氷原の民2
「上手い話には必ず裏があるというものですよ御坊ちゃま」
「急に何だ」
ムムカ族の集落を飛び出した二人は再び真っ白な銀世界へと足を運んでいた。
討伐目標であるコンジュレを探していると、急にセリカがそんなことを言い出したのだ。
「裏、か。あの男がそんなまどろっこしいことを考える人間には見えなかったがな」
「人間は見た目によりませんよ。彼がどの様にして族長になったかお話ししましょうか」
「ふむ、興味があるな」
「数年前、村一番の戦士であった彼は同時に手の付けられない荒くれ者でもありました。そんな彼を疎ましく思っていたのが前族長です。前族長は同じく彼をよく思っていない村の若者や女衆を使って彼を謀殺しようとしました。しかしその企みは失敗に終わり、彼は前族長に決闘を申し込んだのです。そしてその決闘に勝利して前族長は死亡、晴れて彼は族長となったのです」
セリカの話を聞いてルイは疑問に思った。
「うむ? それでは謀ったのは前族長なのではないか。つまり現族長は被害者ということでは」
「いえ、実は前族長が自分を謀殺する様に仕向けたのではないかというのが私の考えなのです。彼はあの体格からして謀殺向きではありません。なので敢えて決闘を申し込める口実を作った上で前族長を殺害したというのが本当のところではないのかと思います」
「そこまで頭が回る男には見えなかった」
「いえ、彼は頭の良い人間です。彼が族長になって以降外部との交流が盛んになり、ムムカ族は他の部族とは一線を画す程に発展しました。恐らくはこの後に他部族を取り込んで氷原を統一するつもりなのではないでしょうか」
「そうか、見た目によらず知略と野心の男であったのだな。人間とは面白いものだな」
ルイからしてみればあの族長にしてもその気になれば簡単に命を奪えるという程度の人間でしかない。
要するにこんな依頼を受けなくてもムムカ族を皆殺しにして物資や金を奪えばそれで良いだけの話だった。
だがそれでは人間の持つ強さの本質に近づけないのではないかと思ったのだ。
何事も先ずは形から入るということもある。
人間の真似事をすることで少しでも人間のことが理解できるのではないかとルイは思っているのだった。
「僕には理解出来ないがただ強いだけでは駄目なのだな」
「人間はというのは我々と違いただ強いだけの者に従わないのでしょう。力の強さだけが序列を決める訳ではないということでしょうね」
「権力という奴か。愚かなものだな、圧倒的な暴力の前ではそんな者は無力に等しいというのに」
権力や財力の力というものは魔族の中で生まれ育ったルイには決して理解出来ないものだった。
魔族にとって力というのは単純な暴力だ。
魔王は魔族の中で一番強かった。
だからこそ皆その力に付き従った。
だが人間の王はどうだろうか。
老いさらばえ、衰弱してもなお王は王である。
それは何故か、ルイには分からなかった。
(やはり僕には人間が分からない……まだ旅は始まったばかりだ。焦る必要はない)
「寒いですね」
と不意にセリカが口にし出した。
確かに寒いなとルイも思った。
この極寒の中にあって、二人は常に体温保護の魔法を掛けているため寒さを感じることはない。
だが、寒いということはその魔法を破る程の異常な寒さがこの一帯を包み込んでいるのだ。
「そろそろですね。コンジュリィが近いです」
「僕は魔物を見るのは初めてだ」
「魔物と魔獣の違いは分かりますか?」
「僕を馬鹿にするな。魔獣は魔法が使える獣、魔物は魔法の力そのものが形を持ったものだ」
魔獣はグラソンの様に多様な種族が有り、普通の動物と同じく交尾によって繁殖することが可能だが、魔物は生物とは異なり繁殖はしない。
ではどの様にして魔物が生まれてくるのかというと、魔物は自然現象の様に発生するのだ。
