第17話 昼休みの教室で 紗月視点

 昼休みの教室は思っていたよりも騒がしかった。

 机を寄せ合ってお弁当を広げる子。

 購買の袋を抱えて笑っている子。

 まだ慣れない制服に、少しだけぎこちない空気。

 そんな中で私は自分の席に座って、机の上にお弁当箱を置いていた。

 千尋……戻ってくるの遅いな。

 チラッと時計を見る。

 昼休みが始まってもう二十分以上は経ってる。

 今日はすることがあるからって出て行っちゃったけど、お昼どうするのかな?

 今朝、今日はお弁当いらないって言ってたけど。購買とか学食に行く気だったとか?

 それならそう言ってくれたら私だって一緒に行ったのに。ゆーくんも相沢君と一緒に購買に行っちゃっていないし。

 いつもならお腹空いたとかなんとか言って、すぐに戻って来るのに。


「紗月さん、手が止まってますよ」


 向かいの席から、美月ちゃんが箸を動かしながら言った。

 美月ちゃんはどうしてか私に対して敬語で話す。同い年だからため口でいいって言ってるんだけど。


「え……あ、ごめん」

「考え事?」


 私は小さく笑って首を振る。


「千尋がまだ戻ってこないから心配で」

「……あぁ」


 美月ちゃんはいかにも納得したような顔をした。


「また何かやってるんじゃないですか?」

「やってる?」

「千尋って放っておくと勝手に動くじゃないですか」

「うん……まぁ、それはそう」


 否定できない。思わず苦笑する。


「でも、神谷君も一緒なんじゃないんですか? だったらそんなに心配しなくても」

「ゆーくんは相沢君と購買に行ったから一緒ではないと思うんだけど」

「相沢……あぁ、あのうるさい大男か。まぁどっちにしても紗月ももう高校生ですし」

「そうだよね……」

 

 心配し過ぎだとはわかっている。でも、最近の千尋の様子はどこか変っていうか。

 中学生の頃より何かに追われているような、焦っているような。


「紗月さんってほんとお姉ちゃんですよね」


 美月ちゃんがからかうように言ってくる。


「どういうこと?」

「千尋のことになるとすぐに顔に出るじゃないですか。そういうところ、すごく姉妹だなって思います」

「そ、そうかな……」


 私は少し恥ずかしくなってお弁当箱に視線を落とした。


「でもまぁ」


 美月ちゃんは箸を止めずに続ける。


「千尋が何かやってるとしても、大抵は空回りですし」

「ひどい言い方……」

「褒めてます」

「今の、褒めてた?」

「はい。一生懸命って意味で」


 美月ちゃんはあっさり言い切った。

 この子、本当に千尋のことよく見てるな。

 美月ちゃんは私にとっても友達だけど、やっぱりそれ以上に千尋の友達だ。

 千尋も中学生時代は何かあるとすぐに美月ちゃんに泣きついてたし。

 だけどそれが今は少し心強かった。


「まぁ大丈夫です。あの子、紗月さんのこと大好きですし。どこで何してても、最後には必ず紗月さんの所に戻ってきますよ」

「ふふ、なにそれ」


 私はそう答えながらも、教室の扉をちらりと見てしまう。

 だけど結局、私達がお弁当を食べ終わっても千尋達が戻ってくることはなかった。

 やっぱり学食に行ったのかな? 学食に興味持ってたし。それとも購買で買ってどこかで食べてるとか?

 前みたいに食べきれないくらい買ってたらどうしよう。

 そんなことを考えていたら、ガラッと扉が開いた。


「……あ」


 自然と声が漏れた。

 教室に入ってきたのはゆーくんと千尋。

 けどその二人だけじゃない。

 あの二人は……。

 ゆーくんの隣には落ち着いた雰囲気の女子生徒。その後ろに相沢君。

 千尋はどうしてか少しだけ疲れた顔をしていた。


「おかえり」


 思わず声をかける。

 千尋がこちらに気付いて、ぱぁっと表情を明るくした直後に一瞬だけ目を逸らした。


「えっと、ただいま。ごめんね。遅くなって」


 その反応だけでだいたい察してしまう。

 また何かやってたんだと。はっきり言って千尋は嘘を吐くのが下手だ。

 だからすぐにわかる。


「ほら、言った通りじゃないですか」


 美月ちゃんが小声で言う。


「何が?」

「何かに首を突っ込んできた顔」


 私は思わず笑ってしまった。

 ゆーくんの後ろにいる女子生徒――上品で、少し近寄りがたい雰囲気。

 確か昨日千尋が見てた女の子の一人だ。名前は篠宮さんだったはず。

 かなりのお嬢様だって噂だけど……四人で何してたんだろ。

 私がじっと千尋のことを見ていると、一瞬だけ困ったような顔をした。

 

「千尋、お昼はちゃんと食べたの?」

「う、うん大丈夫! 篠宮さんに紅茶とお菓子もご馳走になったし」

「え、紅茶?」


 思わず聞き返してしまう。


「中庭で」

「中庭で?」


 中庭で……紅茶?

 一瞬理解が追いつかなかったけれど、千尋の顔を見る限り本当らしい。


「そうだったの……」


 私は篠宮さんの方を向いて軽く頭を下げた。


「妹がお世話になりました。ありがとうございます」

「いえ、ほんの気まぐれですわ。それに面白い話も聞かせていただきましたもの」

「それでもありがとうございます」


 改めて礼を言うと、篠宮さんは少しだけ驚いたように目を瞬かせた。


「ご丁寧にどうも」

「千尋もちゃんとお礼言ったの?」

「うん、もう何回も」

「ならいいけど。で、ちゃんとしたお昼は?」

「……お腹、そんなに空いてないし」


 明らかに誤魔化してる顔。だけど、確かにこの時間からだと買いに行ってる時間が無いのも事実。可哀想だけど仕方無い。


「今日の夜ご飯はいつもより早めに作ってあげる」

「え、やった♪」


 いつものやり取り。私はこの千尋の屈託の無い笑顔が大好きだ。

 私は小さく笑って、もう一度篠宮さんに視線を向けた。

 上品で、静かで、でもそれが自然。

 千尋が関わる相手としては少し意外で、だけど悪い印象は無い。


「もしよかったら今度はあなたも」

「うん、ありがとう。その時はお邪魔しようかな」


 本当は千尋とゆーくんが篠宮さんとどんな話しをしたのか気になる。

 だけど、気になるのは私が心配性だからかもしれない。

 高校生活はまだ始まったばかり。むしろ積極的に交友を増やそうとする姿勢は褒めるべきかもしれない。

 そう思いながら私は千尋の頭をポンポンと撫でる。

 

「どうしたのお姉ちゃん」

「なんでもない」


 こうして姉離れしていくのかな、なんて考えてちょっとだけ寂しいと思ったのは私だけの秘密だ。

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