遺体の行方

「いいえっ、でも! 土方先生は実際、行方知れずとなっているそうではないですか!」


 いっそ悲痛とも言える声で訴えた市村に、しかし登は表情を打ち消して低く問うた。


「行方不明? 誰に聞いた。それも噂か」

「あっ、い、え……これは」


 登の空気が変わったのを察した市村が、ぶるりと背筋を震わせて言葉を詰める。


 しかし登は、黙秘は許さないと意気を込めて市村を見据えた。如何せん土方が――正式には、土方の遺体が。死後、行方不明となったことは、紛れもない事実だったからだ。


 ただ、それ自体、秘せられていたことだった。でなければ、それこそ終戦時、土方の生存を疑われ、まともな条件下での降伏など認められなかったに違いなかったからだ。あるいは敵も、何が何でも土方の首を探し出し、晒そうとしたかもしれない。近藤の首を刎ね、罪人かのごとく晒したのと同じように。


 故に他の死者と共に、まとめて燃やしたのだと。実際に他の死者らを焼いた火葬場に、土方の使用していた服飾品を紛れ込ませ、新政府軍らの目を誤魔化した。登ら新選組隊士が、土方の首を奪われまいとしてやったのだと頭を下げたお陰で、逆に信憑性も増して苦し紛れながら敵を納得させることに成功したわけだ。


 それが、今になって何故。


 真実を知るのは、箱館軍と新選組隊士の中でさえ、ごく一部の者だけだった。終戦から五年、実は嘘だったなどと打ち明けるにはまだまだ早すぎる。それこそ今の時期では、土方を使って新政府転覆を謀っているのでは――などと、本来ならば痛くもない腹を探られたって、文句は言えなくなってしまう。


 然程に大きな男だったのだ、土方歳三という男は。総じて敗けを喫した箱館軍においても、土方の采配に拠れば陸上戦で唯一無敗を誇った軍神のごとき存在。味方にとっては心の拠り所に他なく、敵にとっては、ひとつの脅威の象徴とも言える存在だった。


「鉄之助。誰に聞いた」


 登は地を這うような声で、重ねて問うた。


 市村はごくりと喉を鳴らし、しかし負けん気の強い瞳をつり上げ、改めて登を真っ直ぐ見つめた。


「中島先生が左様におっしゃるということは、まことに土方先生は行方不明なのですね」

「あの人は死んだよ」

「ですが、行方不明なのでしょう?」

「遺体が、行方不明なだけだよ」


 剣呑な声のまま答えれば、市村はふるりと、打って変わって頼りなげに肩を震わせた。


「……ご遺体、が……」

「遺体であっても、行方不明となればお前が言ったように、土方さんの生存が囁かれるのはわかってたことだ。敵も味方も。良くも悪くも。だから隠してたんだ」


 登は、膝元に沈み込みそうなほど深い溜息を吐くと、乱雑に髪をかき混ぜた。


「土方さんの遺体は、晒し首になるのを忌避した新選組隊士の手によって、雑兵と共に焼かれたことになってる。新選組の中ですら、それを事実と信じている隊士がほとんどだ」

「でも、そんな」

「でももへったくれもねぇんだよ。あの人が死んだこと自体は事実だ。息を引き取った瞬間を、トラさんが――大島さんが見取ってくれたんだ。他にも数人、目撃者がいる」


 土方の遺体が行方知れずとなったのは、そうして大島が土方の最期を戦場で見取り、これを報告するために本陣・五稜郭へ馬を返した後だったという。


 とはいえ、銃弾飛び交う戦場真っ只中でのことだ。味方が土方の遺体を守りきれなかったのも仕方がなかったと登は思っているし、結果論ではあるが、敵に奪われなかったのならそれでいいとも思う。弔えていない心残りはあるにせよ、晒されるよりはずっといい。


 ただ、だからこそ。今頃あの人の生死を取り沙汰されるのは――死人に後ろ足で砂を掛けるような行為は、とても見過ごせるものではなかった。


「鉄之助。もう一度訊く。土方さんが行方知れずになっただなんて話、誰から聞いた」


 静かに憤る登の声に、それでも市村はどこか納得のいっていない様子だった。膝の上でぐっときつく拳を握り絞め、わななく唇を噛み締めている。


「鉄之助」

「相馬、先生に」

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