第7話:夜の帳にほどける熱
並んだ二組の布団に身を横たえていても、私の胸は静まることを知らなかった。
すぐ隣には、かつて憧れだった松谷和永がいる。
その事実だけで、胸の奥に小さな火が灯り、じわじわと熱を帯びていく。
暗闇の中、彼のかすかな寝息が耳に届くたび、眠気など吹き飛んでしまう。
──横には彼が眠っている。
それだけで、背筋がじんわりと熱くなり、罪悪感と妙な昂ぶりが胸を締めつけた。
「……麻衣子さん……起きてますか」
闇の中から、囁くような声が聞こえた。
胸の奥が、跳ねる。
まるで、心臓が一瞬、呼吸を忘れたかのように。
「……眠れなくて……」
返した声は、自分でも驚くほど濡れていた。
まるで、長く閉じ込めていた何かが、今にも溢れ出しそうだった。
しばしの沈黙。
その静けさの中で、布団の中にわずかな気配が走った。
松谷の手が、探るように私の手に触れてくる。
その指先は、ためらいがちで、けれど確かに私を求めていた。
私は、その手をそっと握り返した。
自分から指を絡め、戻さないように。
その瞬間、心の奥で何かがほどけた。
風が、窓を叩く音が強まる。
私の呼吸も、それに合わせるように浅く、速くなっていく。
「……和永さん……」
彼の名を、私は甘えるような声で呼んでいた。
その響きに、自分でも驚いた。
彼の布団が揺れ、熱を帯びた気配がこちらへと近づいてくる。
唇が、そっと触れた。
その柔らかさに、私は思わず首を伸ばし、口づけを深めていた。
舌先が触れ合い、絡まり、息が混じる。
甘く、苦しく、そして抗えない。
まるで、長い夢の続きをなぞるようだった。
「ダメ……いけないわ」
口ではそう言いながらも、握った手は離せなかった。
心よりも先に、身体が欲望を選んでいた。
──その夜、私と松谷の間に走った衝動は、もう後戻りできない熱を帯びていた。
風は弱まる気配を見せず、窓を叩き続けていた。
並んだ布団の中で、私は息を潜めていたが──もう眠ることなどできなかった。
「麻衣子……」
暗闇の中で交わしたその囁きに、理性の糸がふっと切れた。
「……和永さん……」
自分でも驚くほど熱を帯びた声で名を呼ぶと、彼は布団を抜け出し、私の隣に身を滑り込ませた。
二人の熱で、たちまち空気が重くなる。
息苦しいほどの距離に、彼の体温が満ちていく。
私は彼の首に腕を回し、引き寄せ、唇を深く求めた。
経験豊富な男の衝動に押されるより先に、私自身が導いていた。
衣擦れの音が重なり、次第に肌と肌が触れ合っていく。
娘婿にさえ見せたことのない表情を、私は松谷に晒していた。
羞恥と背徳、そのすべてが、今はただひとつの熱へと変わっていく。
「……来て……」
囁いた声は、風の音にかき消されるほどか細かった。
けれど、彼には届いていた。
彼の瞳が、決意に染まったのがわかった。
次の瞬間、彼の熱が私の奥へと深く入り込んでくる。
息が詰まり、背筋が反る。
その衝撃を、私は全身で受け止めた。
激しく、けれどどこか優しく。
彼の動きに合わせて、私は自ら腰を揺らし、深く彼を受け入れていった。
心の痛みと快楽が混じり合い、意識が白く泡のように弾けていく。
風音が、私の声を包み込んでくれることを祈りながら、私は何度も子猫が甘えるような高い声で彼の名を呼んだ。
──この夜を越えた先に、何が待っているのかはわからない。
けれど、今だけは、すべてを忘れていたかった。
過去も、罪も、孤独も。
ただ、彼の温もりだけを信じていた。
――つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます