第11話 ご武運を
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、と思いっっきりため息が出た。
あの校長、もうちょいまともな人だと思っていたが、そうでもなかったな。
案の定、森野先生は松井に都合の良いように話を捏造し、校長に伝えていた。
曰く、桜が松井に好意を抱いており、相談に乗ってほしいと。
曰く、松井はそれに真摯に応えていたが、その場面をみた
曰く、被害者の松井は心に大きな傷を負い、保護者も怒り心頭だと。教育委員会に殴り込みにいくと息巻いている、と。
普通にあの場面を見ていれば、それがいかに荒唐無稽な虚言かなんて分かるはずなのに、校長は全面的に森野先生を支持し、バッシングの対象は俺になってしまった。
というわけで、ネチネチネチネチと手を替え品を替え、数時間に渡って嫌みったらしい説教をプレゼントされたわけだ。さらには今後の対応が決まるまで数日間の自宅待機つき。もちろん有給で。このまま仕事辞めてやろうかと、本気で考えた。
「先生荒れてますね」
解放されて職員室に戻った俺を迎えてくれたのが、山井先生だった。俺の大きなため息を見て、苦笑いを浮かべている。
「そりゃそうですよ……。先生、すみません。とりあえず今週は自宅謹慎になったので、これから帰ります」
「ええっ? 明後日は卒業式ですよ? 先生出ないんですか?」
「出ないというか……出られません」
「ええ~」
卒業式にも顔を出すなと念押しされているのだ。もうね、桜含め3年間担任をしてきた生徒達だ。門出を心から祝いたかったよ。
「もう、ほんと。森野先生には気をつけてくださいね」
俺の心からの忠告に、ただ頷くだけしかできない山井先生。
「松井はどうなるんですか?」
「あいつは被害者ということでお咎めなしですよ。まぁ、確かに怪我させてしまったのは俺なんで、仕方ないっちゃないんですけどね」
「そんな他人事のように……」
確かに、この状況に対して思った以上にダメージを受けていない。これは、もうこの職に未練がなくなっているのかもしれない。人外の力を得た今、教師以外の職でも十分食べて行けそうな気がしているから、安全圏に心がいるんだろう。
「まぁ、もう済んだことは仕方ないです! ってことで今日はもうドロンさせてもらいますね」
「ドロンって……先生、あんまり気を落とさないでくださいね」
「ありがとうございます。何かあったら連絡してください」
せっかくの自宅謹慎だ。連休ができたと思い遊びに行こう。
そうだ。探索者カードが届いたらダンジョンに行ってみようかな。気になってる【全てはあなたの心のなかにある】スキルの検証もしてみたい。
あれ、なんだか休めてラッキーみたいな気分になってきたぞ。ありがとう松井。ありがとう森野。ありがとう校長。
「あ、先生……」
と、アホなことを考えながら正面玄関を出ると、桜と有栖がいた。どうやらわざわざ待ってくれていたようだ。
本来は明るく、大きな瞳をくりくりさせる可愛い小動物のような桜が、消沈している。そんな桜を見て、有栖も暗くなってしまっていた。
「二人とも、また何かある前に帰りなよ」
「先生、ごめんなさい……大丈夫だった?」
「あ、ああ。全く問題ないよ。ちょちょいのちょいの助だよ」
「嘘、つかないで」
一発で見抜かれてしまった。
「まぁ、何とかなるから本当に気にするな。お前らは完全に被害者なんだからな」
「先生、クビになっちゃうの?」
「んなわけあるか。こんな素敵な先生がクビになってしまったら、そら世界の損失だよ」
「いや、それはないと思うけど……」
有栖が冷静に突っ込んで来るが、それはそれで悲しい。
「卒業式にはちゃんと来てくれるよね?」
「いや、それはなぁ……」
桜は結構鋭い。だからこそ下手の嘘はつけそうになかった。
「すまんけど、ちょっと無理かもしれん」
「ええーっ! なんで?」
「大人にはいろんな事情があるんだろうね」
「そんな……! 私、言ってくる!」
「ちょ、ちょっと桜! 待ちなさいって!」
桜が校長室に向かおうとし始めるのを、有栖と二人がかりで慌てて止める。
「大丈夫だからって! 別に俺が卒業式に行かなくても、他の先生がフォローしてくれるから!」
「はぁっ? 先生何言っちゃってくれてるの? いーい? 桜はね!」
「くるみ」
何か言いかけた有栖は、桜の一言でヒィッと身体を震わせる。
「先生。それ本気で言ってるの?」
「え? あ? いや?」
なぜか桜の後ろに閻魔様が見える。ゴゴゴという擬音が聞こえてきた。
「私は……私たちは先生に見てほしかったの! そんな寂しいこと……言わないで」
小柄な身体のどこにそんな胆力があるのか。有無を言わさぬ迫力。もう俺にできることは。
「ごめんな。ただ、本当に申し訳ないんだけど、卒業式には出れんのよ」
「はい。じゃあ、卒業式が終わったらどこか別の場所でいいので、先生がちゃんと祝ってください」
それは学校外ってことでか。いやぁ、コンプライアンス的にそれはマズイなぁ……。昨今の教育現場はとにかくコンプライアンスに厳しいのだ。学外で生徒と会うなど言語道断。自らクビになりに行くようなものだ。
「いや、それは、ちょっと」
「ダメですか?」
大きな瞳をうるうるさせながら見上げてくる。完璧な上目遣い。何この子、その年にして女の武器を使いこなしてやがる。俺じゃなきゃイチコロだね。
「じゃあ……何とか頑張ってみるから、卒業式の日に……どこが良いかな」
「先生の家に行くね! 赤崎の方だよね?」
「はっ?」
ん? 我が家? 何で知っているの?
