第30話 黒狼傭兵団
ヴァルストリア帝国軍が敗走して三日が過ぎた。
泥に沈んだ戦場の後処理も終わり、俺はようやく腰を落ち着けていた。
捕虜となった女騎士バレリアは、雷撃の衝撃で長く意識を失っていたが、ついにその瞼を震わせた。
「……ん、ここは……?」
巨躯の女騎士が目を開く、そこにいたの俺と目が会う。
俺は椅子に腰掛け、腕を組みながら淡々と告げる。
「ようやく目を覚ましたか、バレリア。状況は理解できるか?」
それにしても雷の直撃を受けて、生きているとはなんという生命力だろうか。
イザベラの推測では命と慈愛の女神エルフェリアの加護ではないかという話だ。
バレリアはゆっくりと上体を起こし、しばし俺の顔を凝視した。
やがて、頬を赤く染めながら口を開く。
「……私を……倒した男、か……。くくっ ……見事だった…… 惚れたぞ。レオン、お前……私を妻にしてくれ!!」
こいつ何言っているんだ。
雷に撃たれて頭がおかしくなったのか。
「い、いきなり何を……!」
俺が椅子から転げ落ちそうになるほどの直球だ。
そして、その声を聞きつけた二人の女性が勢いよく部屋に飛び込んできた。
「ま、待ちなさい巨人女!! 勝手に妻宣言なんて許さないわよ!!」
ダリアが怒号を上げる。
「レオンはそんな簡単に何人もの妻なんて作りません!!」
クラリスも顔を真っ赤にしながら必死に止める。
しかしバレリアはまったく怯まない。
むしろ二人を見据えて堂々と宣言した。
「私はレオン殿に敗れ、その力と胆気に感服した。
ゆえに、いずれ妻の一人にいや、側近としてでも構わん、配下にしてほしい!」
「ちょ、ちょっと!!」
ダリアが珍しく取り乱している。
「どうしてそうなるのよ!? 本気なの!?」
クラリスは赤い毛を逆立てている。
ダリアもクラリスも必死だが、バレリアは意に介さない。
雷撃を浴びても折れない精神力は、こういう場でも健在だった。
俺は額を押さえ、深く溜息をつく。
「わかった。配下として迎えよう。ただし、妻の件は保留だ。俺の軍規に従い、命令に服すること。いいな?」
俺はバレリアにそう言った。
バレリアは満面の笑みで胸を叩いた。
「承知した!! レオン殿の剣となり盾となろう!」
ダリアとクラリスは同時に叫んだ。
「ちょっとぉ!! 承諾しちゃダメでしょ!!」
しかし、バレリアがグランハイト帝国軍の撤退命令権限を持っていることは事実だ。彼女が降伏したことでグランハイト帝国東方方面軍は雪崩のように国境を越えて去っていった。
こうして西方戦線は完全に俺の勝利となった。
敗走したグランハイト帝国軍を見送り、俺は軍の再編を急いだ。
王都奪還の機運は高まっている。
アレク公爵が神聖連邦がヴァルストリアと組んだ以上、時間を置けば置くほど不利になる。
「全軍、明朝には出発する。準備を……」
そう言いかけた時だった。
風を切る音がした。
一陣の黒い影が俺たちの前に現れた。
黒い外套を着た小柄な男だった。
腰には二振りの剣。
いや、違うな。
あれはまさか。
鋭い視線を持つ、男装の剣士それは。
「……久しいね、レオン様」
その人物はフードを取る。
フードの下はなんとも可愛らしい顔があった。
「その声は……シシリアか?」
外套の下から現れたのは、かつて俺が奴隷商人から救った少女シシリアだった。
その眼差しは以前より強く、そして逞しい。
彼女の背後には、粗末な鎧ながらも統制された百名ほどの戦士たちが整列していた。
「これは……傭兵団か?」
俺はシシリアに尋ねる。
シシリアは誇らしげに頷く。
「私の私財をすべて投げ打って結成した黒狼傭兵団よ。レオン様、あなたの剣となるためにここまで来ました」
俺はその覚悟に驚きを隠せない。
「シシリア……お前、本気で……?」
「本気に決まってるわ。あなたに救われた命だもの。次は私が、あなたを救う番よ」
その時だった。
黒狼傭兵団の一団の中から、一人の女が歩み出た。
ボロボロの鎧。
それでも凛とした気品を失わない姿であった。
この人物も見覚えがある。
「まさかアナスタシアなのか」
「ご無沙汰しております、レオン卿」
かつてのガルドリア王国アナスタシア王女が深々と頭を下げた。
「あなたに敗れ捕らわれたとき……私は己の無力を知りました。しかし、このままでは終われない。私もあなたの味方になります」
「アナスタシア殿下……」
アナスタシアは静かに続けた。
「持っていた宝石や衣装を売りました。それを黒狼傭兵団に寄付したのです。これ以上、アレク公爵やヴァルストリア神聖連邦に好き勝手はさせない。どうか、私も戦わせてください」
シシリアもアナスタシアも、かつては弱き立場だった少女たち。
だがいまは違う。
俺のために剣を取り、命を賭ける覚悟を持っている。
俺はしばし沈黙した。
「……頼もしい。ぜひ力を貸してほしい」
俺の声に二人の顔が同時に明るくなった。
黒狼傭兵団の加入、バレリアの降伏。
俺の軍は、王都奪還に向けてかつてないほど強力になった。
「全軍、王都へ進軍する!」
俺の声に、数千の兵が雄叫びを上げる。
その中には、ダリア、クラリス、エリス、カリン、ベアトリス、そして新たにバレリア、シシリア、アナスタシアの姿もあった。
王都の空に向かい、黒狼の旗が高く掲げられた。
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