第10話 密会
シシリア・マルクスの知己を得た俺は結果的にセシリア王女の味方を増やすことになった。
クラリスの従姉妹であるセシリアはこのエルヴァリア王国の第一王女である。
国王オズワルドはいまだ後継者を決めていない。
血統的にセシリアが一番王位に近いのだが、彼女はまだ十四歳の少女で政治外交の重圧には耐えられないと思われていた。
これはクラリスに教えてもらったのだが、もう一人の王位後継者候補がいて、名をアレクといった。
アレク・エルヴァリア公爵、年齢は今年でニ十歳になる。若く英気に富んだ青年であるという。
オズワルド王の弟ロバートの息子だ。
セシリア王女からみて叔父にあたる。
実際、アレクは政治に関心のないオズワルド王に代わり政務を執り行っているのだという。
そしてそのアレクを次の王位にと画策しているのが宰相のアルフォンス・ヴァンデンベルグだということだ。
貧民街の人身売買事件から十日日後、王都は表面上は平和であった。
裏でどのような陰謀が巡らされているか俺には知る由もない。
この日の俺は王宮の夜警にあたっていた。
王宮の外郭には騎士や兵士が休むための小屋がいくつかある。
夜の身周りを終えた俺はそのいくつかある小屋の一つにはいる。
その小屋はそれほど広くはない。
小さなテーブルと食器棚、それに粗末なベッドが置かれているだけだ。
「お疲れ様です、レオン様」
その小屋の中で飲み物を用意してくれていた人物が俺に声をかける。
その人物はほっそりとした体格の端正な顔立ちをしていた。ズボンにシャツ、ベストという庶民の男性が着る服を着ている。
男性が着る服を着ているがその人物は女性であることを俺は知っている。
貧民街の聖女と呼ばれるシシリア・マルクスだ。
夜中に女性の姿で出歩くのは危険だということでシシリアは男装をしていた。
これが思いの外にあっていて遠目には美少年に見える。
そんなシシリアは俺のために温かいお茶を淹れてくれた。
「いつもすまない」
俺が礼を言うとシシリアはにこりと微笑んだ。
五月とはいえ、王都の夜は冷える。温かいお茶は夜警に疲れた体に染み渡る。
「いえいえ、よろしいのですよ」
シシリアは自分のカップにお茶を淹れ、それを一口飲む。
実はこの休憩用の小屋はマルクス商会が用立てたものだ。ほぼ俺専用の小屋と言ってもいい。
シシリアを救出したことにより、俺は彼女の父親であるダンカン男爵に気に入られたようだ。
俺を通じてセシリア王女の為に働いてもいいとも言ってくれた。
「レオン様、すこしお耳に入れておきたいことがございます」
シシリアは囁くように言う。
なんだろうか?
「アルフォンス侯爵様のお屋敷にヴァルストリア神聖連邦の神官たちが出入りしているのを何人かが目撃しています」
それはマルクス商会独自の情報網からもたらされたものであった。
アルフォンス侯爵が北のヴァルストリア神聖連邦と通じているのは明白であった。
だからといってこれだけで反逆罪には問えないとクラリスは言っていた。
外交上の付き合いだといわれればそれまでだと。
「その中に異端審問官の姿を見たという者もいます」
シシリアは言葉を続ける。
ヴァルストリア神聖連邦はいわゆる宗教国家だ。大陸で広く信仰されている七女神教の総本山である。七女神教とくに正義と真実の女神ルーネシアを信仰している。その教えに背いたものは異端審問官により正しき道に戻されるという。
「白き審問会は異教徒には容赦がないとも言われています」
シシリアが俺の目を見る。
心配そうな目をしている。
俺は幸運の女神ティアラの加護をうけている。
幸運の女神ティアラは残念ながら七女神のうちに入っていない。
七女神すなわち太陽と勇気の女神ソルフィア、正義と真実の女神ルーネシア、生命と慈愛の女神エルフェリア、死と冥界の女神ネクティス、月と秘術の女神セレスタ、海と旅の女神アクウェリア、愛と美の女神ヴェリシアの七柱だ。
女神ティアラはいわば忘れられた女神だ。
ヴァルストリア神聖連邦の異端審問官から見たら、俺は異教徒の異端者になる。
「心配してくれて、ありがとう」
俺はシシリアに礼を言う。
「アルフォンス侯爵はヴァルストリア神聖連邦の後ろ楯を得て、アレク公爵を国王にしようと企んでいるかも知れません」
シシリアは椅子から立ち上がり、俺の手を握る。
細く、しなやかな指であった。
俺はシシリアにいざなわれてベッドに腰掛ける。
一人用のベッドに二人で腰掛ける。
「レオン様、十分にお気をつけください。あなたはセシリア王女派と見られているのですから」
そっと顔を近づけ、シシリアは俺にキスをした。
柔らかな唇が心地よい。
「シシリア、すまない。今は職務中だ」
一応、俺は王宮の夜警にあたっているのだ。また見廻りに出なくてはいけない。
「少し、ほんの少しの時間でいいのです」
シシリアは耳元で囁く。
「しかし、こんなところで女性と……」
俺の言葉をシシリアは唇で封じる。
「大丈夫です。今の私は男の子です。ほら、胸もこんなにたいらなのですから」
シシリアはそう言って俺の手のひらを自分の胸に当てる。
たしかにシシリアはほっそりとしていて、胸も尻もそれほど肉がついていない。
俺の手にどくどくと脈うつシシリアの心臓の鼓動が響く。
「私は男の子なんです。だからレオン様と仲良くなりたいだけ。それだけなのです」
シシリアは俺の耳や首を舐める。
言いようのない快感が全身を走る。
そうか、今のシシリアは少年なのか。
たしかにシシリアの言う通り、女性にしては胸がない。
少年と休憩小屋でベッドでほんの少し休んだとしてでも、そらほど問題はないだろう。
これが女性なら、職務中に不謹慎だとそしりを受けても仕方がない。
「そうか、そういうことな……」
奇妙な理屈に納得した俺はシシリアから手と口で慰められたのであった。
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