幸運レベル999騎士の成り上がり物語 ベッドの上で語られる世界戦略

白鷺雨月

第1話 辺境の騎士レオン

 俺の名前はレオン・アレスターという。今年で十八歳になる辺境騎士だ。

 辺境騎士とは普段は農民として暮らし、戦時には鎧を装備し、剣や槍を手に取り戦場に駆けつけるという役割をになっている。

 アレスター家は代々その辺境騎士の家系だ。

 

 俺が住むのは、エルヴェリア王国の北端、風が岩肌を裂くように吹き荒ぶ辺境の村グレイモアだ。

  刃ころびの目立つ剣を磨きながら、俺は薄曇りの空を見上げる。

 明日には、エルヴァリア王国とグランハイト帝国の国境地帯で戦が始まるのだ。

「招集がかかった。どうせ俺なんか、捨て駒みたいなもんだ」

 つぶやく俺の声を、背後から柔らかな声が遮った。

「そんなこと言わないで、レオン。あなたはきっと帰ってくるわ」

 振り返ると、麦わら色の髪を風に揺らす少女が立っていた。

 幼なじみのダリアだ。

 幼い頃からの幼なじみで、今では村の薬師見習いをしている。

 ダリアの手には、白い布で包まれた小瓶があった。

「これ、傷薬。とって言っても、気休めかもしれないけど」

 ダリアはその小びんを俺に握らせる。

「ありがとう。でも、たぶん戦場じゃそんな暇もないさ」

 俺は無理やり微笑む。

「バカ。そういうこと言う人が一番早く怪我するのよ」

 ダリアは怒ったように言いながらも、目の奥には不安が浮かんでいた。

 俺は、そんな彼女を安心させるようにもう一度、笑ってみせる。

「帰ってきたら、また一緒に丘に行こう。春になったら花が咲くだろ?」

 俺は傷薬の小瓶を懐に入れる。

「……約束よレオン」

 ダリアは俺に抱きつく。

 ダリアの麦わら色の髪からは陽だまりの良い匂いがする。

「もちろんさダリア」

 俺たちの約束を見届けるように、風が静かに吹き抜けた。


 この日の夜、俺は初めてダリアを抱いた。

 ダリアの体は温かく、柔らかだった。

 ダリアの日焼けした体は痩せていて、肋骨の形がわかるほどだ。

 それでもダリアの胸は柔らかく、豊かであった。

 この貧しい辺境の村では、皆痩せている。

 余分な食物がないからだ。

 ダリアにもっと美味しくて、栄養のあるものを食べさせてあげたい。

 そうしたらダリアはもっと綺麗になるに違いない。

 食べ物がたりないせいで抱きつくの顔色はいつも悪い。

 ダリアに健康的な身体になってもらうには、それには俺が出世すれば良い。

 しかし、たいした才覚もない俺に出世など夢のまた夢の話だ。

 俺の剣の腕は正直たいしたことはない。

 そんな俺が出世など片腹痛い。

 生き残るのさえどうかという状態である。

 俺は痩せたダリアの体を抱きながら、そう思った。

 ダリアの体に何度も果て、俺たちはもしかすると最後になる夜を抱きしめあいながら過ごした。


 ダリアは戦場に赴く俺にお守りをくれた。

 それは親指ほどの大きさの小さな女神像だ。

『女神様の加護がありますように』

 ダリアは麻布に女神像を入れる。

 麻布には紐がつけられている。巾着のような形をしている。

 それをダリアは俺の首に括り付けてくれた。

「必ず生きて帰ってきてね」

 ダリアは俺にキスをして、見送ってくれた。



  翌朝、招集された辺境騎士たちは村の外れに集まった。

 領主のグレイモア男爵が馬上から命じる。

「帝国軍が国境を越えた!!  貴様らも立派な王国の兵だ。逃げれば家族も村も焼き払うと思え!!」

 ひどい話だ。

 俺たちには戦って死ぬか、逃げて焼け死ぬかの二択だという。

 俺はは剣を握り締め、唇を噛んだ。

