とある世界の片隅で

縞間かおる

第1部 人間モドキ

第1話 Old Friends

 この物語のヒロイン 佐藤冴子さんのイラストです。


 https://kakuyomu.jp/users/kurosirokaede/news/822139840445410004


 それでは、始まります!



 ◇◇◇◇◇◇

 



 古びたラブホで私を出迎えたのは……時折、木枯らしの息遣いをする老人だった。


 彼はまだ洋服を着ていた。けれどはもう動き始めているので……彼にこの状況を知らせなければならない。


 だから私は慌ただしく裸になり、髪を纏めた。


 なのに彼はシャツのボタンを外し終えてもいなかった。


 もちろんそれは客のなのだけど……私は客とそうでない客との不公平が嫌だったので、私の方で少しでも時間を切り詰めようとクローゼットの中からハンガーとバスローブを取り出し、ようやく脱ぎ終えたシャツを彼から受け取った。


 彼の中に一瞬の逡巡があったのかそれとは真逆の焦りなのか……彼の手がもたつき、くたびれたベルトがカシャカシャと鳴った。


 シャツとズボンは洗いざらしでアイロンが掛けられてなく、ズボンの裾には……どうやら溶け残りの粉洗剤がくっ付いている。


 ああ、きっと『奥さんが居た』人なんだ。


 ハンガーにシャツとズボンを掛け、微笑みを載せて促すと、彼は少しばかり気難しく木枯らしの息遣いを吐いたので、私はちょっと胸を揺らし『鼻先ニンジン』をしてあげた。


 そうやって受け取った下着はすべて真新しかったけど100均のネームタグが付いていて……そこから微かに死の匂いが立ち上ってたちのぼって来た。


 私の視線は彼の枯れた首筋から下へ下へとトレースして行く。


 骨の浮き出た胸に反して弛み膨らんだ腹。そしてその下に頼りなく垂れる白髪混じりの……


 でも、そんな上半身でなければ……すっかり筋肉が落ちてしまった朽ち木の様な足では支えきれないのかもしれない。


 これが老いると言う事なのだろう。


 『しかし、こんなになってもオンナを抱きたいオトコの業とは何なのだろう?』


 そんな言葉が浮かんで来る私の頭は……別の部分でもっと実務的な事に考えを巡らせている。


『下着は清潔でも体はどうかなのか?』『そもそも時間内にイカせる事ができるのか??』


 そうやって得た結論を私は口にした。


「一緒にお風呂に入りましょう。お背中を流させて下さい」


 ◇◇◇◇◇◇


 彼の体を洗っている間、が何度も私の体をまさぐった。


 それはもたらさないもので……きっと金で買った女にはこの様なぞんざいな扱いをして来た男なのだろう。


 そうでなければ、非常に失礼でおこがましい話なのだが、私は彼の……恐らくは亡くなってしまわれた奥様に対し同情を禁じ得ない。


 額に収まった“バスタブの中での戯れ”の裏で……私はこんな事を考えていた。


 お風呂で充分温まった筈なのに、彼と肌を合わせるとゾッとする冷たさに襲われ、私は危うく鳥肌が立ちそうになった。


 これが老人を抱き、抱かれる事なのか……


 彼のモノがようやく形を成し、それを私の身の内に押し入れた時、冷たい刃が私を貫くのを如実に感じた。


 それは私の入り口から奥へ奥へと死を伝播させ、私の生物としてのメスの部分が激しく拒絶反応を起こした。


 しかし私はただの器。


 どんなモノでも


 ただ受け入れ飲み込むだけ。


 そうやって自らの体を使い倒して日々の糧を得ている私は……私自身が私にとって最悪のヒモなのかもしれない。


 幸いだったのは、彼がすぐくれた事だ。


 ◇◇◇◇◇◇


「髪、下ろしますね」


 時間の穴埋めに私の体を見ていたいと言う彼の意向に沿って裸のまま彼とをした。


 結わえていた髪をほどき、手櫛で流すと裸の胸の先でくすぐったく滞る。


「きれいだね。女神みたいだ」


「ふふ、お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」


「本当に美しいよ」


「そうですか? 私、元がで整形したから、そんな風に言われるとちょっと申し訳ないなあ~。でもね、体はエステにも通ってますし、虫刺されや汗疹にも十分気を付けてるんですよぉ~だからキスマークは付けないでくださいね」


 整形したのは事実だ。


 まだをしていた頃、どこぞのボンボンから暴行を受け、顎を砕かれた。


 本来ならそのままされる筈だったが、その一部始終を隠しカメラで撮っていたので、それをネタに逆に脅して私は新しい顔とIDを手に入れた。


 私の元の戸籍は気の毒な死に方をした女性と共に荼毘に付され、いくつかのを経て私は“佐藤冴子”となった。


 今でも“借りて来た感”が拭えないこの顔は……『生きやすい顔にしてくれ』とオーダーしたからだ。大方、執刀医の趣味が反映されたのだろう。


 そうやってせっかく新しい自分になれたのに……学と辛抱の足りない私は真っ当な仕事が長続きせず、唯一できる体を売る生業に戻ってしまった。


 ただ、今度は『自営』では無く『店』に所属する事にしたのだが……


 私はを使わず、今の本名『佐藤冴子』を名乗っている。


 一体、私は生きたいのか死にたいのか……


 自分でもよく分からない。


 今、私の目の前に座っている、この“Old Friend”の如く……


 いや、そんな上等なものではない。


 私は女衒で人間モドキ。


 今もこうやって


 自分の胸を男に触らせて


 糊口を凌いでいる。















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