疑問が顔に出てしまったのか、桜はハッとしてわたわたと焦り始めた。
「あ、いえ、先生が前言ってたのをたまたま覚えてただけでして。ええ。他意はございませんことよ。ほほほ」
なんか怪しいマダムな口調になってるぞ。
でも、流石に学校とは正反対の位置にある赤磐ならバレる心配はないか。それにもし俺の思っている通りなら、仕事辞めてコンプライアンスとかどうでも良くなってる環境になるかもしれないしな。
「じゃあ、もし本当に来るなら16時に赤崎のTATSUYAに来てくれ。ただ、あくまでも内密にな。本当は外で生徒と会うのはダメなんだから。あと、お前達が信頼できるメンバーだけな。話が広がったら絶対バレるから」
「うん! 行く! 絶対約束だからね!」
食い気味に被せてきた桜は、有栖と喜び合いながらキャーキャー言っていた。なんか二人の様子を見ていたら、元気出てくるなぁ。
「じゃあ、二人とも気をつけて帰れよ」
わちゃわちゃしながら帰っていく二人を見送る。さて、これは本気でダンジョンに挑むしかなくなったな。
まずは、探索者カードが届くのを待つ、か。
◇
残念ながら家に帰っても探索者カードは届いていなかった。
仕方がないので、カツ丼をやけ食いしたり、今まで積みに積み上げていたゲームを崩したりして休日(自宅謹慎)を満喫した。
明けて火曜日。3月4日。
本来なら朝から激務に勤しまなければならないところだが、あいにくの自宅謹慎。のんびりと起床しダラダラと過ごしていると、待ち望んでいた郵便が届いた。探索者カードだ。
普通にプラスチックのカードだが、デザインだけは異様に凝っていた。さすがオタク文化の国ジャパンだ。記載されている情報はそう多くないが、マイナンバーカードのようにICチップが付いているので、そこに色々と情報が格納されているんだろう。
「よっし、行くか!」
そんな探索者カードをカードケースに入れ、家にあったリュックのポケットに大事にしまった。これを忘れてしまうとダンジョンに入れないからな。
外行き用のジャージに着替え、水分やタオルなど必要な物をリュックに詰め込む。現地で着替えることはできるけど、ダンジョンに直行直帰するわけなので、もう最初からダンジョンスタイルで行けば良いわけだ。
本来ならプロテクターや軽鎧――ダンジョンができて以来、普通に売られ始めた――など、身を守る防具や武器も持参するべきなんだろうが、あいにくと手持ちがない。
まぁ、今日は上層にしか行かないから問題はないだろう。様子を見ながら揃えていけば良いかな。
【インベントリ】も人前で使用して良いのか考えないといけないので、今回は使用せずに行こう。
桃太郎ダンジョン――通称、岡山ダンジョンは現在47層まで攻略されているダンジョンらしい。
階層によっては大きめの町レベルの広さがあるそうだが、攻略済みの範囲では簡易的なマップも作られている。
この簡易的なマップはADAのサイトや施設で公開されているが、より詳細なマップに関しては【地図屋】と呼ばれる集団が作成、販売をしているそうで、これには出現モンスターや地形の注意点など幅広い情報が網羅されているようだ。
ちなみに、ダンジョンではトラップが仕掛けられているということは今のところないらしい。
映画やゲームではトラップは探索のセットのようなものだが、現実はどうやら違うようだ。実際、トラップとかモンスターが作れるのか問題はあるよな。いや、でも手先が器用なモンスターが存在すればあり得るのかもしれない。
今日は平日だからなのか、奇跡的にADAに付属されている駐車場に停めることができた。これは良いことが起こりそうな気がする。
ビルに入り、今回は総合案内カウンターではなく、右手奥に見えるダンジョン受付を目指す。
ホールには向かって正面に総合案内カウンターがあり、右手側にダンジョンに入るための手続きをする受付カウンターにダンジョンの入り口に続くドア、ロッカールーム、シャワールームなどがある。
反対の左側にはダンジョンに関する資料室への入り口や、相談カウンター、併設されているカフェがある。
二階には、探索者向けのショップがいくつか入っており、ここで武器や防具、ダンジョン探索に効果のある道具を購入することができる。
もしダンジョンでアーティファクトを入手した場合、ここで簡易的な査定や売却も可能なようだ。あくまで人力による査定であり、ファンタジーものによくある鑑定ではない。鑑定スキルはまだ存在が認められていないようだからな。