 戦いたくて戦うわけじゃない。

 けれど逃げることもできない。

 こうして俺は、辺境の小騎士として初めて戦場に立つこととなった。

  国境地帯の高い丘は黒鉄丘陵と呼ばれている。 そこでは、帝国軍の猛将暴牛のバランが率いる部隊がすでに陣を構えていた。

  陽炎の立つ戦場。地鳴りのような足音。

 バランは巨体に黒鉄の鎧をまとい、戦槌を軽々と振るう。

「ヒャハハ! 王国のザコども、まとめて踏み潰してやる!」

 怒号と共に、前線が崩壊する。

  戦槌が振り下ろされるたび、地面が抉れ、兵士が吹き飛んだ。

 俺は味方の盾が砕け散る音を聞いた瞬間、身体が勝手に動いていた。

  仲間をかばい、前へ出る。 剣を抜き、バランの攻撃を受け止めた。

 その刹那。 轟音が響き渡る。 重すぎる一撃だった。

 剣は折れ、鎧がへこみ、全身に衝撃が走る。

 視界が白く霞み、鼓動の音だけが耳に残った。  

 俺はこんなところで死ぬのか。

 ダリアの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 もう一度だけで良い。

 ダリアの柔らかな体を抱きたい。

  倒れながら、俺は空を見た。

  戦場の煙の向こうに、青い空が覗いている。

 

 そこで、意識が途切れた。

  そして、暗闇が視界を支配する。

 何もない空間に、微かな光が揺らめいていた。 その中に、白い衣をまとった女性が立っていた。 金色の瞳に長く流れる銀の髪をしている。

 人間離れした美しさに、俺は息を呑んだ。

「ここは……どこだ?」

 きっと天国だ。

「貴方の魂が、世界と断たれる寸前の場所よ」

  彼女の声は澄んでいた。

  だがどこか、寂しげでもある。

 そうか、おれはバランに殺されたのか。

「私はティアラ。かつて幸運を司っていた女神です」

 銀髪の絶世の美女は言う。

「女神様?」

 俺はオウム返しする。

「ええ。だけど、今は人々に忘れられた存在なのです。七柱の女神の中に、私はもう数えられていない」

 女神ティアラは小さく笑った。

 その微笑みはどこか哀しみを含んでいる。

「けれど、貴方は面白い人ね。あの怪物を前に逃げなかった」

 女神ティアラは俺のなけなしの勇気を褒めてくれた。

「ダリアを守りたかっただけだ」

 そう、俺はダリアを守りたい。

 それだけだ。

「その心、とても好きよ。だから特別な加護を授けるわ」

 女神ティアラは指をパチン鳴らした。

俺の目の前に、光の数字が浮かび上がる。

【幸運:999】

「これは……?」

 俺は驚愕の声をあげる。

 なんだこれは。

「この世界の運命値よ。貴方の幸運を最大値にしたわ。どんな絶望にも、わずかな勝機を見出せる」 「そんな力を俺に……?」

「代わりに、願って下さい。私を忘れた人々の世界に、再び幸運を取り戻して。私たち女神は人が信じる心が糧なのです」

 ティアラの声が遠のいていく。

  光が弾け、意識が暗闇に沈んだ。



 次に目を開けた時、俺は地面に転がっていた。 砕けた剣、倒れた仲間、焦げた土の匂い。

  そして、奇跡のように、まだ息をしていた。 「俺は生きてる?」

  場違いなほど青い空の下、俺はふらつきながら立ち上がる。

 遠くで、帝国軍の旗が翻っていた。

 しかしそのとき、バランの軍勢の中から一本の矢が放たれる。

 俺の頬をかすめ、背後にいた仲間の首元を正確に射抜いた。

 俺は震えながら思う。

  今、死ぬのは俺じゃなかった。

 俺の幸運が、確かに動き始めていた。

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