魔法使いに捕獲された私は、溺愛に気づかない

風花

捕獲された私

「きゃ!? なに?」


 気がつくと、ウォーターベッドのようなクッションに落ちていた。さっきまで何をしていたんだっけ? 回らない頭で考える。


 確か崖から飛んだはずだった。悲しくて悲しくて、理由もわからないのに、その感情は消えなくて、自分を消したかったんだと思う。


「ここは死後の世界なの?」


 呟くと


「成功したみたいだ」


 と声がした。見上げると水色の髪の整った顔立ちのお兄さんが、そこにいた。


「可愛い女の子が来るとは思わなかったなぁ」

「君の名前を聞いていいかな? 俺はハヤト。こう見えて自衛隊魔術師団の副団長だから怪しい者じゃないよ」


 早口で聞かれるが、思い出せなくて首をひねる。どういうわけか、崖に行く前のことが思い出せないのだ。


「あちゃー。もしかして覚えてない? 魔法陣は完璧と思ったんだけどなぁ。記憶の欠落が起きたか。ナノハっていうんだろう。いま鑑定させてもらったよ。杉浦七波、22歳って3つ年下かぁ」


「ここは……どこなんですか?」


 絞り出した言葉はそれだった。


 説明によると、ここは地球とはパラレルにある世界で、いわゆる神隠しに合った人たちが時々迷い混んでくるところだけれど、今回人為的に呼べないか試してみたらしい。


 突然人がいなくなるのも迷惑だから、崖と海の間に入口を設置してみたところ、私が落ちてきたというわけだ。


 涙が出てきた。悲しいのかホッとしたのか、混乱しているのか、子供のように泣いてしまった。


「帰りたいかも知れないけれど、君の命はもう俺のものだから、あきらめな」


 存外優しい声で頭を撫でられたものだから、さらに涙が止まらなくなって困らせてしまった。





 それから、ハヤトと名乗ったお兄さんのところで暮らすことになって、1週間が過ぎた。


 ハヤトさんは、国の機関に勤めているらしくて、毎日職場に出かけていく。私が来たときは、たまたま休暇を使って研究をしていたらしい。


 家には使用人がいて、私にはすることがないので本を読んでいる。この世界のことを知らなくてはと思ったからだけれど、暇なのが1番の理由だ。


 そして、未だに屋敷の外に出たことがない。この世界にも戸籍があって、私の存在がまだ微妙なので、とのことだけれども本当のところはわからない。そもそもなぜ呼んだのか、はぐらかされている気がする。


 2週間目に入る頃、やっとまとまった時間が作れたと教えてもらったが、開口一番言われたことは


「ナノハは俺のお嫁さんになりました!」

「はい!?」

「嫌だった?」


 一瞬しょんぼりとした顔を見せたハヤトさんだったが、結婚式と説明は追い追いね、とウィンクしてみせたので、少し笑ってしまった。


 もしも、戸籍のための結婚なのだとしたら、落ちてきた人が老人や男の子だったらどうしたんだろうと、せんないことを考えた。


 でも、あの日から私の命はハヤトさんのものだ。


「私はいつ外に出れますか?」

「どこか行きたいところある?」

「まだ外を見たことがないから」


 外出着らしいワンピースに着替えて、連れて行ってもらったのは公園だった。驚いたことに空には恐竜のような魔獣が飛んでいた。パラレルワールドと聞いたけど随分世界が違うらしい。


 凶暴な個体は、討伐しなくてはいけないし、いつ破壊されるかわからないから、建物はどれもシンプルで華美ではなかった。


 習得すればナノハも魔法が使えるようになるよ、と言われたので、食い気味に魔法使いたいとハヤトさんの腕に飛びついてしまった。


 この世界で魔法を使えるのは、およそ5人に1人だけど、世界を渡った人はまず魔法を使えるらしい。そして私も素養があるらしい。


 素養があっても、学んで習得しないと使えないそうだ。魔法を使える人を増やせないかと考えて魔法陣を開発したらしい。


 呼ぶ人の条件を、死のうとしている人にしたのは、やっぱり優しい人だと思う。


「私もお仕事についていっちゃダメ?」


 腕を掴んだまま、上目遣いに頼んでみたら、顔を背けてボソボソっと何か言っていたが聞こえなかった。


「常勤じゃなければ、勤められるように整えるよ」

「それってアルバイトみたいなこと?」

「ん? まあ、そうかな」


 この選択の結果「この、研究バカの変態にどうしてこんな可愛い嫁さんが」と囃し立てられることになるのは、そのときには考えもしなかった。まだ世界を渡ったことは、なぜかまわりには秘密である。

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