後宮の算盤妃 ~玉の輿を狙ったら、冷徹監査官の相棒(バディ)に任命されました~

@yocota

1 三千の美女より輝くもの


 彩華さいか帝国の後宮において、もっとも美しいものは何か。


 三千の美女か、絢爛たる衣装か、あるいは四季折々に咲き乱れる庭園の花々か。詩人ならば花鳥風月を謳い、武人ならば研ぎ澄まされた剣の輝きを挙げるだろう。


 だが、シュウ梅鈴メイリンに言わせれば、答えは一つしかなかった。


「ーー金、ね」


 豪奢な赤絨毯を踏みしめながら、梅鈴は誰にも聞こえないほどの小声で呟いた。

 彼女の視界に映るすべてのものは、美しさという情緒的な膜を通す前に、即座に市場価値へと換算される。


 眼前にそびえるのは、皇帝の住まう正殿・天華殿てんかでん

 その屋根を飾る巨大な黄金の鴟尾しびは、西日の光を受けてぎらぎらと輝いている。純金製だとしたら、今の相場で金一匁もんめあたり銀貨六十枚。あの大きさなら推定三十貫はあるだろう。一つ溶かせば、実家の傾いた屋敷を三回は建て直せる。


 回廊に並ぶ翡翠の灯籠。あれは見事な翠玉だ。透明度が高く、色も深い。一つを質に入れれば、父が借金取りに土下座することなく、向こう三年分の酒代と書物代が賄える。


(素晴らしい。実に素晴らしいわ、後宮という名の金脈は)


 夢のように美しい宮殿を前に、梅鈴の瞳は輝くこともなく、冷徹な算盤の珠を弾いていた。


 彼女の脳内で、銭の落ちる音が心地よく響き渡る。ここは夢の園ではない。巨大な集金機構だ。

 そして自分は、その機構の末端に食い込み、甘い汁を吸うためにやってきた。


 周梅鈴、十七歳。

 淡い桃色の衣を身に纏い、髪には慎ましやかな白玉の簪を挿している。その姿は、どこからどう見ても、これから入宮試験の最終面接に臨む、可憐な良家の令嬢であった。


(目指せ、玉の輿!)


 だが、その懐には、計算用の小さな筆と手帳、そして大きな野望が隠されていることを、周囲の誰も知らない。

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