?」


「はいは~い」


 ビオラはブーンっと部屋の中に入り、奥に向かって飛んでいく。それをレジーと呼ばれた女性は「え?」と目を丸くしてビオラを視線で追う。


 部屋の奥で十歳くらいの少年が熱にうなされて横になっていた。ビオラはその少年の顔を覗き込む。


「どうだい、ビオラ?」


「うん、なんも分からん! でもまぁ、薬飲ませれば何とかなるんじゃない?」


「ははっ、そうかい」


「オババ、なんか器ある?」


「おぅ、ちょっと待ってな」


 ブルースモグは木の器を持って来てテーブルの上に置いた。ビオラはそこまで薬草持って飛んでくると口に含んでクチャクチャと薬草を嚙み砕き、器にタパァ~っと吐き出した。


 再び薬草を口に入れ噛み砕くと吐き出す。それをビオラは何度か繰り返した。


「ふぅ…… これくらいかな? オババ、これ飲ませてあげて」


「水で薄めても大丈夫かい? ドロドロしてるから病人には飲みにくそうだ」


「いいと思うよ~」


 ブルースモグは器を手に取ると水で薬草を溶き始め、少年の体を支えながら起こすと薬を飲ませる。


「なぁなぁ、ビオラ。 妾は? 妾は何すればいい?」


 ―― なにもすることないけどなぁ……


 ビオラはそう思うが、服の端をクイクイと引っ張るES-077は何か役に立ちたそうであった。


「ナナちゃんは、じゃあ……………… 踊ってて」


「分かった、任せろ!」


 何も思いつかなかったビオラは適当にあしらった。しかし本気にしたES-077は少年の枕元で不思議なダンスを踊りだす。


「苦い……」


 薬を飲まされた少年は飲み切る前に苦しそうに顔を歪めた。ブルースモグは慌てて蜂蜜の瓶を開け、「レジー、木匙をとっておくれ」と言って受け取ると少年に蜂蜜を舐めさせた。


「甘い…… 美味しい」


 蜂蜜を舐めると苦しそうな表情をしていた少年が、ふっと笑みを零す。それを見てブルースモグとレジーはホッとした顔をした。


「ほら、残りの薬も飲んで」


「え~……」


 少年が嫌がるのを見てレジーは「よかったぁ」と涙声で言った。どうやら今まで熱にうなされて反応らしい反応もなかったようである。


「飲みきったらまた蜂蜜やるから、な」


「うん…… 分かった、お婆ちゃん」


 少年は器の薬を飲み干し、蜂蜜を木匙一杯舐めると嬉しそうに笑った。


「ねぇ、オババ。 念のため、魔法も掛けておく?」


「回復魔法まで使えるのかい? じゃあ頼んでいいかね?」


「回復魔法ってわけじゃないけど。 うん。 薬の効き目が良くなるって感じの気休め程度の補助魔法だけどね」


 ビオラは両手を広げて「世界に恵みをもたらす数多の精霊たちよ」と呼びかけ、両手を天に向かって掲げる。すると彼女の体が淡い魔力の光に包まれた。


「薬の服用、ヨシ! ご安静にっ!」


 ビオラは魔法を唱える。するとアラディールの体をボワァッとビオラと同じような光が包む。

 アラディールは驚きとも感動ともとれる表情でビオラと自分の体を見ていた。なんだか少し元気になったような気がした。


 発熱の苦痛が和らぎ、心地よくなったアラディールは目を瞑る。そしてしばらくすると、アラディールはすぅすぅと寝息を立てて眠りについた。


「ありがとよ、ビオラ」


 ビオラに向かってブルースモグはニコリと笑う。ES-077が踊りながら「妾は?」と言うとブルースモグはES-077を見て「あぁ、ナナもありがとう。 もう踊りはいいよ、寝たからね。 また起きたら見せてやってくれ」とES-077の頭を指で撫でる。


「あ、あの、アラディールの母のレジーです。 妖精蜂さん、ありがとうございます」


「いえいえ。 あ、ビオラです。こっちはナナちゃん」


「お二人ともありがとうございます、何かお礼を」


「いや、成り行きなんで別に――」

「食べ物!」


 挙手しながら勢いよく会話に入ってきたES-077を見てフフッとレジーは笑い、「用意しますね」と台所に向かう。「お肉! お肉!」とES-077はピョンピョン飛び跳ねている。


「ビオラは肉食わんのだろ?」


「うん、でも持ってきた蜂蜜があるから大丈夫だよ」


「だが帰りの分の蜂蜜は必要だろ? そこらに花の咲いてるサボテンがあるかもしれない。まぁ、たいして礼にもならないけど、気持ちは受け取っておくれ」


 立ち上がって「案内するよ」と言うブルースモグにビオラは「おっけー、オババ」とついて行き外に出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る