第20話 選ばなかった選択の先で
部活動見学をしてから一週間が経っていた。
入学してから一週間も経つと、高校生活はようやく「日常」になりはじめていた。
オレはまだ楽しいけど、さすがに入学当初ほどの高揚感はないし。
この楽しさもゲームの舞台っていうのと二度目の人生で二度目の高校生活だからこそだ。
クラスのみんなの名前も少しずつ覚え始めて、昼休みの過ごし方とか、そういうのにも自然な流れができつつあった。
とくにこの一週間はゲーム的にも大きなイベントはなかったし。
ゲームだと、昼休みの時間はどこに行くか選ぶことができる。どこにヒロインがいるかわかるから、それで攻略したいヒロインのところに行く感じ。それで好感度が一定まで上がったらイベントが進むって感じだ。
紗月は教室にいることは多くて、美琴は食堂、陽菜は裏庭、凜々花は中庭か図書室だ。もちろん日によって違ったりするけどさ。
そしてオレは一応毎日悠真の行動に目を光らせてはいる。今の所、特定の誰かと仲が深まってる様子はない。
まぁ一週間しか経ってないし、そりゃ当然って話だけどさ。
「おい悠真、購買行こうぜー」
「あぁ。わかった」
「早くしろよ焼きそばパンとカレーパン売り切れちまうだろ」
「そんな急かすなって」
この一週間で悠真は相沢と仲良くなったのか、相沢は悠真のことを下の名前で呼ぶようになっていた。順調に仲良くなってるようでなにより。
オレは紗月と美月の二人と一緒にお弁当を食べるのが当たり前になっていた。ちなみにお弁当は紗月作だ。
推しの手作りを食べれる幸せ……高校生活万歳!!
「千尋、今日の卵焼きはちょっと甘めにしてみたんだけど美味しい?」
「うん、美味しい」
「千尋に聞いても無駄ですよ紗月さん。この子、紗月さんの作るものならなんでも美味しいって言いますから」
「そんなことないよ! ホントに美味しいから美味しいって言ってるだけだし!」
「じゃあ私にも食べさせて」
「それはダメ。このお弁当の中身は全部私のものだから」
「だと思った」
「ふふ、それじゃあ私の食べる?」
「いいんですか?」
「うん。他の人の意見も聞きたかったし。はい、あーん」
「あーん。む、たしかに美味しい……美味しいですよ紗月さん」
「あーん!? あーんしてもらってる!? ずるい!」
「千尋が意地悪するからでしょ」
「そんなぁ……」
「……ふっ」
「あー! 今、美月笑った! 勝ち誇った!」
「それじゃ千尋には私があーんしてあげる。はい卵焼き」
「あーん……あ、美味しい」
「それ私が作ったの」
「美月、料理できたんだ」
「高校生なんだからそれくらいできるでしょ」
「うっ……」
オレはできない。いや、ちゃんとお母さんには教えてもらったんだけどさ。
でも紗月ほど上手くならなかったっていうか。
いや、まぁいいんだ。別に。紗月に教えてもらうから!
「私とお母さんもたまに教えるんだけどね。いつも味見役になっちゃって」
「二人が作った方が美味しいし……」
「私は千尋の作るご飯も好きだよ? 私の誕生日の時にオムライス作ってくれたでしょ。あれ美味しかったよ」
「そりゃお姉ちゃんのためだもん。頑張って作るよ」
「その紗月さんのため、を他の誰かにも生かせればいいのにね」
「少なくともそんな意地悪言う美月には作りませーん」
そんな話をしながら、オレはふと教室内を見回した。
ヒロインズの姿は無い。まぁ居ないのはいつものことなんだけど……悠真が選ばなかったってだけで、ヒロイン達はやっぱり選択肢の場所に居るんだろうか。
「急に黙ってどうかしたの?」
「……ううん、あ、そうだ。私ちょっと食べ終わったら図書室に行ってくるね」
「千尋が図書室? どういう風の吹き回し?」
「私だって図書室に行くことくらいありますー。すぐに戻ってくるから」
それから一気にご飯を食べたオレは、お弁当箱を片づけて図書室へと向かった。
あったのはただの好奇心。
悠真の選ばなかった行き先。選ばなかった昼休みの過ごし方。
そこに、彼女が居るのかどうか。
ただ確かめたかった。
もしもの先を。
◆
昼休みの図書室は人気も少なくて、さらに静けさを深めていた。
本棚の影。
窓から差し込む光。
紙とインクの匂い。
どれもオレ好みだ。美月はどういう風の吹き回しーなんて言うけど、オレはもともと本好きだ。
前世じゃ本の虫と呼ばれてたくらいに。
だけど……。
「……いないのかな」
そう思った瞬間。
「神谷君を探しにいらしたの?」
静かな声が背後から落ちた。
振り返ると、本を一冊抱えた篠宮凜々花が立っていた。
落ち着いた姿勢。
変わらない余裕。とても同い年には見えない。
「えっと……違います」
反射的に否定してから、自分でも少し苦笑する。
「……ちょっと気になることがあっただけっていうか」
凜々花は、オレの曖昧な返事を咎めなかった。
「あなた達、いつもご一緒ですものね」
淡々とした口調で言う凜々花。
っていうか、そんな風に言われるほど悠真と一緒に居るか?
いや……居るか。あいつの監視してたから。必然傍に居ることが多かったんだ。
「神谷君は今日も購買に?」
「たぶん。相沢と一緒に」
「あなたはどうして図書室に?」
その見透かすような目に思わず視線を逸らす。
だけど、これじゃ何か隠してますって言ってるようなもんだ。
「……もしかしたら悠真が図書室に来る、なんてこともあったのかなーなんて思ったり? ごめんなさい。変なこと言ってますよね」
「なるほど。神谷君が図書館に来る可能性……確かに、そんな未来もあったかもしれませんわね。そしたらわたくしはあなたとではなく、神谷君とこうして話していたかもしれませんわね」
「ですよね!」
「ですがそれはもしもの話。今わたくしの目の前に居るのはあなたですわ」
「う……ごめんなさい」
「どうして謝りますの?」
「……なんとなく?」
なんかそういう言い方されると、悠真と凜々花のイベントを邪魔したような気になったというか。いや、ここに来なかったのは悠真の選択なんだけどさ。
でもそれを言えるわけない。
「ふふっ、あなた面白い方ですわね」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
「前から気になっていましたの。あなた時折、先を視る目をしているから。まるでこれから何が起きるかを知っているかのような……そんな目を」
凜々花のその言葉に思わずドキッとする。
「や、やだなぁ篠宮さん。そんなわけないじゃないですか」
「そんなことわかってますわ。でもだからこそ興味深いと思ったの」
予鈴が鳴る。
正直助かったと思ってしまった。
「そろそろ教室に戻らないといけませんわね」
「そうだね。それじゃあ私、先に教室に戻るね」
凜々花は本を胸に抱え直す。
「次はもっとゆっくり話ましょう」
「え?」
「わたくし、あなたのことが気になりますわ」
そう言って去っていく凜々花。
去り際に向けられた笑みは絵画にしたいほど綺麗だったけど、オレはそれどころじゃなかった。
「もしかして……ミスったか?」
悠真と凜々花のイベントを奪ってしまったのではないか。
そんなちょっとした不安を抱えながら、オレは教室へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます