第3話 ダンジョン攻略

 王都近郊の入門ダンジョン《フロストホロウ洞穴》。


 薄暗い通路を進むと、巨大スライムがぬるりと道を塞いだ。


「ひゃっ……で、でっかい……!」

 リリィが俺の袖にしがみつく。


「おいガキ、くっつくな。歩けねぇ」

「うぅ……ご、ごめんなさい……!」

 謝りながらも、笑おうとする顔が震えている。


「ザンさん♡ 女の子の手くらい握ってあげれば?」

「クソビッチ、子ども使って絡むな」

「まぁ♡」

 セラーナの笑顔は柔らかいが、どこか固かった。


 カインが剣を構えて言う。


「大丈夫。最初のダンジョンだし、行くよ……《ホーリースラッシュ》!」


 白い軌跡が走り、巨大スライムは一刀両断。


 ──カインはスキルを使った!


【ホーリースラッシュ】

 消費マナ:30

 効果:300ダメージ


「か、カインさんかっこいいです!」

「決まりましたね♡」


 三人とも笑っていたが、どこかぎこちなかった。


 カインは照れ笑いしつつ肩で息をしていた。


「……マナが六十から三十に……続けると枯渇するな」


「そこで俺の出番だろ」


「《マナ貸付》三十。ほらよ」


「ありがとうザン!」

 笑顔だが、息の乱れより心の乱れの方が大きいように見えた。


「返済は後でいい。覚えてるからな」


「……返すんだね?」

「当たり前だろ」


 


 通路の先、小型スライムが群れで襲ってくる。


「リリィ、魔法を……!」

「は、はいっ……! 《ファイアウェーブ!!》」


 可愛い見た目に反し、炎の波が敵を一掃する。


【ファイアウェーブ】

 消費マナ:20

 効果:全体100ダメージ


「や、やりました……! わ、わたし……!」

 リリィは嬉しそうに笑うが、口元が不自然に引きつっていた。


「おーやるじゃねぇかガキ。じゃあ二十返せるよな?」


「……えっ」


「“返します”って言っとけよ。ほら」


「ぅ……が、がんばって返します……!」

 笑顔を保ったまま目だけが泣きそうだった。


(……なんで泣く?)

 


 セラーナが肩をさする。

「リリィちゃん、よく頑張りました♡」

 優しい声だが、その微笑みはどこか影を帯びている。


「はいはいビッチも頑張れ」

「ふふ♡ 褒められました」

「褒めてねぇよ」


 


 カインが固い笑顔のまま苦笑する。


「で、でも助かってるよ、ザン。君のおかげで進めてる」


「誰のおかげでスキル撃ててると思ってんだ。支えてるの俺だからな?」


 三人が同時に「……」と笑顔を貼りつけたまま黙り込む。なんだよその顔。


 ……働いてるの俺じゃん。


「よし……行くよ!」


 ボス部屋。巨大青スライムが鎮座していた。


「ひぃ……!」

 リリィは震えつつ、笑顔を崩すまいとしていた。


「リリィちゃん、守ってあげます♡」

「ビッチは守られてろ」

「まぁ♡」

 セラーナの笑みは揺れていた。


「カイン、三十追加だ。撃て」

「ありがとうザン……! 《ホーーリィ・スラッシュ!!》」


 洞窟全体が白光に包まれ、巨大スライムが爆散。


 こうして俺たちは初ダンジョンをクリアした。


「たおせた……!」

「やりました……!」

「お疲れ様♡」


 喜びの声とは裏腹に、三人の笑顔はどこか疲れていた。


「まあ、九割は俺の功績だな」


 三人「……え?」


「お前らすぐマナ切れるだろ? 俺がいなきゃ全滅だぞ。感謝するなら“返済”だよな?」


 三人「………………」

 笑ってはいる。だが、どこか遠い。


 リリィ「う、うぅ……返済……」

 セラーナ「ふふ……がんばりましょうね♡」

 カイン「……ありがとうザン」


(……おかしい。感謝が薄い)


 このとき俺は知らなかった。


 三人がこの瞬間から

 “笑顔のまま、この人が少し怖い”

 と思い始めていたことに。

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