第30話 二人は邂逅す=下層の巨魁


 ——そして、通路の先に大きな門が現れた。


 鈍く冷たい光を反射する黒鉄の大扉は、来るもの全てを拒絶するようにそこに存在している。

 この大扉の向こうが、28層の階層主ボスエネミーが出現するボス部屋だ。


「……なんだかあっさりすぎない? 魔物一匹も出てこなかったけど……?」


 ここまで走りっぱなしであった璃菜も、そこまで疲労を感じることなく到着してしまった。どう考えても、普通の攻略ではありえない状況。……それはつまり、誰かの仕業だということだ。


「ああ。だからな。道中の魔物は配下が狩り尽くしている。……まぁそれでも再出現リポップする魔物と遭遇する可能性もあったが、杞憂であったな」


「下層って……下層全部?」


「ん?……そうだが? ほら、あれを見よ」


 不死霊帝ノーライフキングが捩くれた杖の先端を向けた先、通路の角から少しだけ覗く位置に三体の鎧に矢だの剣だのが突き刺さった亡者兵が待機しており、こちらを見てペコっと会釈した。


「……アレなに?」


「我が配下の亡者兵たちだ。……ああ見えて、単独で下層の魔物複数体とやりあえる、頼りになる精鋭たちなのだ」


「…………あそこにいるので全部?」


「ハハハハ、まさか。全部で三万体呼び出して、下層全域に配置しているとも。……それがどうした?」


「………………イエ、ナンデモナイデス」


 聞かなきゃよかったな、と璃菜は思った。


――――――――――

@青蜥蜴:つまりなんだ……不死霊帝ヤツ一体で下層丸ごと全部よりもヤバい、ってこと?

@鯖ーにゃ:あばばば脳が理解を拒むぅ……

@shishimaiZZ:どこと戦争するつもりなん?全世界?

@Seitengrat:仕事切り上げてきたが……不死霊帝ノーライフキングってそこまで超越したボスだったか?

――――――――――


 地蔵みたいな顔になっている璃菜と、同じく混迷を極めるコメント欄。全員の総意として、


(なんなんコイツ……)


 という気持ちで一致していた。


「では、さっさと進むぞ」


「もはやツッコむ気もしないわ……あ、そうだ!!」


 璃菜がいきなり大きな声を出したので夜都は内心ドキッとしながら、動揺を表に出さない訓練の賜物として、鷹揚な態度で「……どうした?」と振り返ることができた。


「ねぇアンタ、次の戦闘召喚禁止!!」


「な!? キサマが何故そんなことを決める!?」


「——アタシのチャンネルがBANされるからよっ!!」


 ……まだ記憶に新しい『赤髑髏あかドクロ事件』として既に半ばミーム化している大規模配信事故。

 全世界約一億人のリスナーに精神的被害を出したあの一件で、『りぃなチャンネル』には運営側からの“次はないからな?”の警告文がゴリゴリに届いていた。


「……いい? この際アンタがヤバいボスだとかそうじゃないとか、どーーっでもいいわ。あのね、場合によっては切り抜きとかショート動画とかで、小さいお子さんとかも目にするかもしれないの。


「む、むぅ………………善処、する」


 マジギレしてガン詰めする璃菜の迫力に、夜都は幼い頃に璃菜と遊んでいた頃の気分になって、思わず頷いてしまう。……そういえば、昔からキレると怖いタイプだった。


――――――――――

@りぃなたんガチ勢:いっぱいキレるりぃなたんも良き

@野生のP:怖いもの知らずすぎて見てる方の胃が持たん

@salmiakki:不死霊帝ノーライフキングさん、納得しちゃった……!

――――――――――

 

「じゃ、さっさと行くわよ」


「う……うむ。——では、開けるぞ? 油断するなよ」


 ゴ、ゴゴォォン……! という空間を震わせる轟音と共に、開け放たれる重厚な黒鉄の扉。すると、ボスフロアの内側から璃菜の足元へ冷たい空気が流れ出してくる。


「……あれが、階層主ボスエネミー……!」


 少数の松明によって照らされる薄暗いフロアの中央。

 うずたかく積み上げられた戦士の石像の上で、巨大な蛇がとぐろを巻いている。——いや、よく見ればそれはただの蛇ではなく、がこちらを見て、不気味に微笑んでいた。


「ラミア……!?」


「ただのラミアではない……ヤツの足元をよく見よ」


「足元って……? ……うっ!!」


 恐怖に叫んでいるような石像の表情を見て——璃菜はに気が付いてしまった。


 『戦士の石像』だと見えたものは、数多くの冒険者たちが生きながらに石化した。……腕の先が欠けたものも、顔面が半分砕けたものも、胴体から下が無くなっているものも、全て元々は人間だった者たちだ。


「——石化の邪眼。……さしずめ、バジリスク・ラミアと言ったところか」


「そんな……!! いや待って! こんなの絶対おかしいって! だって、この街にダンジョンが出来てからあんな数の冒険者が失踪したり、行方不明になったなんて聞いたことない!」


「そうだ。だから、あそこにいるのはなのだ。……来るぞ!!」


「それってどういう……わわっ!?」


 哀れな石化犠牲者たちの山から、信じがたいスピードで接近するラミア。璃菜は初動の反応が半拍分ほど遅れてしまう。


「ちっ……! ヤツの眼を見るな!!」


「……くっ!!」


 咄嗟に大剣を盾にして視界から敵の姿を隠す璃菜。

 ……だが、当然のことながら敵の姿を見失ったために、視界外から飛んできたラミアの尾撃をモロに背中に受けてしまう。

 

「ぐぎっ、っ——!」


 鋼の鞭の如きその一撃は、背中で爆弾が弾けたような激痛を璃菜にもたらした。衝撃で床を五回半も転げ回り、あまりの痛みに叫び声すらも上げられずに悶える。


 ダンジョン下層のレベルでは致命的に過ぎる数瞬が経過した後、璃菜はやっとのことで立ち上がった。

 すると、涙で滲むぼやけた視界の先でバジリスク・ラミアがクスクスと蠱惑的な笑みを浮かべてゆったりと待ちながら、ただこちらを眺めていた。


(舐め、やがってぇぇっ……!!)


 追撃などまるで必要ないと、明らかに格下を相手にしているという余裕の態度。


 対等の命懸けの戦闘とみなされず、自分の縄張りに愚かにも迷い込んだネズミを殺してしまうまで弄ぶ猫のように、ただの玩具だとしか考えられていない。


「……ペッ! いいわ。どうせこんなところで躓いてちゃ、この先に進める訳もないし——

 

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