第5話 少年は清祓す=学舎の手洗
(阿呆。お主の常識と、普通の学生さんたちの常識を一緒にするでないわ)
やれやれしょうがないのー、と脳内で呆れた声が響き、頭の中のやかましさに夜都はむぅ、と眉を顰める。
(えーそうかなぁ?)
(今年入学したばかりのひよっこと、キャリア十年のお主とで同じ訳があるまい。……まぁ、儂のキャリアは千五百年じゃがのぅ?)
(もー
脳内に響く千夜依の声と会話しながら、八坂夜都は窓越しに広がる叢雨市の街並みを眺めていた。——ここは昔から変わらない。
「…………そして、今ではこのダンジョンで産出された様々な資源がこの国の経済活動になくてはならないものになってる、っつーわけだ。最近冒険者の登録可能年齢引き下げのニュースあっただろ? あれはお前らみたいな学生でも、浅い階層で薬草だの魔石だのを拾ってくるだけで社会的な貢献が高いってことだ。要は国策事業としてダンジョン開発をやってるんだな、この国は」
(……そうか、もう十年経つのか)
それは夜都が小学校に上がる直前のことだった。
世界各国で突然のダンジョン出現という異常事態に対応している最中に、夜都は家族と共にこの街を離れることとなった。……今でも、あの日のことを思い出すとじくり、と胸が痛む。
『ずっと一緒にいるっていったのに、嘘つき!』
突然の引越しだったせいで、大切な親友へのちゃんとしたお別れが出来なかったのだ。
(それがまさか、十年ぶりに戻ってきたらクラスメイトになるとはね……)
授業中にも関わらず、隣の席の友人とクスクス笑いながら小声で話している
(なんじゃ、幼馴染なのじゃろう? 声をかけてやれば良かろうに)
(いや……向こうももう忘れてるかも。急に話しかけたらビックリするって)
ヘタレめ、とは言われていないが、言いたそうな気配がした。夜都も(分かってるよ……)と、自分の臆病さを自覚していたが、璃菜との別れ際の最後の言葉がまだ心に突き刺さっていた。
「なぁ。えーと……八坂クン、だっけ? ホント悪いんだけどさぁ、俺らこれから大事な用があって」
「トイレ掃除やっといてくんねー? いやマジもーしわけない」
「な、いいだろ? 助け合いって大事じゃん?」
「あ……の、あ」
放課後。
夜都が何も言う前に、クラスの男子三人は夜都に掃除当番の仕事を押し付けて「誰あいつ?」「さぁ? 知らんけど、オタクくん?」「あいつ誰と仲良いいん?」振り返りもせず、さっさと帰っていった。
「…………」
その状況を、ちょっと離れた教室のドア近くから璃菜が見つめていることに夜都は気づいていた。……ここからでも相当ピキッときていることが分かる。だが、これは……
(これ僕に対してキレてるよなぁ、璃菜の場合)
曲がったことが大嫌いな璃菜だが、曲がったヤツに文句も言えない奴の方がより嫌いなのだ。……今の夜都は後者に近い。璃菜がガキ大将で、夜都がその一の子分であった幼稚園児の頃からそれは変わらなかったようだ。
(こりゃ挨拶するのも時間かかりそうじゃわ……)
「千夜依、うるさい」
璃菜の視線に気づかないフリをして、一人トイレに向かう夜都。
……クラスを出る時、ちょうど入れ違いで担任の町山先生が「おい、四季島ァ! お前、職員室来いって言っただろーが!」「あ、やば!?」と慌ただしく入っていくのとすれ違う。——配信者も大変そうだ。
「……さて、どこからやるかな」
先ずは念入りにトイレ全体に『封環』——認識阻害の魔術をかける。そして。
『えー、悪いんだけど手伝って。きてーホネ太、ホネ介、ホネ美ー』
足元に輝く魔法陣からずむずむずむ、と三体のスケルトンが出現した。
「トイレ掃除手伝って欲しいんだよね、頼める?」
夜都はスケルトンたちに頼むが、カラカラと骨を鳴らすスケルトンたちは不服そうだ。
「……ダメ?」
「ダメってわけじゃありませんが、俺らを呼ぶときの詠唱、アレもうちょっとなんとかなりませんかね?」
「そうそう、気ぃ抜けるんスよねぇ」
「わ、私は別に……夜都君と会えるだけで、その……ゴニョゴニョ(小声)」
いつもお馴染みのスケルトン三人衆は
「はい、じゃーヨロシク!」
「「「うーい」」」
カラコロと骨を鳴らしながら働き出すスケルトンたち。
と、その時。トイレの窓をコツコツ、と鳴らす音がした。——見れば、大きいカラスが外側からガラス窓を
「げ、|もうきた……!?」
慌ててガラス窓を開けた夜都に、
『定期連絡が遅いですよ、我が弟子』
と流麗な若い女性の声でカラスは話し始めた。
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