第24話 いざクッキー作り!
放課後の廊下は、昼間よりも少しだけ静かだった。
部活に向かう生徒と、帰宅する生徒が入り混じって、流れはあるのに落ち着かない。
そんな仲、オレと悠真は並んで歩いている。
「……家庭科部、ね」
悠真がどこか落ち着かない様子で言った。
「なに?」
オレは横目で見る。
「緊張してるの?」
「してない」
「いやいや」
「してないって」
即否定。ふ、なんて分かりやすいヤツ。それで幼馴染みの目を誤魔化せると思うなよ。
「椎名さんに誘われたの、そんなに意識してるんだ」
「だから意識してないって。しつこいぞ」
「ふぅーん、そっかそっか」
「……普通に見学するだけだ」
「へぇ~」
オレはわざとらしく相づちを打つ。
「普通に、ね」
「千尋、からかうな」
「からかってないってば」
「絶対嘘だ。目がからかってる」
平静を装ってる悠真だけど、少しだけ違う。
まぁそりゃあんな可愛い子にお礼がしたいんです! なんて言われたらドキドキするのも無理ないけどさ。
悠真と陽菜の間でどんなイベントがあったのか、ゲーム内容から推し量ることはできるけど実際のところは知らない。
でもこれはもしかしたらもしかするのかもしれない。
悠真は明らかに陽菜のことを意識してる……と、思う。
陽菜もまんざらじゃなさそうだったし。
陽菜ルート……なるほど。その可能性はしっかり考慮しておくべきだろうな。
◆
家庭科室の前に着くと、中から賑やかな音が漏れてきた。
「思ったよりにぎやかだね」
「そりゃ料理してりゃ音が出るからな」
「そういうことじゃない」
「でも家庭科室ってちょっと緊張するよな」
「どうして?」
「いや、料理ってもんに縁がないからかもだけど。小学校の頃から調理実習とか苦手だったんだよなぁ」
「悠真、エプロン似合わないもんねぇ」
「おい笑うなよ」
「ごめんごめん。でも私はけっこう好きだよ悠真のエプロン姿」
そんな話をしながら、家庭科部の扉をノックした。
「……あ」
扉を開けたのは陽菜だった。
一瞬だけ驚いた顔をして、すぐにほっとしたように表情が緩む。
「……来てくれたんだ」
「そりゃ約束したからな」
悠真が答える。
「……うん」
陽菜は大きく笑うわけでもなく、でも明らかに嬉しそうだった。
これは陽菜も意外と脈ありか?
まぁ確かに陽菜は紗月に次いで攻略しやすいキャラではあったけどさ。
初期好感度がそれなりに高いからちゃんと選択肢を選べばルートに入りやすい。
「あ、藤宮さんも……来てくれてありがとう。二人ともどうぞ入って」
ん? もしかしてオレの存在気付かれてなかった?
明らかに今気付いたよな。
うーん……まさか、な。そんなわけないよな。
「どうぞ入って。先輩達にはもう話してるから」
少しだけ横にずれて、オレ達を中へ招き入れてくれた。
家庭科室の中は想像以上に活気があったし、広かった。
広そうだなぁとは思ってたけど、ここまでとは。さすが設備に力入れてるな。
鍋の音。オーブンの作動音。どこかで「失敗した!」という声。
「……うん、楽しそうな部活だね」
「楽しそうなのは否定しないけどな」
「陽菜ちゃん、その二人が今日来るって言ってた見学の二人?」
近くに居た家庭科部の先輩が軽く声をかけてくる。
気さくそうな先輩だけど……頬に煤がついてるのはなんでなんだろう。ツッコんだから負けかな。
「はい。見学させてもらいます。神谷悠真です」
「藤宮千尋です。よろしくお願いします」
「そんな硬くならなくていいって。じゃあ気楽に見てって。今日はクッキーの試作だから」
それだけ言って、すぐに作業に戻っていった。
すげぇ、自由な人って感じだな。
「今日はプレーンとチョコの二種類作ってて……」
陽菜が説明する。
「思ったよりちゃんと作ってるんだな。いや、思ったよりなんて言ったら失礼か」
「気にしないで。実際、ふざけて失敗する人も多いから」
遠くでまた「焦げたー!」という声。
「あぁいう感じで」
陽菜が小さく付け足す。
そういう人が多いのは、それはそれで心配だな。大丈夫なのかこの部活。
「それじゃあ、二人はちょっと待っててくれる? 部室内なら自由に見ててくれてもいいから」
「あ、まだ作ってる途中なら私も手伝っていい?」
「え? でも……」
「せっかく家庭科部に来たんだし、見てるだけなのも暇だし」
この機会に陽菜と少しでもお近づきになりたい。その一心で手伝いを申し出る。
陽菜はちょっとだけ迷うような表情を見せてから、頷いてくれた。
「それじゃあ軽量とか……手伝ってもらおうかな」
