血刀
登を睨んでいた瞳がぐるりと上へ回り、口から血の泡を吹き出して、声とも言えないかすかな呻きを喉から絞り出す。その幽霊画めいた形相から視線をわずかに下げれば、内海の胸からは、抜き身の切っ先が飛び出ていた。
覗いていた切っ先が、ず、と後ろに引き抜かれる。その動きに従って、内海ものけ反るように身体を揺らし、直後、支えを失った浄瑠璃人形みたいにくずおれ、倒れ伏す。
すべて見届けてから顔を上げれば、登の正面には、血濡れた刀を持つ相馬が立っていた。
――頭の後ろ辺りが、虫が這ったようにざわざわと気持ち悪くなる。
「中島。何故構えない」
淡々と問う相馬の顔は、何かを苦悶するように歪められていた。
「いやぁ?」登は平然と微笑む表情を取り繕ったが、頬がわずかに引きつって、上手く笑えているか自分ではよくわからなかった。
「まあ、相馬が勝手口から忍び寄ってたのは、俺からはしっかり見えてたしなぁ」
答えながらも、つい視線が泳ぐ。脳髄が、痛み出す。耳の奥で、己の鼓動がうるさい。
――再会の折、大した怒りも持続しなかったし、案外普通に接することができた。故にもしかすると、己が胸中でこだわっていたほど、登はもうかつての弁天台場の惨事をどうとも思っていなかったのかもしれない、などと白けた思考が浮かびかけていたが。
登は小刻みに震えそうになる唇を噛み、込み上げかけた吐き気をぐっと飲み下した。
「それより、これ。どうするんだい」
今の相馬を直視できない己の弱さから目を逸らし、登は足元に転がる内海の遺体を軽く蹴飛ばした。それにより完全に事切れていることを確認し、息を吐く。
「届け出る」
視界の外で、相馬が答えながら刀を鞘に納めた音が聞こえる。
「届け出るって」
そうっと訝る
密かに胸を撫で下ろし、登はゆるく首を傾けた。
「どこに届け出るんだよ。まさか裁判所かい? 馬鹿正直に?」
裁判所とは、御一新後に新設された奉行所の後釜に当たる役所だ。が、奉行職こそ罷免されたものの、取り締まりを行うのは当時の与力や同心が多く、今のところ体制が大きく変わっているわけではないらしい。
「そうだ。一番面倒がない」
然もありなんと首肯され、またも呆れが湧き出てくる。
「相馬の所在が、四方八方にガバガバだった理由がよくわかったよ」
片手で頭を抱えると、そこで相馬の背後からぱたぱたと軽い足音が追いかけてきた。
「旦那様?」
マツが屋敷の勝手口から顔を覗かせ、相馬の姿を見つけてほっと安堵したように口元をほころばせる。が、直後に事切れた内海を見つけたようで、その表情が強張り、息を呑むように肩に力が入った。
それでもマツは、余計なことは何ひとつ言わず、すぐに「届け出て参ります」と一礼して駆けていく。
「本当にできたご妻女だな」
もはや感心しかなく、考えるより先に呟きが口からついて出る。
「相馬。ちゃんと幸せにしてやれよ」
苦笑した登に、しかし相馬は答えず、ただ気まずそうに目を伏せただけだった。
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