例えば嵐や地震、津波に雷などと同じく災害として発生し、周囲に被害を及ぼす様になる。
ただ通常の自然現象と違うのは魔物は倒さなければ消えないと言うことだ。
今回のコンジュリィは凍結を司る魔物であるために周囲の気温が下がっている。
これを倒さなければいずれムムカ族の集落を含む氷原の少数民族たちが犠牲になるということだった。
「セリカ、今回は手を出さないでくれ」
「それは……幾ら御坊ちゃまでも危険なのでは」
「お前には僕の実力がどれくらいのレベルにあるのか見極めて欲しいんだ」
「……承知しました。ではしかと御坊ちゃまの戦いを見届けたいと思います」
コンジュリィに近づいていく程、気温はどんどん下がっていく。
体表へ徐々に霜が付きはじめ、身体の自由を奪おうとしている。
そして不意にルイはその場から大きく横に飛び出した。
先程までルイがいた場所に鋭い氷の槍が突き刺さる。
視界には映らないがその先へいることが分かったルイは、全力で駆け出した。
空間の裂け目からレイピアを取り出して放たれた氷の槍を弾く。
近づいていくにつれ激しさを増す攻撃耐えかねたレイピアは、幾度目かの槍を弾いたときに根本からへし折れてしまった。
ルイすかさず二振り目のレイピアを取り出し、コンジュリィに肉薄する。
肉眼に捉えたその姿は正しく巨大は雪の結晶。
明らかに生物とは乖離したその姿こそが魔物である証明だった。
生物とは違い血の通わない魔物は一見どこを狙えば倒せるのか分からないが、実は明確な弱点である核が存在する。
この核こそが魔物の力の源であり、魔物を魔物たらしめる物でもあるのだ。
これを破壊すれば魔物は実態を維持できず消滅する。
ルイは華麗な動きでコンジュリィに連続して刺突を繰り出すも、いまいち手応えが悪かった。
コンジュリィが動く。
今度は複数の氷の礫を発生させてルイ目掛けて発射した。
視界が悪い中でも全ての軌道を見切ったルイは最小限の動きで回避と防御を行い、攻撃をやり過ごすもレイピアは礫の威力に耐えきれず折れてしまった。
「こいつが最後か」
そう口にしつつレイピアを取り出して再び構えるルイ。
礫に続いて氷の刃が飛来し襲いかかってくる。
「ムールス」
回避不可能と判断したルイは咄嗟に魔法で壁を作り出し、攻撃が止むと同時にコンジュリィへ接近して素早い斬撃を放った。
斬撃は僅かに端の方が削れる程度で大きな効果をもたらさなかったが、これによって攻撃のリズムを作り出したルイは続け様にコンジュリィを斬り刻んだ。
無機物である魔物に危機感という物を感じる能力があるのかは分からないが、宙に浮いてその場から逃げ出したコンジュリィはその形を大きく変化させた。
「第二幕か、漸く僕を敵だと認識したな」
相手が無生物でありながらも明確な敵意を感じ取ったルイはここからが本番だと再び気を引き締めた。
コンジュリィはその姿を巨大な槍を持った戦士の姿に変えた。
全長はルイよりも遥かに大きく、凄まじい威圧感を感じさせるものだった。
コンジュリィが槍を振ってルイに叩きつけて来た。
更にその槍の軌道を追尾して氷の礫が追いかけてくる。
槍の初撃を交わしつつムールスを唱え作り出した壁で礫を受ける。
無論攻撃はそれで終わらず、連続で突きを繰り出しルイを仕留めようとする。
「ムールスでは無理だな。このなまくらで受けるのも不可能。ふふ、そうか……僕は追い詰められているのだな」
圧倒的不利な状況でありながらも寧ろ喜びの表情を浮かべるルイ。
彼の中で今、産まれて初めて闘志が湧き上がり始めていた。
コンジュリィが人間に近い姿になった今、核の位置はかなり分かりやすくなっていた。
胸部の中心に明らかに露出した核と思しき球体が嵌め込まれている。
あれを破壊すればコンジュリィを倒すことが可能だろう。
ルイは攻撃の隙間を縫ってレイピアを核に目掛けて投擲した。
