第19話 演出家は嗤う=謀略の影牙


――――――――――

@salmiakki:あともう少し!!

@鯖ーにゃ:いっけぇーーーー!!!!

@りぃなたんガチ勢:りぃなたん決めろぉぉぉおおお!!

――――――――――


 リスナーのコメントが怒涛の勢いで流れていく中、璃菜たち三人も突き動かされるようにサイクロプスの後を追ってフロアを移動した。


 ……嫌な予感が振り払えない。

 あと一撃で勝利できるはずなのに、なにか致命的な見落としをしているような焦燥感が消えないのだ。


 だが、脚を取られて地に臥すサイクロプスに追いついた瞬間、璃菜の心には「間に合った!」という安堵が押し寄せ——そのために、サイクロプスの意図を読み損ねた。


「くたばれぇぇぇええええーーーー!!!!」


「……クハハハハ、地ノ底デマタ会オウゾ!!!!」


 サイクロプスの哄笑がフロアを揺らす。

 次の瞬間、傷口から噴き出して周囲に血煙として漂っていたサイクロプスの魔力が——


「————え?」


「璃菜っ!」「りなちーー!!」


 爆炎の閃光に視界を塞がれる前、璃菜は二人の声を確かに聞いて、



 ドグゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオァァァアアアアアアアアンンンンンンンンンン………………!!!!!!!!



 耳をつんざく轟音と衝撃で、瞬間的に意識を失った。


 サイクロプスの最終攻撃ファイナルアタック——『呪禍血焔陣カースドフレアボム』の爆発によって


「璃菜さん!!」


 業火の中落下していく璃菜たちは、荒城の視界からはすぐに見えなくなる。だが、璃菜の人工精霊カメラは三人を追跡し、その行く先を撮り続けていた。

 ……だが、リスナーたちが見た光景は、さらなる絶望の始まりであった。


――――――――――

@善玉菌太郎:おい待て、ウソだろ……

@世界のNAKATA:あの青い光は……まさか!?

@野生のP:『転送罠』だとっ!!!?

――――――――――


 カメラが写すのは、落下先のフロアで蒼白く輝く巨大な魔法陣が今まさに発動せんとする姿だった。

 璃菜たちは、意識を失ったまま、崩れ落ちる瓦礫と共に青い光に飲み込まれていく——。



 『転送罠』

 ダンジョンで最も恐れられるトラップの一つ。

 仕掛けられたフロア深くに入り込み、回避が不可能になってはじめて作動する“ダンジョンの悪意”そのもの。

 

 多くの場合、転送罠は被害者たちをダンジョンのより深い階層に跳躍ワープさせる。

 不運にもこの罠にかかった冒険者たちは、これまでの地道なマッピングを全て無意味にされ、現在地も特定できない形でダンジョンの懐深くに招かれ、苦闘を強いられる。——そして多くの場合、そこで力尽きるのだ。


 ……璃菜たちがいたのは中層である十七層。

 そこから十八層に一階層分落下し、転送罠が発動した。


 つまり高い確率で二十層以降、「ダンジョン下層」のどこかに転送されていることになる。


「くっ、璃菜さん……!」


 サイクロプスの引き起こした大爆炎が収まると、荒城はフロアが崩落してできた大穴から下階を見下ろす。だが、そこで目にしたものは蒼い光に包まれて転送されていく璃菜たちの姿であった。


「……緊急事態発生です。『ダンジョン・コンサルティング』各員は即時下層への移動を開始! 所在不明となった璃菜さんたち三名の捜索を開始します!!」


 険しい表情でパーティメンバーに対して指示を出し、慌ただしくダンジョンアタックの準備を進めながら——荒城は口元から漏れ出る笑いを噛み殺した。


 部下に指示してこのフロアの耐久力を崩落寸前まで削り、サイクロプスの最後の一撃をこの場所——で発動させるように誘導した。……ダンジョン攻略の第一人者、国内有数のダンジョン専門家である荒城にとって、この程度の仕掛けを施すのは造作もないことであった。


 荒城は手持ちの道具鞄から人工精霊カメラを取り出し、宙に浮かべると、自身のチャンネルの配信をはじめた。


「——今、緊急で動画を回しています! 同行者であった『星屑コメット⭐︎がーるず』の皆さんが、転送罠で飛ばされてしまいました。……行き先はおそらく下層です。我々は急ぎ、彼女たちの救援に向かいます!」


――――――――――

@Arakist085:荒城さん突発配信あざす!!

@火星ソーダ:転送罠かぁ死人が出るかもなぁ

@カガチ弍式:くひひひまーたモザ塗れの配信になるぞー

@酒呑童女:はぁ?荒城様がいるから無事に決まってんでしょーが

――――――――――

 

 配信開始と同時に続々と集まる荒城のリスナーたち。

 彼は時折こうやって発生する「突発配信」を楽しみにしていた。……荒城が異常事態に対応するケースの多くで、“悲劇的な出来事”が発生するのだ。そして、それを荒城の活躍によって問題が解決されることも、リスナーたちは


 だが、リスナーたちはそれがヤラセであるとも仕込みであるとも思っていない——いや、真実それがどちらでも構わないのだ。


 自分の推し冒険者が危機に陥る若者を颯爽と助け出す。

 推しがヒーローでさえいてくれれば。

 推しが輝かしい功績を打ち立ててくれれば。

 ただそれだけが重要で、ただそれだけが見たい場面シーンなのだった。


 荒城の切迫感のある表情、カメラに映るパーティメンバーたちが下層に降りる準備を進める物々しい様子に、リスナーたちの興奮も高まっていく。


「……さぁ、彼女たちを救いに向かいましょう。大変なことになる前に、ね」


 全ては計画通り。

 凶悪な魔物が跳梁跋扈する下層で、璃菜たちはきっと命懸けの戦いに挑むだろう。……場合によっては、望まぬ悲劇が彼女たちを襲うかもしれない。


(しかし、我々の救援が間に合うことはありません……だってそうしなければ、が現れないかもしれませんからね?)


 意図的に作られた絶体絶命の舞台に、“悲劇のヒロイン”と“正体不明の魔王”、そして“悲劇を止める英雄”という最高の演者を揃え、最強のリアリティショーをはじめよう。


 荒城は自身の脚本で導かれる極上の「情動エモーション」を収獲するために、昏い笑みを隠しながら下層へと歩みを進める。



 この時、荒城は自身の全能感に酔いしれていた。

 ——だがその驕りを、ダンジョンは決して許さない。

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