心配

「中島。その仕事は疲れると言っていただろう」


 相馬は苦く顔をしかめた。毎度毎度、突き放すような平坦な声音なのに、瞳は情深く気遣いに溢れている。いっそ器用だなと思うほどに。


 登は軽く肩をすくめ、「まぁな」と今さら誤魔化しても仕方がない本音に首肯した。


「でも相馬。お前だって、マツさんに気苦労かけてまで隊長として新選組の責任がどうのと言うくらいなら、駒のひとつも上手く使えないで、どの口がって話だろうよ」

「だが」


 相馬は、そこでいったん口を閉じた。言い淀んだというより、適切な言葉を探すために置かれたような間だった。


「……私は、中島が心配だ」

「またそれか。俺を子供か何かだと思ってるのかい」

「そうじゃない。ただ、先の戦いぶりといい……今のお前は帰る気がないように見える」


 反論しかけて、しかし今度は登が口を閉ざした。昔と変わらず、唐突に見透かしてくるなぁと苦笑が浮かぶ。本心を隠したい時は厄介なのだが、かつての登には相馬相手に隠したいものなどなく、他で息を詰めていた分、むしろこれだから傍らにいるのが楽だった。


 ――だが、今はつらい。かつての記憶が、仕打ちが、忘れられない。なのに良くも悪くも、相馬があの惨事以前と何も変わらない。それに安堵する己が馬鹿らしくて、だというのに、わずかなきっかけひとつで相馬の顔すらまともに見られなくなる……そんな己が情けなくて、嫌になる。己自身どうしたいのかすらわからない心の矛盾が、心底、嫌になる。


「……帰って来るさ。新選組のためなら」


 登は口の端を薄く上げたまま、静かに答えた。


「中島」

「ただ、ひとつ条件がある」

「条件?」


 身構えるようにあごを引いた相馬に、登は「そうだ」と笑みを深めた。


「今回のことが片付いたら、相馬。新選組じゃなく、マツさんのために生きろ」


 言えば、相馬がわずかに顔をしかめるように目を細めた。


 それを正面から見据えながら、登は苦笑に吐息を揺らす。


「娶った責任は、取らなきゃだろ。お前は俺と違って、新選組に囚われる必要はないよ」

「中島とて――」

「それを俺に言う資格は、お前にだけはない」


 返された言葉を遮り、登は切り捨てた。笑みが引っ込み、さすがに剣呑な声が出た。


 相馬は唇を引き結び、視線を下げた。口惜しそうに眉根が寄せられる。何かを言いかけ、しかし躊躇うように空気を食み、嘆息のような深い息を吐く。


「……相馬。やめようぜ。あの時の惨状がお前の仕業だって言う限り――俺の納得のいく事情でも知れねぇ限り、何をどうしたって、お前の心配なんざ俺には届かねぇよ」


 言葉を継ぎ、登も視線を落として小さな深呼吸を挟んだ。


 相馬からは、何も返されない。これもまた言葉なき返答だ。わかっていたことだ。


 己の諦めの悪さに息を吐く。肩の力を抜けば、自然と再び苦笑が浮かぶ。瞳をたわめ、登は「でも」と凪いだ声で取り繕う。


「まあ、お前の心配なんざ受け取るつもりはないにしても、俺があの時のことを恨みに思ったところで、今の相馬が気にすることでも、もうないとは思ってるよ。お前だけ幸せになるのは許せない、なんてぇ女々しいことを言うつもりもない」

「何?」


 相馬が、驚いたように呟いた。珍しく、愕然とした音がわずかに声に乗っていた。


「だから、お前は俺と違うだろ。お前はちゃんと、目の前のモンを大事にしろって話だよ」

「それは」

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