凄まじい勢いで放たれたそれは、しかし呆気なく核の硬さに弾かれてしまった。
武器を失い、残された手段は魔法のみ。
この戦いを瞬き一つすることなく見守っていたセリカはそう思った。
「しかし、きっと奥の手があるのでしょうね」
この状況は万事休すではないとセリカは感じ取った。
何故ならルイの表情は絶望に駆られているどころか楽しんでいる様な表情だったからだ。
「産まれて初めて感じたよ、この高揚感。僅かなミスで命が終わるという緊張感。今ならあの魔法を発現させることが出来る」
ルイの右手に魔力の光が収束し始めた。
光は次第に形を作り始め、それはやがて武器の形となった。
「アルマ・テールム」
ルイの手に握られたのは血の様に紅い刀身の片手半剣だった。
力強さと優美さ、そしてどこか悍ましさを感じさせるルイの魂を武器として具現化させた剣。
「この刀身の色、奇妙なものだな。僕はそれ程までに己の血に拘っていたのか」
アルマ・テールムは己の魂を武器として具現化させる人間が魔族を倒すために生み出した魔法だった。
この魔法によって多くの魔族が人間に敗れ命を落とした。
そしてこの魔法を魔族は扱うことが出来ない。
即ちこの魔法を扱えるルイ・フォルティシモという青年は魔王の息子でありながら人間の血も混じっているということである。
「その魔法、やはり御坊ちゃまは使えたのですね」
セリカにとってこの魔法は多くの同胞の命を奪い、そして自身が敬愛していた魔王を殺した力である。
その力を魔王の息子が扱えるというのは、なんと皮肉なことだろうか。
そんなセリカの心情をなど露知らず、ルイは嬉々として魔物に立ち向かって行った。
コンジュリィが再び槍で猛攻を始める。
だがルイはその場でどっしりと構えて迎え撃つ体制に入った。
「捌けるはずだ、この剣ならば」
重量感のある槍の一撃をルイは剣で弾く。
確かな手応えを感じたルイは更に2合、3合と打ち合い続けた。
「今度は僕の番だ」
今までの華麗な動き方とは違う野生味のある動作でコンジュリィに素早く接近した。
そしてその巨体を駆け上がりながら剣で素早く斬りつけて体表を刻み、胸部の核に向けて強烈な一撃を放った。
「闘神戦技、ストライク・ブラスト」
アルマ・テールムを使う人間の戦士たちのみが扱う戦闘技術、闘神戦技。
無論、今のルイであれば十全に扱える技だった。
コンジュリィの核に向けて強烈な突きを放ち、それは凄まじい衝撃波と共に硬い核を破壊した。
核を破壊されたことにより実体を保てなくなったコンジュリィはその肉体を崩壊させ、氷原の風と共に塵となって消えていった。
「さて、人間の戦い方に拘ってみたんだがどうだったかな」
いつになく高揚した様子のルイがセリカに近づいて来た。
「御坊ちゃま、その魔法はいつ習得なさったのですか」
「ついさっきだ。人間に出来ることが僕に出来ないわけがないというのを証明してみたかったんだ。上手くいったよ。それで、さっきの僕は人間の強さでいうとどのレベルになるかな」
ルイは魔族とは違う人間の強さというものが何なのかを知りたがっている。
先程の戦い方もそれを知るための一環にしか過ぎないのだとセリカは感じ、少しだけ安心した。
「そうですね、今ので大体中堅くらいではないでしょうか。勇者クラスであればあの程度の魔物は一撃で倒していましたよ」
「ふん、そうか。もう少し頑張って練度を上げる必要があるな。戦闘態になれば無論瞬殺ではあったが、それでは意味がなかったからな」
戦闘態というのは魔族や魔物がより戦闘に特化した姿に変身した状態のことだ。
先程倒した魔物であるコンジュリィが兵士の姿に変わったのも戦闘態に変身したのだと言える。
「ところで御坊ちゃま、その剣ですが何というのですか?」
「アルマ・テールムだが」
「それは魔法の名前でしょう。御坊ちゃまが生み出した武具なのですからやはりそれに相応しい銘が必要かだと思います」