「軽量……やったことないけどできるかな」
「だ、大丈夫。簡単だから」
「それならやってみようかな。あ、エプロンって予備とかあったりする?」
陽菜から渡されたエプロン着てからクッキー作りを始める。
渡された計量カップと砂糖。
「えっと……何グラム?」
「そこまで神経質に測らなくてもいいよ」
「そう言われると逆に怖いんだけど」
オレは慎重に砂糖を入れる。
あ――ヤバ、入れすぎた。
「えっと……」
「ど、どうしたの?」
「……愛情がたっぷりのクッキーもいいよね」
一瞬の沈黙。
オレが砂糖を入れすぎたことを悟ったらしい。
「……甘いの、嫌いじゃないから」
陽菜が優しくフォローしてくれた。なんて優しい子なんだろう。
「千尋、大丈夫か?」
悠真が笑う。
「悠真は黙って見てて」
「はいはい」
悠真が離れたことを確認してから、オレはチラッと陽菜のことを見る。
「楽しそうな部活だね。家庭科部」
「……うん。楽しくて、落ち着く」
「落ち着くの?」
「先輩達、優しいから」
確かに楽しそうな部活なのは認める。
まぁそれと入りたいかどうかは別の話だけどさ。
さてと……悠真についても探りを入れてみるか。
「悠真ってさ、けっこう優しいでしょ」
「……うん」
はにかみながら陽菜は頷く。
「おばあちゃんのお守りの時も、今日の昼休みも……何の得もないのにわたしのこと手伝ってくれて……嬉しかった」
「そっか」
思った以上に好意的な返事にちょっとだけ驚く。
気になる? とは聞けなかった。
それは踏み込み過ぎだと思ったから。下手なこと聞いて意識させるのも違うだろうし。
でももしこのまま二人が上手くいったら……。
「ん?」
「どうしたの?」
「うーん……なんでもない。気にしないで」
なんでオレ、一瞬邪魔する方法考えたりしたんだろ。
二人がゲーム通りに付き合ってくれたらそれで良いはずなのに。
◆
生地がまとまり、型抜きに入る。
「これ、星でいい?」
「うん、かわいい」
陽菜が少しだけ笑った。
「型抜きってけっこう楽しいね」
「でしょ? わたしも好き。自分の好きな形にできるし、ちゃんとこの形で焼けるかなってワクワクするから」
「確かにワクワクするかも」
この作業の間にちょっとだけ距離が縮まった気がする。
オレと喋ってても笑ってくれることが増えたし。
順調順調♪
あとは焼くだけだ。
オーブンに入れて、焼き上がりを待つ。
その間に、ふと陽菜が言う。
「藤宮さんって、神谷君と幼馴染みなんだよね」
「うん。そうだよお姉ちゃんと私と、幼稚園の頃から。長いよねー」
「幼稚園の頃から……そうなんだ」
それから、少しだけ口をもごもごとさせていた陽菜だったがやがて意を決したように口を開いた。
「つ、付き合ってたり……するの?」
「うえぇっ!?」
予想外の言葉に思わず素っ頓狂な声が出る。
「付き合ってるって、オ……わ、私と悠真が? ないない! 絶対無いって!」
「付き合ってないの?」
「むしろどうしてそんな誤解したのか聞きたいくらい」
「だって……二人はよく一緒に居るから」
「それはただ幼馴染みだからで。悠真は友達だけど、付き合うとかは無いって」
ここは全力で否定しておかないと。
これでももし陽菜が勘違いして、引いたりしたら最悪だ。
「そっか……付き合ってるわけじゃないんだ」
そう呟く陽菜の顔はどこか嬉しそうだった。
◆
それから少ししてクッキーが焼き上がり、オレ達はできたてのクッキーを悠真に渡した。
「……ど、どうかな」
陽菜が不安そうに聞く。
悠真が一口食べる。
なんでかオレまでドキドキしてきた。いや、オレは陽菜の指示通りに手伝っただけなんだけどさ。
「……美味しい。これめちゃくちゃ美味しいぞ」
「ホントに!? 良かった……」
陽菜が安堵した様子で笑顔を見せる。
さすがヒロイン、笑顔が眩しいぜ。この笑顔を間近で見て顔を赤らめもしない悠真はホントに男なのか?
「…………」
悠真と陽菜が話してるのを一歩下がったところから観察する。
こうして見るとお似合いの二人だ。
悠真も陽菜も楽しそうで……うん、楽しそう。
まるでオレのことなんか忘れてるみたいに。
オレは出来上がったばかりのクッキーを手に取る。まだちょっと熱い。
ちなみに悠真に渡したのは綺麗にできた分だ。
「……ちょっと苦い……」
食べたクッキーはちょっとだけ焦げてたみたいで、少しだけ苦かった。
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