第15話 南の国境の城
冷たい冬の風に吹かれながら、俺たちは南の国境の城クシャーンに向かって旅だった。
俺たちは王宮の門を後にし 、一路南の街道を騎馬にて走る。
王都での華やかな日々は、もう遠いものになりつつある。
代わりに待つのは、泥と血の匂いがする辺境の地だ。
だが俺の心は、むしろ静かに燃えていた。
女神ティアラの予言によるとそう遠くない未来に悲劇が訪れる。
王女セシリアが処刑され、クラリスが戦死する未来だ。
それを変えるためには、力を得ねばならない。 そのために、俺は南方へ向かう。
何が待ち受けるが分からないが、俺はそこで力をつけ王女セシリアやクラリスを救うののだ。
「やれやれ、王都を離れるのも久しぶりだな」
軽口を叩いたのは、元盗賊のヴィクトだった。 旅の途中、焚き火の前で串焼きをかじりながら、彼は愉快そうに笑った。
「だがよ、旦那。お前さん、気づいてるか?」
ヴィクトはワインを一口飲む。
これらの旅に必要な食料や馬はシシリアが用意してくれた。
命令をくだした王国からは銅貨一枚もらっていない。
そのことにもヴィクトは不満があるようだ。 「何がだ?」
俺はダリアが作ってくれた果実水を飲む。 俺は酒がほとんど飲めない。
クラリスに笑われたのがもう懐かしい。
「この人選の奇妙さだ。南方に行くのに、連れてくのは元盗賊と元暗殺者、それにダリア嬢。まともな騎士どころか兵士もいねぇ」
俺は静かに火を見つめた。
ダリアとエリスは肩を寄せあって眠っている。 ヴィクトの言う通りだった。
俺と共に旅立ったのは、元盗賊のヴィクト。 幼なじみで侍女のダリア、 そして元暗殺者のエリスのたった三人だ。
エリスの身元は隠してある。さすがに元暗殺者とは表立っていえない。
シシリアの知り合いの傭兵としてもらった。
シシリアには世話になりっぱなしだな。
わずか三人しかいない。
千騎長として任命されたにもかかわらず、護衛らしい護衛もいない。
「宰相アルフォンスの思惑か」
俺が呟くと、ヴィクトがにやりと笑った。
「やっぱり気づいてたか旦那。あの老狐、王女の近くに幸運の騎士がいるのを嫌がったんだろうよ。セシリア王女の勢力を削るには、旦那を王都から離すのが一番だ」
俺は拳を握った。
アルフォンス・ヴァルデンベルグ。
宰相派の頂点に立つ男だ。
そしてティアラの予言で、セシリアを処刑に追い込む未来の元凶アレクを次期国王に推している。 「ならば、いい。俺は南方で力をつける」
俺は満天の星空を見る。
「この地で味方を集め、力を得る。いずれ王都に戻り、セシリア様とクラリスを守る。それが俺の道だ」
ヴィクトは微笑む。 何故か楽しげだ。
「やっぱり旦那について来てよかった。王都にいるよりよほど面白い」
ヴィクトはワインの残りを飲み干した。
約ひと月の旅路であった。
荒野を抜け、山を越え、ついに南方国境エルディア大森林が姿を現した。
果てしなく続く深緑の海が広がる。
湿った風が吹き抜け、遠くで魔獣の咆哮が響く。 「ここが……南方国境か」
俺は馬を止め、眼前の光景を見上げた。
ここに、三千の騎士を束ねる国境防衛軍の本陣がある。
その城の名はクシャーンといった。
俺はそのうちの三分の一をまかされることになっている。
エルヴァリア王国辺境とガルドリア王国領の境界線だ。
常に戦の火がくすぶる地である。
国境の城クシャーンの広間で、俺を出迎えたのは、三人の騎士だった。
「千騎長レオン・アレスター殿か」
最初に口を開いたのは、筋骨たくましい壮年の男だった。
名をベクトルといった。
南方防衛軍千騎長の副長を務める老練な戦士だ。 長年の戦場経験を誇り、若き成り上がり者の俺を露骨に見下ろしていた。
「俺はベクトル。貴殿がどれほど幸運だか知らんが、この地では運より腕がものを言う」
ベクトルは言った。
その隣に立つ細身の青年が、皮肉げに笑った。 彼の名アラミスという。
王都の士官学校出身の貴族騎士で、典型的なエリートだ。
「辺境の騎士が千騎長とは、王国も人材難だな」
分かりやすいほどの馬鹿にした笑いをアラミスは浮かべた。
そしてもう一人。 艶やかな漆黒の髪を揺らし、凛とした瞳で俺を見つめる女はベアトリスといった。
背の高い、しなやかな肉体をもつなかなかの美女であった。
ベアトリスは元冒険者で剣の腕を買われて、今の地位にあるとエリスが言っていた。
「私はベアトリス・ロウル。あなたがどれほど幸運でも、部下に認められなければ、この地では生き残れませんわ」
ベアトリスは挑むように言い放った。
その言葉に、ヴィクトがぼそりと呟く。
「おいおい、歓迎ムードゼロじゃねぇか」
ヴィクトの声は俺にしか聞こえない盗賊独特のものだ。
俺はそれでも笑みを浮かべた。
「歓迎されていないのは知っている」
俺は静かに三人を見渡す。
前の千騎長はこの三人のうちの誰かに背後から討たれたのではないかとヴィクトが集めた情報にはあった。
油断すれば俺も前任者の二の舞いになりかねない。
「俺はレオン・アレスター。出自も身分も関係ない。ここでは生き残る力だけがすべてだ。だが、俺の運は本物だ。試してみるか?」
挑発めいたその言葉に、アラミスが鼻で笑い、ベクトルは眉をひそめた。
ベアトリスだけが、ほんのわずかに興味を示すように目を細めた。
「ふん、口だけは立派ですな。では次の哨戒任務、レオン殿が指揮を執ってもらえますかな」
ベクトルが低く言った。
「この地の魔獣共を相手に、運だけで勝てますかな」
ベクトルの言葉は完全に俺を見下している。
「いいだろう」
俺は短く答え、剣の柄に手をかけた。
ティアラの声が、遠くで微かに響いた気がした。 『幸運は、信じる者に微笑む』
運命を変える戦いが、今まさに始まろうとしていた。
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