第12話 『バビロンまで何マイル?』

 祭壇から、本と蝋燭を持って、ホールに降りる。

 最後の扉は最終決戦に相応しく、地下室へと向っているようだ。

 

「甲冑の剣、持って行こうか」

 美夏が提案したが、僕は首を振った。

「多分、奴にとっては聖戦。きっと、そういう戦いにはならない」

 これは、僕にとっても同じ事だ。


 武器なんて言う無粋な決着は付けたくない。


 扉をくぐり、蝋燭の灯りを頼りに階段を降りる。

 美夏は僕の背中に寄り添いながら後に続いた。

 石の階段は少し塗れ、壁は所々剥がれ落ち、煉瓦壁が剥き出しになっている。

 時折、雫が落ちる音が響く。


      『バビロンまで何マイル?』


 突然、声が響いた。あの「レベルが上がった」の時と同じ声だ。

 だが、あの時のような単調な口調ではない。

 どこか人を馬鹿にした、それでいてヒステリックな口調だ。


「ハーレキンだ。あの野郎、ふざけてやがる」


      『20マイルが3つと半分。

      蝋燭灯して行けるかなぁ』


「そんなにこの階段は深いの?」

 美夏が尋ねる。

「大丈夫、ヤツの挑発だよ。

 この塗れた階段をマザーグースどおり、軽やかに走ってみろよ、

 と誘っているんだ。でも、そんな事をしてごらん。


      ジャックは転んで頭を割って、

      ジルも後から転んで・・・     一巻の終わりだ」


 奴の言葉は気にせず、ゆっくり降りていく。


      『坊ちゃん 嬢ちゃん お外にお出で

       月はお日様みたいに明るいよぉ』


      『飛んで帰れよ天道虫

       お前の家が燃えている』


      『ほぅら蝋燭だ

       お前の首を斬り落とすぞぉ』


 ハーレキンの声を聞くたびに、美夏がビクついてのが分かる。

 だが、覚悟を決めた僕にだ。


「ハーレキンはだいぶ焦ってるみたいだ。

 今の奴はもうマザーグースオタクじゃ無い。


 ただのマザーグース偏執狂パラノイヤだ」


 意味不明なランク付けだが、とにかく美夏を安心させたい。

 そう思って言ったものの、その声も微かな震えを隠せていなかった。


 こうして、長い階段を降り、遂に地下室に辿りついた。


 地下室は禍々しい雰囲気だった。部屋の中には大きな鏡とテーブル、ソファなどが揃っているが、どれも歪んで見えた。


 その奥の中央に道化師が一人、椅子に座っていた。

「捻じれた家の、捻じれた男…ピッタリだな、ハーレキン…」


 ハーレキンは邪悪に満ちた眼で僕を見る。

「何故だ…何故今更のこのこやって来た!」

 ハーレキンは叫んだ。


「貴様はあの、水底の生活で苦しんでいればよかった。何故、気まぐれを起こした。

 なぜ、コロンバインを食事に誘った。何故、何故…この館に招かれた…」


 ハーレキンは座ったまま項垂れた。

 この部屋に僕達が辿りついた時点で、勝敗が決していたかのように

「何故、逢魔ヶ時の時を進めた。私とコロンバインの緩やかな時を奪った…」

 

 美夏が、ハーレキンに近づこうとする。

 僕はその手を引き戻した。

 

「同情を買おうとしても無駄だ。これはお前も望んだ事だろう!」

 

「えっ! 優一、ハーレキンがジャックって…」

「僕は、駒鳥と雀、そして烏の三役をさせられていたんだ」

 決め手は珈琲のカップだ。美夏が【魚】と気づいた時、僕は思った。

 何故あの時、僕のカップは、【烏】ではなく、【雀】だったのか。

 

 そして、最後に祭壇の間でハーレキンを見つめた時、確信した。

 ジャックは僕で、ハーレキンはジャックだと。


「ついでにいうと、マザーグースがハーレキンに変えた、息子の名前もジャックだ」

 

「まっ、待って。なんで、ジャックは来世の幸せを願って…」

「そう。ジャックはそう願った。でも、たとえ生まれ変わりであろうと、愛する人を他の奴に渡すものか!


 そう思う気持ち…僕にだって有る。


 その気持の権化、ハーレキン。お前はジャックのエゴだ」

 

 ハーレキンは立ち上がり、高らかに笑った。

「そうとも、私はジャックで私はお前だ。残念だったよ、あの烏のカップには毒を仕込んでおいたのだがね。せっかくコロンバインがきてくれたのだ。前世の彼女と現世の彼女。こんな素晴らしいことはない」


「ば、馬鹿な事を言わないでよ」


「美夏、良く考えてごらん。この男がどれだけ、つまらない男か、この館ではヒーロー気取りだったが、我々の残したヒントが無ければ、何も出来ない無能な男だ」


 ハーレキンのメイクや衣装が徐々にジャックの服に変わっていく。

 美夏の目もまた、鳶色に染まって来るのが解かる。


「そうだろう美夏、所詮彼は前世の悪質な写しだ。美夏、此処で私と暮らそう。

 恐らく君は、彼がこの館の時間を進めた。そう思っていることだろう。

 でもそうじゃないんだ。


 美夏、君がコロンバインと同化したから、時が進んだんだ」


 美夏は、立ちすくみ僕の方を見た。鳶色の瞳が冷たく光る。

「何故か自分を卑下して、自信無く、思い切りの悪い、器の小さい男…」


 美夏…君は…


「そのくせ、自己中心的。身勝手な妄想だけが頼りのどうしようも無い男…」


 僕にそう言うと、美夏はジャックの元に寄っていった。

「それは、貴方よ。私の好きな優一とは正反対だわ!」

 

 小走りで僕に寄り添う。美しく黒い瞳が僕を見つめていた。

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