第41話:沙希
九条の逮捕と罪状はマスコミに報道され、余罪もバレて大きなニュースになった。
住み込みの青年の一件は、九条から愛人になるよう求められて断ったことが発端だったみたい。
九条は隠れバイセクシャルで、タレントを育成する一方で男女問わず好みの相手に手を出し、拒否されたら意識を奪って行為に及ぶことがあったらしい。
私の意識を奪おうとしたのも、そっちの目的だったと後に白状していた。
電脳犯罪の証拠となった監視カメラの映像は、テレビやネットのニュースで拡散された。
犯人逮捕に至る動画は特に注目の的になり、不本意ながら私はすっかり有名人になってしまった。
「裕菜さん、あの護身術うちの流派だよね? ぜひ大会に出てみない?」
「動画見たよ~、君かっこいいね。アクションスターを目指してみない?」
……おかげで、いろいろなところからスカウトが増えちゃった。
アイドルじゃないのに、街へ買い物に出ると通行人にめっちゃ見られるし。
【天使と珈琲を】の制作会社も、私が有名になっちゃったから主人公のCVを明らかにしちゃおうってことで、エンドロールや公式ガイドに私の名前が追加された。
おかげでゲーム発売前の予約が殺到しているらしい。
既にアニメ化の話も出ているよ。
◇◆◇◆◇
広瀬家の庭園、バーベQ広場。
四大天使と天使長と主人公……の、声優たちが揃ってバーベQを楽しんでいる。
「まさか九条さんがそんなことするとは。災難だったな2人とも」
「ヒロ、大活躍だったね。動画かっこよかったよ」
鉄串に刺した肉を炙りながら、TERUさんが言う。
その横で、焼けた肉を串からはずして皿に盛りながら、絵美さんも言う。
「しっかし、この細い腕のどこから、大柄な男をブッ飛ばす力が出るんだ?」
「あ~翔太、俺のヒロにお触り禁止な」
翔太さんは、私の腕の筋肉を確かめるように持ち上げて眺める。
そこへ後ろからやってきたケイが、翔太さんの首の後ろ辺りを掴んで引き離した。
そんないつもの賑やかさの中、1人テンションが低い人がいる。
みんなから離れて、スマホを見つめながら浮かない顔をしているのは、コージさんだ。
「コージさんどうしたの? 元気ないね」
「え?! ……あ、うん」
私が声をかけたらコージさんは驚き、慌ててスマホをポケットに入れた。
一瞬チラッと見えた画像は、女の子……かな?
慌てて隠していたから、見なかったことにしておこう。
私はゲーム世界で気になったことを聞いてみた。
「そういえば、サキの思考パターン、コージさんどうやって構築したの?」
「えっ?! な、なんで?」
あれ?
コージさん、また慌ててる?
「オネエキャラはコージさんの十八番なのは知ってるけど、サキはオネエというより乙女っぽいから」
「んなっ?! ……そ、そうか?」
コージさん、焦りまくってるような?
こんなに狼狽するなんて珍しいなぁ。
「あ、もしかしてコージさん、実は乙女心に目覚めた系?」
「ちゃうわっ!」
クスッと笑って言ってみたら、ツッコミがきた。
否定した後、コージさんはポケットをチラッと見て、さっき隠したスマホを取り出した。
「……こいつを参考にしたんだよ」
見せてくれたスマホには、さっきチラッと見えた女の子が映っている。
高校生くらいかな? 綺麗な子。
よく見るとコージさんに目元とか似ているけど、コージさんよりもサキの顔にそっくりだ。
「こんにちは。あなたはだぁれ?」
女の子が話しかけてくる。
コージさんの妹かな?
「こんにちは、私は裕菜、みんなはヒロって呼ぶよ。あなたの名前は?」
「ヒロちゃん、よろしくね。私は沙希(サキ)だよ」
女の子が微笑んで名乗る。
同じ名前。
声はサキよりも高く澄んでいて女の子らしい。
「沙希ちゃん、よろしくね。よかったら、今度コージさんと一緒に遊びにおいでよ」
「行きたいけど、私は身体が無いから行けないよ」
「え?!」
沙希ちゃんに会ってみたいと思って招待しようとしたら、予想外の答えが返ってきた。
身体が無いってどういうこと?!
「沙希、兄ちゃんが説明するから、ちょっと通話切るぞ」
「はーい」
私が困惑していたら、コージさんが沙希との通話アプリを終了させた。
直感的に、本人の前で話したくない内容なんだなって分かる。
それからコージさんが話してくれた内容は、無邪気な沙希ちゃんからは想像もつかない悲しい過去だった。
「沙希は、俺の妹だよ。本物はもうこの世にいないけど。ヒロと話したあの子は、生前に保存しておいた人格コピーAIなんだ」
コージさんがスマホを見つめて言う。
悲しそうな、悔しそうな、やるせない顔で。
「20年くらい前になるかな……。沙希はアイドルを目指してジュネスのアイドル養成スクールに通っていたんだ。九条に気に入られて、自宅でレッスンを受けたりもしていたよ。でも、レッスン中に倒れて昏睡状態になって、10年間意識が戻らないまま息を引き取った」
「……それって、まさか……」
「ああ。沙希も被害に遭った1人だと思う」
コージさんは辛そうに語る。
20年前は今ほど電脳犯罪は知られていなかったから、誰も分からなかったんだって。
家族は、急性の脳の病気かもしれないって言われて、それを信じていたみたい。
沙希ちゃんが倒れたところを見たのは九条だけで、彼が病院に運び、医師や家族に倒れたときの様子を説明したらしい。
「今回の逮捕で、九条が沙希の意識を奪ったのかもって疑ったけど、遺体は火葬済で証拠が無いから、奴が白状しない限り裁けない……」
「……あの変態、もっと殴っておけばよかった」
「いや、あれよりも多く殴ってたら過剰防衛になるだろ?」
無念な気持ちを漏らすコージさんを、どう慰めたらいいんだろう?
九条に怒りが込み上げた私が呟いたら、コージさんは苦笑した。
後で警察に言って、20年前の余罪も問い詰めてもらおう。
殺人には時効が無いらしいから、きっちり裁いてもらわなきゃね。
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