EPILOGUE(ケイ視点)

 クリスマスが近い冬の日

 フワフワと、羽毛のような雪が舞い落ちる夜に

 俺は、1人の女の子を見つけた

 誰もいない公園に独りぼっちで

 あの子はブランコに座って泣いていた



 収録を終えた帰り道。

 駐車場へ向かうため、真夜中の公園を通ったのは、運命みたいなものだろうか。

 深夜といっていい時間帯、普通そんな時間に公園に子供は来ない。


「どうした? 道に迷ったか?」


 最初は迷子かと思って、声をかけながら歩み寄った。

 多分小学生くらいかな?

 女の子は俺の問いに対してフルフルと首を横に振った。


 近付いた俺の方を振り返った顔を見たとき、柄にもなくドキッとした。

 仕事柄、容姿のいい子供は見慣れている。

 だけど、その子は飛び抜けて可愛かった。

 キッズモデルになれそうなくらい綺麗な子だ。


「もう遅いから家に帰った方がいいよ、風邪ひくぞ」


 心配して言ってみると、またフルフルと首を横に振る。

 ワケありだ、と直感的に気付いた。

 この子は何か事情があって、家に帰れないんだと思う。


「君、行くとこないの? うち来る?」

「行っても、いいの?」


 俺のその言葉を聞いた途端、初めて喋った女の子。

 それが、後に俺の養子で恋人となるヒロだった。


「うちにおいで。俺はケイ。君の名前は?」

「裕菜」

「じゃあヒロと呼ぶぞ。薄着で寒そうだから抱っこしていいか?」

「うん」


 本人の許可のもと抱き上げてみた身体は、思っていたより細くて軽かった。

 身長のわりに軽すぎる。


「とりあえず、お風呂に入って温まるといいよ」

「お湯、使ってもいいの? こんなにたくさん?」

「え? いつもはお風呂どうしてるんだ?」

「お水。お湯はもったいないからダメって言われるの」

「そんなこと言わないから、身体を洗ったらお湯に浸かって温まるんだぞ」


 車に乗せて帰宅して、身体を温めるために風呂場へ案内したら、お湯が使えることに驚いている。

 遠慮なく使えと言って入らせたら、なかなか出てこない。


「ヒロ、どうした? 大丈夫か?」


 扉越しに声をかけても返事が無い。

 心配になって扉を開けてみると、浴槽に浸かったまま寝落ちていた。

 慌てて抱き上げて浴槽から出したとき、肋骨が浮き出るくらい痩せていると分かった。


 育児放棄(ネグレクト)だ。


 バスタオルで身体を拭いて、バスローブを着せたところで、ヒロは目を覚ました。

 お風呂が余程気持ち良かったんだろう、目を覚ました後も少しボンヤリしている。


「ヒロ、今日はゴハン食べたか?」

「ううん」

「昨日は何か食べたか?」

「お米、食べた」

「オカズは?」

「ない」

「お米だけ?」

「うん」


 聞いてみると、ヒロは食事をマトモに与えられず、台所の米びつから生米を掴み出して食べていた子だった。

 俺はキッチンにストックしていたレトルトのシチューを温めて、リビングのソファで寛ぐヒロの前に置いてあげた。


「とりあえず、これ食べて」

「食べてもいいの?!」

「いいよ。食べてもらうために用意したからね」

「いただきます!」


 ヒロはガツガツ食べて、食べ終えると幸せそうな笑顔を見せた。

 冬休みで学校給食が無いので、親の目を盗んで食べる米しかなかったらしい。


 風呂でお湯を使うことを禁じて、食事を与えないなんて、育児放棄というよりも虐待だ。

 こんな酷い扱いをする親のところには返せない。

 翌朝、俺は児童相談所にヒロのことを報告した。

 ヒロの親が子供に執着が無く、あっさりと手放したのは幸いというべきか?

 俺は研修を受けて里親になり、ヒロを家族として迎え入れた。


「お兄ちゃんと、一緒に寝てもいい?」

「いいよ。おいで」


 一緒に暮らすようになってから、ヒロは俺にベッタリ甘えてくる。

 俺はヒロが甘えたいだけ甘えさせてあげた。

 ヒロにはもっと幸せを感じて生きてほしいと思う。

 親が愛してやらないのなら、俺が愛情を注ごう。

 添い寝しながら、俺は何度も「愛してるよ」と囁いた。


 なるべく傍にいてあげよう。

 留守番で寂しい思いをさせたくないから、学校が休みの日にはアフレコスタジオやロケ地へ連れていった。

 その影響で、ヒロは容姿の良さだけではなく、秘められた様々な才能を開花していく。

 翔太に習って料理が上手くなったり、絵美に習って歌が上手くなったり。

 カメラを向けると、全く緊張する様子もなく「魅せる笑顔」をする。

 幾つかのプロダクションから、ヒロを子役タレントにと声がかかった。

 大手プロダクション「ジュネス」の社長は特に熱心にスカウトにくる。


「あの子はダイヤの原石だ。私に任せてくれたら間違いなくスターになれるよ」

「ヒロはまだ子供ですし、本人がその気になるまで待ってもらえませんか?」


 繰り返しそう言われた。

 でも、俺はヒロの考えを尊重したいと思う。

 本人の意思が固まるまでは、芸能界には入れたくない。

 スカウトを断る裏側で、ヒロを誰にも渡したくないと思ったのは、俺の我儘だろうか?


 ヒロから「恋人になりたい」と告白されたとき、年齢差の戸惑いよりも嬉しさの方が大きかった。

 思えば初めて会ったときから、ヒロに心を奪われていたような気がする。

 今まで誰とも付き合う気が起きなかった俺が、15歳のヒロにキスされて舞い上がっていたのは内緒だ。

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