第9話 ワーウルフとの遭遇① 荒れ地に潜む殺意

 毎日、芋粥食っているような貧乏な村でも学校はある。ただ日本でいう学校とはだいぶ違っていた。

 建物はなく、吹きさらしで、頼りない屋根の下に茣蓙ござのようなものが地面に杭で打ち付けてあるだけ。そんなスペースが村の中心地に五つほどある。それを教室と言っていいものなのか……ともかく村の者はそれを教室と呼んでいた。


 その教室の隣は運動場として、剣術や魔法の実技をするために、人の背の高さはある木の棒や的あて、あらゆる武具や防具などが置いてある。

 その日の授業によって子供たちは年齢ごとに分かれたり、魔法使い志望と剣士志望に分かれたりする。


 教室という名の茣蓙ござスペースには大きな丸太の棒を寝かせ、ただ上部を削って平たくしただけの机のような物が一つある。読み書きの授業の時は場所取りで争いが起きるほど子供の人数に対して、机もどきの大きさが全く足りていない。

 いちいち場所取りでなんだかんだするのが面倒くさい俺は、率先して床で背を丸くしながら毎回授業を受けていた。


 不思議なことに、この村で習う文字は苦もなく読めるし普通に書けた。やはり俺は記憶喪失なだけで、転生した時期はきっとこの世界に赤ん坊として生まれてきた時なのだろう。

 ちなみにスキル『図鑑』で頭の中に浮かび上がる文字は、なぜか日本語だ。この世界の文字が読めるのに日本語表記って……これまた不思議に思う。


 ***


  前世の日本の記憶が目覚めてから一年がたった。この世界では十一歳になる。貧乏村での生活もすっかり慣れた、そんなある日のことだ――


「ふぅ、やっぱり、何度やっても無理か……」


 俺はこの異世界で一人で生きていける力がほしかった。エリィは今となっては、ワーウルフの巣穴で発した威力ほどではないにせよ、どこでもストーンブラストを撃てるようになっていた。今はアースクエイクを唱えられるように精を出しているほどだ。


 俺はっていうと何をしてもダメだ。アックスに剣術を教わってはいるが上達のきざしは見られない。こうして一人、魔法の特訓をしてみるも何も出来そうもない。頼りのスキルも図鑑の特性以上の成長はみられなかった。


「日本にいる時と変わらないさ……才能なんてない。努力しても無駄だ」


 泣けてくる……


「あ! みっけ。ここだと思った~。もう、リチャーズ心配したよ〜」


 ワーウルフの巣穴で一人膝抱えて落ち込む俺に少女が声かけてきた。


「エリィ……」


「リチャーズ、避難指示がでてるよ。今日は朝から休校だったし知ってるでしょ?」


「ぁあ、知ってるよ……」


「知ってるなら、ほら」


 エリィは俺の腕を無理に引っ張る。


「エリィ、大丈夫だよ。いつもの強風だろ?」


「もう〜、いつもの強風だからよ。家に避難しないとダメでしょ! 本格的に風が吹いたら砂嵐で一メートル先も見えなくなるよ」


「大丈夫だよ。ワーウルフだってこの環境で育ったんだ。この巣穴は風向きに対して背を向けるように掘ってあるんだよ。風の方向は大体が北か東だろ。エリィ、今からじゃ村に間に合わない。エリィもこっちに来て座りなよ」


「ん〜、リチャーズが言うからには大丈夫なんだろうけど……なんだかこの穴好きじゃないな〜」


「どっちにしても間に合わない。贅沢は言えないよ。ほら座って」


 エリィは大人しく俺の隣に座った。しばらくだまり合う俺たち。


「……リチャーズは一人でなんでここにいたの?」


「エリィはなんでここが分かったんだ?」


「私が質問してるの、もう!」


「あはは……」


 エリィはこれでもかって言うほど膨れた顔を俺に見せる。


「私は、リチャーズが大人しくしてるかな〜って心配になって家まで行ってみたの。そしたらリチャーズのお父さんは知らないって言うし、隣の納屋をのぞいてもいなかったから、それで探したのよ。リチャーズって村を離れがちだし、ワーウルフの巣穴を気に入ってるみたいだったから、もしかしたら〜と思って」


 こっちを振り向いたエリィの髪がなびく。気のせいか、以前よりも自信に満ちたような顔つきをしている。


「俺の居場所はエリィにお見通しだね。ここはなんだか落ち着くんだよ。考え事をするにはここが一番」


「なに考えてたの?」


「まぁいろいろとね……暗いことだよ」


「暗いこと?……まさか、自殺したいとか考えてないよね」


「あははは……まさか〜、あれからもう考えてないよ。……やはり自ら死ぬのは良くない。今はそう思ってる」


「じゃあ、何を考えてたの?」


「そうだな〜、自分がちっぽけだってことかな。俺がいてもいなくても世界にはなんら問題がない。ちょうど、この巣穴みたいなもんだよ。この巣穴って俺みたいだろ?

