第7話 盗賊ヴィクト

 クラリスの配下となってから、ひと月が過ぎた。

 あの国境でのバランとの戦いから二ヶ月がすぎたことになる。

 五月になり、王都ルミナスには暖かい春の風が吹いていた。


 王宮での任務は想像以上に地味で、だが同時に神経を使う仕事だった。

  王族の行列警護、夜間の巡回、貴族の通行証確認などなどだ。

 任務は規律正しく、少しの油断も許されない。 辺境での戦場暮らしに比べれば穏やかだが、どこか息苦しかった。

「辺境のほうが、まだ風が自由だったな……」

  夜の見回りを終え、俺はため息をつく。

 だが、クラリスの部下として働くうちに、 彼女の評判通りの実直さと誇り高さを知った。

  表向きは気丈な姫騎士だが、王国を背負う責任の重さに苦しむ姿も、俺は何度か見た。

  それになによりとびっきりの美人だ。

(この人のために、剣を振るってもいいかもしれない)

 俺はいつしかそう思うようになっていた。

 ダリアには内緒だが、夜の訓練は俺の惨敗続きであった。

 


※※※※

 一方、幼なじみのダリアは、ジュリアンの屋敷で侍女として働いていた。

  王都での生活は不慣れだったが、真面目な性格が功を奏し、主人や女中頭からの信頼も厚い。

  ある昼下がり、彼女は市場に買い出しに出ていた。

 人の波に揉まれながら、ダリアはふと胸元を押さえる。

「あれ……? 財布が……ない!」

  慌てて布袋の中を探すが、どこにもない。

  レオンから預かっていた生活費、銀貨ニ十枚。一月分の大金だ。

「うそ……そんな……」

 ダリアは青ざめて、その場に立ち尽くした。

 もしかしてスリにあったのか。

 通りを走っても、スリの影は見えない。

  屋敷に戻ってからもダリアは涙をこらえきれなかった。

※※※ ※



 日が沈み、俺は貸し与えられた宿舎に帰宅した。 一人用の宿舎らしいが、故郷グレイモア村の家よりははるかに立派だ。

 俺が警備を終えて帰宅するとダリアが部屋の片隅で膝を抱えていた。

「ダリア? どうしたんだ、そんな顔して」

「ごめんなさい、レオン……」

ダリアは泣きながら語った。

「今日、市場で……お金をすられたの。あなたから預かった生活費……全部。ごめんなさいレオン……」

「なんだ、それだけか」

  俺は笑ってダリアの肩を抱いた。

  たしかにお金が無くなるのは痛いがダリアに怪我がなくて良かった。

  お金はジュリアンに頼めばなんとかしてくれるだろう。

「た、大金なのに!?」

 ダリアが目を見開く。

 大金には違いないがダリアには代えがたい。

 俺はダリアの体を抱きしめる。

 ダリアは温かくてやわらかい。

 最近は食べるものもよくなってダリアは肉付きがよくなってきている。

 胸などは服がはち切れそうだ。

 ダリアってこんなに胸が大きかったんだな。

「金はまた稼げばいい。生きてりゃどうとでもなるさ」

 俺はダリアのやわらかい体を抱きしめる

「でも、私のせいで……」

 俺はダリアの口を唇で塞ぐ。

「俺たちは一緒に生き延びてきた仲だろ。困ったときは助け合う。それでいい」

  俺は、ダリアの涙を拭いた。

 幼い頃、泥だらけになりながら遊んだ記憶がよみがえる。

 物心ついたときからダリアとは一緒にいた。

 そんなダリアを俺は悲しませたくはない。

 だからお金のことは気にしなくていい。

「……ありがと、レオン」

「気にするな。明日には何とかなるさ」

 俺たちはまた唇を重ねた。

 そのままベッドに行き、俺はダリアと愛し合った。

 俺は何度もダリアの体の中に果て、眠りについた。



 その日の夜更けのことだ。

