叫び

「新選組を終わらせるって、何だい。あの時、皆の前で解散させて終わらせたじゃないか。それで、済んでたじゃないか!」


 言葉尻を荒らげた登に、それでもマツはやわらかく首を横に振る。鬢からこぼれたひと筋の黒髪が、目に痛いほどの白に垂れ、頼りなく波打つ。


「ひと月前の解散に、多くの方にはご納得いただきましたが……あの後も、組の再結成をご説得なさろうとする方々が、度々この屋敷へいらっしゃいました」

「何……?」

「そうなることを、旦那様はわかっていらっしゃいました。ご自身の言葉だけでは、説得し返すことができないであろうことも、初めから理解しておられたのです」


 登は絶句して、息も吸えずはくりと口を開閉させた。


 そんな登に、マツはただ真実を告げているだけだというような落ち着いた声で、静かに、やわらかく続けた。


「皆様のご不満も、鬱屈も、すべて引き取って腹を召されることでしか、本当の本当に新選組を終わらせることはできないのだと。そのために自分はいるのだと、旦那様はずっと、ずっと、以前からおっしゃっておられました」


 それこそが、ひと月前、登に打ち明けた『ずっと成し遂げようと考えていたこと』なのだと、マツは言った。


「……馬鹿な」


 全身の力が抜けたように身体がぐらついて、半歩たたらを踏む。


 混乱する。意味がわからない。わかるわけがない。そして、わかりたくもなかった。


 ただ、ただ愕然として――次第に足元から、沸々と怒りが湧いてくる。


「マツさん、あんたは、ッ」


 わかっていたなら何故止めなかったのだ、と。考えるより先に、責めかけて。


 その時になり、初めてマツが燃えるような熱い目で、わずか一瞬、登を睨め上げた。


 登は息を呑み、口をつぐんだ。つぐまざるを得なかった。言葉はなかったが、伝わってしまったからだ。言葉にこそしなかったが、マツは間違いなくその一瞬、登に偽りない激情を叩き返してきた。


 ――『中島様なら、旦那様を止められたかもしれないのに。何故、止めてくださらなかったのですか!』


「あ……」


 唇がわななき、今度こそ耐えきれず、登は口を押さえて庭の隅に走った。胃の中の物をすべて吐き出して、出す物すべて出し終えて、それでも目の前のぐらつきが治まらず、ふらりと前傾していた上体を起こし、腰の刀を鞘から抜き払った。


 ところが刃を己の首に当てようとした瞬間、横から細い身体が飛び込んできて、のし掛かるように制止された。身体の軸が崩れ、諸共もんどり打って転がり、その場に倒れ込む。


「許しませぬ!」


 初めて聞く、悲痛な金切り声だった。視線をやれば、マツが登に馬乗りになって震えながら、登の腕ごと刀を抱え込んで、ぼろぼろと大粒の雫を流していた。


「中島様が左様になさるなら、旦那様は何のために――ッ」


 う、う、と呼吸をひきつらせ、濡れた睫毛を震わせ、目を閉じて、マツは繰り返し何度も「許しませぬ。許しませぬ」と訴え続けた。


「……離してくれ」


 浴びせられ続けた言葉に視線を落とし、登は静かに呟きを返した。


 マツが、びくりと細い肩を跳ねる。それでもまだ登の腕と刀を抱く手は離さず、逆にぎゅうっと余計に力を込めて、何度も首を横に振る。


 登はもう一度、そっと息を吸って抑揚なく答えた。


「離してくれ。もうしないから」


 平坦な物言いが、意図せず相馬に似てしまった。


 マツが恐る恐る目を開き、真っ直ぐ仰いでいる登を見て、震える手をそっと開く。


 解放された腕を引き、登は腰から鞘を抜いて刀を納めた。そのまま力なく投げ出すと、マツが意味ある言葉を失くし、登の胸にすがっていよいよただ喚くようにむせび崩れた。


 先ほどまでの気丈な姿はどこにもない。ずっと、恐らく相馬が腹を切って命を絶ったその時ですら、相馬への誓いを果たそうと気を張り詰め続けていたのだろう。


 登はその華奢な後家を抱き返してやることもできず、鼓膜を震わせる湿った声を聞き続けた。何もできず、無心に庭に転がったまま、薄雲のかかる蒼天を仰ぎ続けていた。

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