第5話:計画という壁、沈黙という重み
民宿花笠のご主人の話は、まだ続いていた。
「その日さ議題さ上ったのは、村営の保育園の臨時職員の雇用めぐる予算でな。他の自治体だったら担当者レベルで調整でぎる問題さ。村では幹部クラス議論さ戦わしぇるんだよ」
ご主人は、湯呑みを手にしながら息もつかずに語った。
「教育長が『村営保育園では人手不足続いで、一人すかいね先生では園児保育する時間も取れねがら、常勤で働いで頂げる先生ば確保すてもらえねだべが?』って言ったら、総務課長は『厳すい状況にあるのは重々承知すてるが、「計画」にね、予算つけるのは難すいのだ』って言ったんだよ」
「そうなんですね」
私は相槌を打った。
「でもな、その事は総務課長イズワルで言ってる訳でもねす。本当は教育長の言ってる事は重々分がった上で言ってるんだげど、皆それぞれの立場があっから言ってる訳でな。ほだな嫌な事は、村長は村役場の幹部さ言わしぇで、自分は逃げですまうんだよって、総務課長ど飲んだ時さ怒ってだんだよ」
「なるほど、予算を取りようがないから、無い袖は振れないということのようですね。根が深いですね」
私は静かに言った。
「予算査定の会議で繰り返す、壁どすて現れだのが、その計画なんだよ。通常の自治体では、実情さ合わしぇで予算見直すこどがでぎるげど、村では借金返済するだめの財政再生計画に縛られでっから、それがでぎねんだ。年度当初の計画にね金、村の判断だげで使うごど、一円だりども許されねでいうより、愛原さんが言うようにその余裕がねんだよ」
「予算をどう配分し、何に使うのかという自治体の、いわば経営者の根幹とも言える権利を持たない村の財政なんですね」
ご主人は私の意見に静かに頷きながら、さらに言葉を重ねた。
「今の村長になってがら、この異常な状態続いでぎだごどで、様々な歪みが生ずで来だすてるんだよ。今年の一月二月なの、村役場の室温マイナスになってな。これまで、村の行政サービスの効率化どすて、多ぐ語られでぎだのは、まなぐに見えるものが多ぐで、先がら言ってるように、人口流出進む中で元々保育園が一づ、小中学校合わしぇで一校で、当然、図書館や美術館などの施設はなぐ、資料館が一軒あって、村営の日帰り温泉が一軒だげで、村営の診療所も縮小されでだんだ」
「自治体にとって支出を抑えるために、最も大きなウエイトは何と言っても人件費でしょうからね?」
「この人件費さ抑える特効薬が、この村では総務省肝いりの地域おこし協力隊の活用さ、主にすてるんだんだげんと、殆どが三年の任期全うすね内さ地元さ帰ってすまう弊害起ごってるんだよ」
「なるほど、地域おこし協力隊がうまくいっている地域もありますよね」
「んだ。でもそれには理由があってな。村の財政難補うだめの協力隊募集だがらなんだ。協力隊隊員一人採用する度さ、年間四百万円村さ入る。その半分隊員の給料になるが、その半分は村さ好ぎなものに使えるメリットがあって、ある意味で協力隊員は金蔓どみなすてっから、隊員だぢは段々さ村自分だぢ見るまなぐの意味分がってすまって『やってられね』でなって帰ってすまうんだよ」
私は、言葉を失っていた。
――つづく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます