ヒーローは、桜の木の下で

梅生 結美

4月 再会は桜色1

──再会の時は突然。この教室という宇宙から音の消えるような衝撃だった。



リョータマン助けてくれ──と心の中のヒーローに祈る始業式の新しい教室。


この空気が嫌いだ。


クラス替えに、そわそわと浮ついた教室。

マンモス校の一年の始まりは、“初めまして”だらけで、今日のこの一分一秒で一年のヒエラルキーが決まる。


去年、同じクラスだった数人が、高二の冬よりわざとらしく明るく振る舞い、馬鹿みたいに盛り上がっている。


俺は視線を一度だけ向けて、自分の席に座り、窓の外を見た。



風が吹けば桜が舞う。

毎年同じ景色なのに、どうしようもなく美しい。


教室と違い、外は青空と桜の色で騒がしい。


「間宮くんと同じクラスなんて嬉しい!」


派手な2人組の女子が笑顔で近づいてくる。

その声と、それに合わせて密やかに一斉に向けられる教室中の視線に、居心地が悪い。


「あぁ」


それだけ返して、桜に目を戻す。


“クールな一匹狼”は、俺が学校で生きていくために身につけた皮。


どうせあの中に入って行けないなら、あえて入らないヤツを装ってやる。

友だちを作るのが下手でも、教室に馴染むための処世術だ。



心の中ではずっと、あのヒーローに助けを求めている癖が抜けない。


 ──リョータマン。

 どうか俺を守ってくれ。

 今年も何事もなく過ぎますように──


『お前ら勇気あるよな。あいつカッコいいけど怖いし…』

『クールでかっこよくて、お前らみたいなガキとは違うんだよ』

なんて、キャハハと笑いながら談笑する男女の声が耳に届く。


慣れている。何も聞こえない。

可愛い可愛いと言われて、嫌な思いをするよりも怖がられている方が安心だ。


意味不明な音の多い、鉛色の教室の、窓際の俺の席にまで届く真っ直ぐな声が教室に響く。


「おっはよー!」


その瞬間、世界に音がひとつ増えた気がした。


クラス中が「待ってました」と振り返るような、中心人物特有の挨拶。


「おぉ、涼太!おはよー!」


──りょうた。


よくある名前。


だけど、その名前に胸の奥が痛む。


まさか。

そんなはずない。



リョータマン

幼い日の思い出のまま

5歳の小さいヒーローでいてくれよ──

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