第2話 推しと殿下と私

 成人の儀を受けていたはずが、いつの間にか光っていた。

 そんな普通ではありえなさそうな経験をした私、アナベル・カトラは今、関係者以外立ち入り禁止の大聖堂の奥の廊下にやって来ていた。


 もちろん一人ではなく、推し──この国の筆頭公爵家の次期当主になる予定で、ここの関係者ともいえる聖騎士でもあるターラル・アルメー様──と一緒だ。


 もちろん私たちは婚約者でも何でもないので、ターラル様に先導されるまま私がついていく形だ。


 月明かりと等間隔に灯された蝋燭ろうそくの光だけを頼りに歩く夜の廊下は、かなりひんやりとしている。


 普通なら、月明かりだけの廊下は薄暗いので彼の姿はよく見えない。

 でも私は彼の後ろ姿をしっかりと拝むことができているのだ。


「悪いことばかりではないわね」

「何か言ったか?」

「いえ何も」


 危ない。ターラル様に聞かれるところだったわ。

 彼のことをどう見ているかばれた日には、一体どうなることやら。


 騎士でもあるターラル様は他者からの視線にさといので、適度に内装を見ているふりをする。


 目に入るものはどれもこれも、大聖堂の裏側もターラル様がいてもおかしくないなと感じてしまうほど洗練せんれんされたものばかり。

 お城でもないのに「白亜の宮殿」と呼ばれるのも納得ね。


 こんなに内装を整えるお金があったら、私たちのおんぼろ屋敷の手入れが行き届いていないあちこちが一瞬で直せてしまいそうだ。

 などと左右にばかり視線を向けている間に、推しの姿は目の前から消えていた。


「どこを見ている?」

「あっ……大聖堂を見ていました」

「上だ」


 声が聞こえてきた左側を少し見上げると、そこにはさらに階段をのぼっている推しの姿があった。

 ……私は貴方様の好感度をマイナスからせめてプラマイゼロに戻そうと必死なんですけどね!


 さすがに本人を目の前にそのようなことを言うのは迷惑ファンに片足を突っ込んでしまうので、口にはしない。


 向かう先はさらに上の階ということなのかしら。

 私のそんな疑問をよそに、彼は上階へと上がっていってしまう。私もさっとスカートを掴んで後に続く。


 蝋燭ろうそくがなく月の光も死角になってしまう階段は、廊下に増して暗かった。

 ふと、ターラル様が踊り場で歩みを止める。


「夜中に執務を行う時に便利そうな力だ」

「えっ! そう、ですかね?」

「冗談だ」


 私の声だけが、やたら大きく反響する。

 彼の役に立てるなら──というか彼と一緒にいられるなら蝋燭ろうそくにでも何にでもなるつもりではあるので、お仕事があったら声をかけてほしかったけれど冗談だなんて。


 本気にしてしまったのが恥ずかしい。

 でも、この歩く蝋燭ろうそく扱いがお兄様や他の人ならすんなりと受け入れられる気がしないのでまだいいの、かもしれないわ。


 なんて余計なことを考えていたら、いつの間にか彼の背中は階段の続きをのぼっているところだった。

 私も行かないと、と急いで足を踏み出したそのとき。


「──っ⁉」

「っ! 危ないっ!」


 あと二段ぐらいというところまで急いで駆け上がったせいだった。


 スカートを思いっきり踏みつけた私がそのままバランスを崩して、段差と頭がこんばんはしそうになってしまった寸前。

 私は間一髪でターラル様に右腕を掴み上げられる。


 これが剣ダコというものなのかしら。

 それでいて肌はすべすべで羨ましい──ってダメダメ。


 彼がいなければお兄様は両親に続いて、私も失うところだったかもしれない。


 もしも血まみれになって、あまつさえ私が死んでしまったら。

 今日のために火の車すぎる家計からせっかく苦心してお金を捻出ねんしゅつしてくれたお兄様や、領民たちに申し訳が立たない。


「立てるな?」

「あああありがとうございます」


 推しに心配をかけてしまうなんて何たる失態。

 穴があったら入りたい。今日死んでしまってもよかったかも──ってダメダメ。領民に申し訳が立たなすぎるわ。


 私を安全なところまで引き上げてくださった彼は、すぐに何事もなかったかのように歩き出した。

 私もただただ彼のあとをついていく。


「ここだ」


 ターラル様が立ち止まったのは他よりやや豪華な扉の前だった。

 彼が扉をノックすると、中から聞こえてきたのは入室を許可する男性の声。


 ターラル様は扉に手をかけると、「先に入れ」と短く口を開く。

 推しからのファンサの雨あられ──ご本人にそのような意図はないと思うけれど──にひっそり感動の気持ちを噛みしめながら、足を踏み入れた。


「失礼いたしま──」

「ようこそ、話は聞いているよ。家格は子爵家で名前はアナベル・カトラ。兄と二人で何とか生活していて、領地経営はお金を払って有識者に委託中。家計は火の車で税収も有識者を雇うお金でほぼ全て溶けている、と」