  隣でダリアがすやすやと寝息をたてている。

  窓の外で「コツン」と小石が当たる音がした。 「……誰だ?」

 剣に手をかけて窓を開ける。

  窓の外に立っていたのは、黒いマントを羽織った男であった。

 目つきの鋭い男だった。

 まるで影のような男だ。

「おっと、剣は抜かないでくれよ。取引をしに来ただけだ」

 黒いマントの男は俺に両の掌を見せる。

 敵意がないということか。

 それにしてもこいつ奇妙な話し方だ。

  こいつの声は俺にだけ聞こえる。

 その証拠にダリアは目を覚まさない。

「何者だ」

 俺は小さな声で問う。

「名前はヴィクト。職業は……そうだな、元盗賊ってところだ」

 またしてもその声は俺にしか聞こえない。

 たしか、これは盗賊独特の話し方だったはずだ。 闇がたりと呼ばれる技術だ。

  俺はヴィクトと名乗る男の顔をみる。

  月明かりに照らされたその顔は、どこか人懐っこい笑みを浮かべていた。

  鋭い目と俊敏な身のこなし、元盗賊というもの頷ける。

 気にるのは元という言葉だ。

 敵意はないようなので、とりあえず俺はこのヴィクトという男の話を聞くことにした。

「これを返しに来た」

 ヴィクトが差し出したのは、見覚えのある革の財布だった。

「それは……」

「市場で女の子がスられて泣いてるのを見たんでな。盗賊ギルドのガキがやった仕事らしい。俺が回収しておいた」

 俺は思わず息を呑む。

 確かに、ダリアに預けた財布だ。

「どうして、俺にそれを?」

「旦那が面白そうだったからさ」

 ヴィクトはニヤリと笑う。

「旦那があの幸運の騎士だろ?  帝国の暴牛を倒したって噂の。俺みたいな無法者でも知ってる。しかも赤髪の戦姫まで倒したというじゃないか」

「運が良かっただけだ」

「謙遜すんなよ。だが、俺はそのあんたの幸運を見てみたくなったんだ」

「どういう意味だ?」

 ヴィクトは真剣な目で俺を見つめた。

「俺を…… あんたの部下にしてくれ」

「……は?」

  思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

「盗賊が騎士の部下になりたいって?  笑える話だろ。でも、俺はもう盗みの生活に飽きた。運がある奴の下で動いてみたいんだ。今の盗賊ギルドのやり方は性に合わない。先代は貴族や金持ちの商人しか狙わなかった。今じゃあどんな相手でも盗みに入る。俺はケチな盗賊だが、あのやり方は許せない。だから盗賊を辞めて、旦那に仕えようと思ったんだよ」

 ヴィクトは手を広げ、軽く肩をすくめた。

「それに、俺みたいな奴でも役に立つ。鍵開け、隠密、情報収集いろいろだ。どんな騎士団にもいないタイプの戦力だ。俺はきっと役にたつぜ」

  俺はしばらく考えた。

  確かに危険だ。

 だが、この男の目には偽りがない。

「もしお前が裏切ったら?」

「その時は俺の首をくれてやる」

  ヴィクトは親指を自分の首にあて、真横に引く。 短くも迷いのない答えだった。

 なるほど、覚悟はできているようだ。

 俺はゆっくりと手を差し出す。

「わかった。明日、クラリスに話してみる。あんたが本当に使えるなら、俺の従士にしてやろう」

「話が早いぜ旦那」

 ヴィクトが笑い、俺の手を握る。

「よろしくな、幸運騎士様」

 その瞬間、夜風が吹き抜けた。

 風が吹き抜けたあと、ヴィクトの姿はなかった

 月光が部屋の中を照らしている。


 女神ティアラの声が微かに囁く。

『幸運は、また新たな縁を結ぶ』

  こうして、盗賊ヴィクトは俺の仲間となった。

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