勇者には勇者の剣に相応しい銘があったし、魔王には魔王の武器に相応しい銘があった。
であるならば魔王の息子の剣にもそんな銘が必要なのではないかとセリカは言っているのだった。
それを理解したルイは、少し思案して口を開いた。
「メティス・エペでどうだろうか。魔族の父と人間の母を持つ僕にお似合いの銘だ」
「……良いのですか、それで」
「それで良い。混血の僕だからこそ見出せるものがきっとあるはずだ」
ルイはそう口にすると黙り込んでしまった。
セリカは粉々になったコンジュリィの残骸から一つの塊を見つけ出し、それを袋に仕舞った。
それから二人はムムカ族の集落に戻った。
コンジュリィを倒したことにより、全てを凍り尽くす様な寒さは既に収まっていた。
「おお、二人とも! よく戻って来てくれた」
ムムカ族の族長は無事戻って来た二人を盛大に歓迎した。
「腹が減っただろう。好きなだけ食べてくれ」
族長の部屋に置いてある大きなテーブルの上には沢山の肉料理が並べられていた。
確かに空腹を感じていた二人は遠慮することなく振る舞われた料理を食べることにした。
「美味しいですねこれ」
何の肉を使っているのか分からない肉料理を口にしたセリカはそう感想を漏らした。
「わっはっは、そうだろう。それはグラソンの肉を香草で焼いたものだ」
成程、あの魔獣の肉ら売らずに食べるのも手だなと思いつつルイは次々と料理を口に運んでいった。
「ほう、若者は見た目によらずよく食べるな! いい戦士になるぞ」
「どうも。それよりもセリカ、魔物を討伐した証明を見せたらどうだ」
ルイに促され、セリカは袋からそれを取り出した。
「おお、これだこれ。魔物の核骸だ。後で約束の二十万リロを用意しておこう。二人の勇敢な戦士よ、今日はゆっくりして戦いの疲れを癒し、これから向かう旅に備えてくれよ」
宴を終え、報酬を貰った後に使用人に来客用の部屋を貸し与えられた二人は寝床で族長について話し合った。
「上手い話には裏があるという話をしたじゃないですか」
「そうだな」
「今回の裏というのは恐らくあの核骸だったんじゃないかと思うんです」
「あれがどうしたというんだ」
「あれって加工すれば魔道具になるんですよ。我々魔族にとって魔道具なんてものは普遍的な道具でしかないんですけど人間にとっては貴重なものなんです。それこそ高価な取引が行われる位に」
「そういうことか。あれを加工して作った魔道具を売れば僕達に支払う報酬を遥かに超える金が手に入るということだな」
「そういうことです。勿論、あの魔物がいなくなることによって狩猟を安全に行えたり民族の安全を守れたりするというメリットもあったはずですけどね」
「僕たちは都合よく使われたって訳だな」
「そうですね。ただこの話は私たちにとっても良い条件だったのでお互い様といったところではないでしょうか」
「まぁそうだな。無事報酬も支払われたことだし、何の問題もない」
「そういうことです。ところで御坊ちゃま、この集落を出てどの辺りを目指すつもりなのですか」
「僕はこの旅の終着点として、母の故郷に向かいたいと思っている」
「ローズ様のですか」
「ああ、花の国フィレンツェル。そこがこの旅の終点だ」
それは随分と長い旅になりそうだとセリカは思った。
この氷原からフィレンツェルまでまともに歩けばニ年はかかるだろう。
そこに辿り着くまでにルイは人間の強さとは何かを見つけることが出来るのだろうか。
少なくとも魔族は長きに渡る人間との戦いを経てもその答えを知ることができなかった。
だがその答えも人と魔族の混血であるルイなら見つけ出せるかも知れない。
いつかその日が来るといいなと思いながら二人は眠りにつくのだった。
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