 この巣穴は他の巣穴から離れて孤立してるし、ここ以外の巣穴はワーウルフが巣立った後にキシミナソウが咲き乱れてる。必要とされてる穴だ。だけどこの穴は花一本も咲いてない……誰からも必要とされない穴。まるで俺みたいだ」


 エリィは否定するように首を横に振る。金髪のおかっぱがきれいに横になびく。


「そんなことない。ここでもワーウルフが子育てをして子供が大きくなって遠くに旅立った。それにこうして今、私達をかくまってくれてるし、私の魔法の上達の手助けもしてくれた。この穴がリチャーズを表してると言うなら、まさにその通りよ」


 エリィが俺の目を真っ直ぐ見つめる。相変わらずきれいな澄んだ青い瞳をしている。


「あなたは人を守れて、人を導く才能があるのよ」


「まさかぁ! そんなわけないよ。……俺に才能なんてない。エリィの魔法が上達したのは元々努力してたからだよ。俺はほんの一ミリ背中を押しただけ。俺が言わなくてもエリィは自分できっかけを作ってたよ」


「ふふ、リチャーズ。今は分からなくてもいい。私は一人では上達できなかったよ。リチャーズの手助けがなかったら、おそらくず〜っと落ちこぼれのままだった。私が私一人で魔法の上達ができなかったように、人って自分のことが一番見えてないものなのよ」


「そういうもんかね……」


「そういうもんよ」


 エリィはそう言ってニコッと広角をあげる。俺はその笑顔になんだかまぶしさとむなしさを感じた。風は強まり、外でゴゥゴゥとうなる。ときたま砂がパラパラと巣穴に入ってくる。エリィと俺は風が鳴り止むまで黙っていた。


 ***


「風、やんだね。リチャーズの言う通り、巣穴にいればなんともないんだね」


 エリィは巣穴から出ると背伸びした。丈が短めの服が腕に引っ張られ、ほっそりとしたお腹が見える。俺はその光景を見ながらゆっくりと巣穴から出る。日が真上にある。昼頃だろうか。暗い穴の中にいたせいで日の光に目がなれない。


「お昼だし、村に戻ろう。きっとリチャーズのお父さん心配してるよ」


「あいつがぁ! まさか~。心配するわけない。ここ最近はろくに顔も見てないよ」


「それでも親は内心では心配してるものよ」


「どうだかね……」


 俺とエリィは村まで歩く。子供の足で三十分ぐらいだろうか。なかなかの距離だ。


「ね、ねぇ、リチャーズ……」


 エリィが声を震わせて、俺の腕にしがみつく。


「どうした? ……――!?」


 俺は声を失う。目の先に一匹の狼がいるからだ。いや、狼ではない、狼にしては大きい。鼻先に五センチほどの角、青黒い毛並み、お腹は白い。間違いない、ワーウルフだ。


「エ、エリィ……ゆっくりと歩くんだ。立ち止まるのは良くない……走るのもダメ、警戒されないように……」


「う、うん。分かったわ……」


 ワーウルフはハァハァと息を立て、こちらを見ている。震える足を抑えながら俺たちはなんとか一歩ずつ一歩ずつと歩みを進める。


 ハァハァ……ヨダレがしたたり落ちるワーウルフ。そして……


「ダメだ! エリィ走って」


「う、うん!」


 俺たちは村の方へと賢明に走る。ワーウルフは追いかけてくる。こいつ、俺の方を狙っているのか?


「リチャーズ!?」


「エリィはそのまま走って! 俺が惹きつけるから」


 俺はエリィとは別の方角に走った。ワーウルフは俺を追いかける。

 ほら、やっぱり俺目当てだ。よし、考えろー。ここから、どうすればいい、どうすればいい……


「リチャ〜ズ!!」


 ワーウルフに突進され、俺は転がった。


「っぐ! ……なんだ、襲ってこないのか? 距離を取りやがった。こいつ遊びながら獲物を狩る気か?……」


 衝撃はあったが大したケガはない、打ち身だけだ。まだ動けるぞ。ワーウルフはうなりながら俺の周囲をのそのそと歩き回る。


 なんだ? どうした、こいつ。獲物を物色しているのか? それともおもちゃにして遊びたいだけか?

 逃げても足で負けるのは確実。もちろん戦うのは自殺行為だ。……こいつ、腹ぺこならとうに俺を食っているはず。さっきの突進で俺は体勢を崩していた。そこを狙わないってことは、このまま大人しくじっとしていれば助かるのか……?


「リ、リチャーズ。い、今助けるから……」


『ち、父なる大地よ、つ、つ、罪深き者たちに……』


 ――呪文!? まずいぞ。ワーウルフに効く訳がない。


「エリィ、やめるんだ! 下手に刺激したら終わりだ!」


『その、す、鋭き刃の鉄槌を与えんことを……』


 エリィの手のひらから石が形成されていく。赤ちゃんの握りこぶしぐらいの大きさ。本当にまずいぞ。ワーウルフがエリィを標的にしてしまう。


『ストーンブラスト』


 ――発射された。形成された石つぶてがワーウルフの頭に一直線に進み、見事に命中。石つぶては粉々に割れて辺りに散る。

 ワーウルフは首を何度か振って、眉間にしわを寄せてエリィをにらみつける。やはりストーンブラストが効いている様子はない。


「エリィ、逃げるんだ! 早く!!」


 エリィは震えて動けない。足も手も口もガタガタと音を立てるほどに震えている。クソ、なんとかワーウルフをこっちに惹きつけるんだ。


 グルルルッ……ウゥゥ……


 俺の考えを読まれたのか、ワーウルフは一度こっちを見る。くっ、なんて恐ろしい顔だ。動けよ、動け、俺! なんとかしてエリィを助けるんだ……クソ、足が動かない、どうして……


 ワーウルフはエリィ目掛けて一直線に走った。彼女は何も出来ずに、赤い血を宙に撒き散らしながら飛ばされて地面へと倒きつけられる。


 呆然ぼうぜんとする俺……俺は……俺はいったい何をしている……

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