「鋼の錬金術師」荒川弘(12月3日)

 荒川弘さんの作品は、正直言って選べない。どの作品も好きすぎて、全作品紹介したいくらいだ。

 しかしアドベント企画で出せるのはクリスマス・イブまでの24日しかない。そもそも好きな漫画10個挙げろというお題ですら枠が足らな過ぎて悩む私には、24個でも足らないので、断腸の思いで「1人の作者につき1作品」と決めて今回の企画に参加している。

 なので荒川弘さんの作品は、「銀の匙」も「アルスラーン戦記」も「黄泉のツガイ」も「百姓貴族」も推し中の推しであることをここに宣言しておく。唯一読んでいないのが「獣神演武」だが、おそらくこれも面白いのだろうと思っている。皆様、余裕があったら全部読んでいただきたい。


 ということで「鋼の錬金術師」の話なのだが、この作品はとにかくキャラが立っている。

 内容は主人公「エドワード」と弟の「アルフォンス(でっかい鎧姿)」の二人が、過去に錬金術の禁忌に触れたために失った肉体を取り戻すため、その方法を「賢者の石」に求めて旅をするというダークファンタジーである。

 この二人がもうガンガンにキャラが強い。体は小さいのに気が強くて若干やかましい、かと思えばナイーブな心を持つエドと、鎧のためにあまり表情が見えないものの、しっかり者で優しく、実は兄より喧嘩が強いアル、という主人公二人だけでもう一つの物語が成立してしまう。

 こういう作品で敵対者が目立つのはまぁ普通かもしれないが、ハガレンはそれにとどまらない。

 彼らをとりまく人々、物語全体を覆っている陰謀に巻き込まれていく一般の人たち、敵対したり味方になったりする微妙な立ち位置の人たち、それらがみんなそれぞれに「自分の人生を生きている」という感じがするのだ。


 私が特に好きなのは「スカー」と呼ばれている、顔に大きな傷を持つイシュバール人(内乱の鎮圧で故郷を追われた人々)と、彼と関わることになる「ウィンリィ」という主人公たちの幼馴染だ。

 スカーは主人公二人を突然襲ってくる謎の男なのだが、話が進むにつれてなぜそんな行動に出ていたのかが分かるようになってくる。スカーは内戦でアメストリス人(エドやアルのような国の中心の人種)に家族を殺され、自分も腕を失くして死にかけていたのを、錬金術を修めていた兄の右腕を移植されることで生き延びたのだ(おそらく兄は失血死している)。

 そして収容された病院で、半狂乱になった彼は、自分を治療したウィンリィの両親を、敵と区別がつかぬまま殺害してしまうのだ。

 スカーに感情移入して読めば、彼がそうなったのは無理のない事だ、とも思う。しかし彼が殺したのは、ろくな薬もない野戦病院のような場所でスカーを助けようと治療した医者だ。

 その後も彼はアメストリス人に恨みを持ち続けるのだが、これを止めようと同じイシュバール人の師父がある言葉をかける。

 「(理不尽には)人として憤らねばならん、だが耐えねばならん」と。「復讐は、新たな復讐の芽を育てるだけだ」と。

 自分の両親を殺したのがスカーだと知ったウィンリィは、側に落ちていた銃を拾って撃とうとするのだが、どうしてもそれができずに泣き崩れる。しかし二度目にスカーと対面した時は、「両親ならこうしたと思うから」と怪我をしている彼の腕を応急処置し、「俺を許すのか」というスカーの問いに「勘違いしないで、理不尽を許してはいないのよ!」と答える。

 図らずも、師と仰ぐ人物が諭した言葉を体現するウィンリィを見て、スカーの行動は大きく変わりはじめるのだ。


 これだけ読んでも分かると思うのだが、本当にそれぞれのキャラクターが各々の人生や事情を持ち、活き活きと動いていくのが荒川弘さんの作品の面白さだ。

 敵対するホムンクルスたちも、人造人間なのにとても人間らしいところがあって、それを見ていると消える時はちょっと悲しくなる。もっと別の生き方があれば、と思わずにはいられないのだ。

 ダークファンタジーと呼ばれるだけあって、けっこうえぐい話があったりもするのだが、それにめげずに最後まで読めば、一つ自分が成長したような清々しさを感じる物語でもあると思う。

 気になるけれど読んだ事がない、という方には是非手に取って欲しい作品だ。


 ついでに付け足すなら、ゴリゴリのマッチョが好きな人にもお勧めの作品である。



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