ちなみに、ここで売却するよりは、ADA主催のオークションや個人間の販売サイトで売却した方が稼ぎになるみたいなので、買い取りに関してはそこまで活発に使われてはいないらしい。
三階より上の階は、会議室やADAの各部署のセクションになるみたいだ。
「おはようございます」
受付カウンターにたどり着くと、これまたきれいなお嬢さんが出迎えてくれる。
「すみません。ダンジョン探索に挑戦したいのですが」
「はい。それでは探索者カードをお願いいたします」
新品ほやほやのカードを取り出し、受付嬢に渡す。なんか緊張するな。
お預かりします、とカードを受け取った受付嬢は、カウンターの内側に置いてある機械にカードを載せた。マイナンバーカードで住民票を発行する時みたいだ。
「……はい、確認できました。柴田様は初めての探索ですね。初めての方にはいくつか注意事項をお伝えしなければなりません。担当を呼んで参りますので少々お待ちください」
「あ、どうも。お願いします」
受付嬢はにっこり微笑みを残し、裏手のドアから事務所っぽい部屋に入っていった。
待つこと少し。隣のカウンターで三人組のパーティーが受付をしている姿を眺めていると――男2、女1のパーティだったが、恋のトラブルとかは大丈夫なんだろうかと無粋なことが思い浮かんだ――声がかかる。
「お待たせしました。どうぞ、こちらに」
先ほどの受付嬢とバトンタッチで現れたのが、小柄で整った顔立ちの、これまた綺麗なお嬢さんだった。どうやらこの人が注意事項を説明してくれるようで、受付カウンターに隣接している小洒落たテーブルセットに案内された。
「ADAの白雪です。今回は初めてのダンジョン探索ということですね」
にこやかに小首を傾げながら確認を取ってくる職員さんもとい白雪さん。あかん、この子あざと過ぎる。
自分の可愛さをしっかりと認識して武器として扱っている。
俺がもう十歳くらい若かかったら猛アタックしていたかもしれないな。
嘘です。そんな勇気ないからできません。まぁこの歳になれば可愛いことしているなぁとおじいちゃん的感想しか出てこない。
そんな俺の思いを気にすることなく、白雪さんは説明を続けていた。基本は講習会で聞いた話の復習が多かったが、それ以外だとダンジョン探索者同士トラブルを起こさないようにとか、無理せず安全マージンを取って探索しましょうとか、何か困ったことがあった時はすぐにスタッフに相談しましょうとかそう言った心構えの話が多かった。
「何か質問等はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「良かったです。それでは、すぐにダンジョンに挑まれますか?」
「ええ、そのつもりです」
白雪さんは上から下へ視線を送ると、困ったように微笑んだ。
「ちょっと装備に不安がありますね。その装備では3階層以下には行かないようにお気をつけください」
「3階層……コボルトが出てくるんでしたっけ?」
「はい。1、2階層はスライムやキノボ、スリンキーといったほぼ意思を持たないモンスターしか出ませんが、3階以降は積極的戦略的に攻撃してくるモンスターが増えますからね」
スライムは言わずもがな、ゲル状のモンスターだ。国民的ゲームのような可愛らしさはなく、ゼリーみたいにプルンプルンしている。一時、スライムゼリーってのが流行った。
キノボはキノコ型モンスターで、50センチメートルくらいの彩りが豊かな傘を持っている。毒キノコの巨大バージョンといったところか。毒を持っているので直接摂取したらマズいそうだ。
スライムもキノボも動きは非常に緩慢で、子どもでもヒットアンドウェイで倒せるレベルらしい。
スリンキーは針金が渦巻状になっているおもちゃみたいなモンスターだ。階段から落とせば自分でビヨンビヨンと降りていくあの動きを、平地でも自力で見せてくるがそれだけ。特に攻撃手段を持っていないので、当たらなければどうとでもなる。
「分かりました。今日は2層までにしておきます」
「はい、それがよろしいかと思います。ダンジョンから戻りましたらまたお声掛けください。ご武運を」
「ありがとうございます。行ってきます」
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