第39話:昏睡の真相

 朝7時。

 私は病室の内線電話を使い、ナースセンターにケイの意識が戻ったことを報告した。

 担当医が来てくれて、バイタルチェックを受けながら、ケイは意識を失う前のことを話している。


「確か、庭のベンチに座って九条さんと話していたときだったと思います」


 ケイは言う。

 九条さんは、確かにパーティに参加していた。


「蚊がいるよって言われて彼の片手が近付いたときに、うなじにチクッと何か刺さる感じがして、そこから急に眠くなったんです」

「なるほど……ちょっと心当たりがあるので、調べてみましょう」


 話を聞いた医師と看護師は何か察したように視線を合わせ、看護師が急いで病室を出ていく。

 すぐに戻ってきた看護師は、手に何かの検査器具らしきものを持っていた。


「もしかしたら、広瀬さんは強制的に意識を失わされたかもしれません」

「チクッとしたという辺りを検査しますね」


 医師は事件の可能性を話す。

 看護師は持ってきた器具で検査を始める。

 それは体内の異物を見つけるもので、対象のDNAとは異なるものに反応してモニターに映し出す探知機だった。

 ケイのうなじに探知機を近付けた直後、ピピッという音が鳴る。


「思った通り、異物がありますね。除去するので少しチクッとしますよ」


 医師の予想は当たりだったみたい。

 看護師が探知機と一緒に持ってきた吸引機を医師に渡す。

 それを使い、医師はほんの数秒でケイのうなじから異物を取り除く。

 シャーレの上に置かれた異物は、細くて短い金属らしき物だった。


「やはり……。これは埋め込んだ相手の意識を奪い、特定のサーバーに封じる電脳犯罪アイテムです」


 医師が告げた内容は、現代ではそれほど珍しくはない。

 電脳犯罪はフルダイブ型ゲームのシステムを悪用したもので、主に被害者を無力化して監禁するために使われることが多い。

 ゲーム世界でサキがレビヤタにされたみたいに、意識を失った被害者が犯人から望まぬことをされる事件もあった。


「九条さんって、ジュネスの代表取締役社長の九条さんのことですか?」

「そうです」


 医師の問いに、ケイが頷く。


 九条さんは、アイドルのプロデュース業などを中心に事業展開している芸能プロダクションの社長だ。

 私がケイに引き取られて間もない頃、初めて会った九条さんは私に微笑んでこう言ったの。


「君には煌めく宝石が眠っているよ。アイドルにならないかい?」


 って。

 

 歌ったり踊ったりするのは楽しそうだけど、アイドルになれるほど自分の容姿がいいとは思えない。

 だから私は首を横に振って断ったの。

 でも九条さんは諦めなくて、その後も会う度に勧誘してくる。


 一方、医師は私もケイも知らない情報を持っていた。


「以前、あの方がスカウトした新人タレントが意識不明になったことがありました。私はその際の担当医でしたが、状況に事件性が感じられて、患者を全身スキャンしたところ、首の後ろにこれと似た異物を発見したんです」


 事件性が感じられる状況ってどんな状況?

 外傷があるとかかな? 

 続く情報は、ケイも他人事ではない話だった。


「異物を取り除いた後、警察に調べてもらって、電脳犯罪の被害者と分かりました。現在はサーバーから意識を開放されて健康状態を取り戻しています」

「犯人は?」

「九条さんが真っ先に疑われました。しかし、証拠が無いので未だ調査中です」


 真っ先に疑われるなんて、九条さんどういう人なの?

 ケイも同じことを思ったのか、目を丸くしている。


「九条さんが疑われる要素は?」

「被害者は、九条さんの邸宅に住み込んでいたそうです。自室で意識不明で見つかる数日前に、九条さんと何か言い争う様子が使用人に目撃されていました」


 医師は当時を振り返りながら言う。

 そんな状況なら、疑われてもしょうがないね。


「広瀬さんの意識が戻ったと分かれば、九条さんは何かしてくるかもしれません。警戒していた方がいいですよ」


 医師は完全に九条さんの仕業だと思ってるみたい。

 でもケイは何も言い争っていないのに、どうして意識を奪われたの?


「俺が意識を失った場所は監視カメラがあるので、彼の行動が映っていると思います」


 ケイが言う通り、庭園にはあちこちに監視カメラが設置されている。

 そのデータを調べれば、九条さんがケイに何をしたのか分かるかも?


「それを警察に提出して、被害届を出した方がいいですね。私も担当医として証人になります」


 医師が証言してくれるなら心強い。

 カルテと異物とカメラのデータがあれば、犯人逮捕は近い気がする。


「じゃあ、私が監視カメラのデータを回収してくる。ケイは狙われてるからここにいて」


 私は急いで病室を出た。

 病院の駐車場に停めてあったマイカーに乗り込んで発進させる。

 朝の通勤渋滞は終わった時間帯で、車通りは少なかった。

 走りやすいけれど、そこは若葉マークドライバー、急いでいてもスピードは出し過ぎない。

 

 九条さん、犯人なの?

 良い人だと思っていたのに。 

 何が目的なの?

 意図は分からないけれど、ケイに危害を加えるなんて、絶対許さない!


 私は自分の中に怒りが沸き上がるのを感じながら、監視カメラの保存データを取りに自宅へ向かった。

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