 部屋に入った途端とたん、何の説明もなくペラペラと私の個人情報を口にしたのは、絵本から飛び出してきたような金色の髪に、青い瞳の青年だった。


 彼は部屋の奥の方にある机の向こう側からこちらを向いて座っているようで、頬杖ほおづえをついて、私の方にまっすぐと見上げるような視線を向けている。


「どうして私のことをそこまでご存知でっ──⁉」

「舞踏会の招待客のことぐらい、その人はもちろんのこと家族構成や生い立ち、その他もろもろ表になっている情報は暗記しておかないとね。いつどこの誰から襲われるかも分からないし」


 だから、このような場でもそれは大事なんだよ。

 そんなことを口にしながら、初対面でニコニコと笑顔でさらっと怖い要素を指折り数えだす青年に、思わずドン引きする。


 彼の話を聞く限り、この国の社交界はものすごく物騒ぶっそうなところらしい。

 お兄様が私を他家のお茶会へ参加させることすらしぶる理由の一端が分かってしまった気がするわ。


「殿下、カトラ嬢が引いてます」

「ターラル、それ普通の反応だと思うよ」

「ご自覚があるなら入室してきた者の情報をいきなり話す癖は──」

「後ろ暗いことをしている者へのけん制になる」


 あれっ、今ターラル様が個人情報ペラペラ男のことを「殿下」と呼ばなかった?


 殿下といえば「王族」。つまり今私は王族に公爵令息という、雲の上の方々に挟まれていることになる。

 今までの人生でお会いしたことは一度もないけれど。──私ぐらいの年の男性で、今王族の方はおひとりしかいないはずだ。


「って、ええっ⁉ もしかしてクウェンク殿下⁉」

「そうだよ……ってそこまで焦らなくてもいいから」

「えっ?」


 私は先ほどターラル様とお会いして挨拶を忘れていた時よりも数倍ぐらい慌てて、淑女の礼を披露した。

 でもクウェンク殿下からお許しを得たので、すぐに姿勢を正す。


「……にしてもターラル、これはなかなかの拾い物だね。大聖女と会えたんだ。本当におめでとう」

「殿下、人をモノ扱いするのはいかがなものかと」


 推しの紳士がすぎる。

 全私が感動していたそのとき。しれっとクウェンク殿下がおっしゃっていた言葉が脳裏をちらつく。


「──だいせいじょ?」

「そうそう。知っていると思うけれど、建国神話に登場する、光り輝く聖女様の話は知っているだろう? ちょうど、今の君のような状況だったのだと思うよ」

「あれって作り話ではないのですか? 聖女でも光るのは、儀式の直後だけだと聞いていたのですが」

「伝説だと思われていた事象が、カトラ子爵令嬢に発生したと考えるのが筋かと」

「僕も概ねターラルと同意見だ」


 聖女が登場する話は多々あれ、光り続けた聖女が登場するのは「建国神話」だけだ。

 他の物語の中では、聖女たちがその後光り続けたという描写はなかったと思う。


 私が首を傾げていると、殿下が立ち上がった。


「端的に言おう。君はこれからこの国の聖女に……いや、『大聖女』に任命される」

「任命され……えっ?」

「こんなに派手に光っているのだから、会場もさぞ騒がしかったんだろうなぁ」


 チッチッチと人差し指を左右に振りながら、クウェンク殿下は立ち上がる。

 ここまで言ったらわかるよね。そんな彼からの無言の圧を感じた。


 顔が引きつったりしていないかしら。

 王族のクウェンク殿下に不服ふふくの表情を見せるのは、推しのターラル様に素の反応を見せるのとはまた違う。


 端的にいって、お兄様の出世やカトラ子爵家の存亡そのものに関わってくるのよね。

 私が殿下はじめお偉いさんの皆様に失礼な態度を取ってしまったら、お兄様が胃薬を飲むことになると言っていたぐらいだもの。


 そんな心配がふいに頭をよぎった。

 でも儀式の最中に光って悪目立ちしてしまったし、クウェンク殿下と仲のよいターラル様に助けられてしまったし。きっと今更ね。


「何か質問はあるかい?」

「そうですね。……大聖女って何をするのですか?」

「──何もしなくていいよ」

「えっ?」


 「何もしなくていい」ってどういうことかしら。

 そんな私の疑問は、すぐに解消されることとなった。


「でも大聖女としての手当てが貰えるから。君の領地の財政状況は厳しいのだから、それくらい受け取っておくべきだと思うのだけれどね」


 ふとターラル様の方を見る。

 私の視線に気づいた彼から返ってきたのは首肯。どうやらターラル様も「大聖女」の件は承知済みのようだった。


 推し公認ということなら、選択肢は一つしかない。


 「おかね」。それは私が推しに認知されるという奇跡が起こった今、私──もといカトラ子爵家が一番に求めているものなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る