黒い封筒とキツネのシール ~あなたをずっと想っています~

白色パンダ33号

ボッチに送られてきた恋文

「で、ミウリはさあ、クラスに好きな子いねえの?」


昼休み前の四時間目。

教師の気怠い声だけが響く教室で、隣の席の近藤こんどう良吾りょうごがニヤついた顔で耳打ちしてきた。


俺は無視を決め込み、シャーペンの芯を意味もなくカチカチと鳴らす。

その音に気づいた前の席の女子が、迷惑そうにこちらを振り返った。


(……ちっ、うるせえな)


誰への舌打ちかも分からないまま、俺は窓の外に視線を逃がした。

反抗期、一匹狼気取り。

そうやって他人を邪険にした結果がこれだ。

友達と呼べるのは、こうして無神経に絡んでくる良吾くらいしかいない。


「おいおい、その反応は図星か? 誰だよ、教えろって」


良吾のバカでかい声が、静かだった教室に響き渡る。

一斉に突き刺さる視線。

最悪だ。


「ちげーよ! いねえって言ってんだろ、うぜえな!」


俺が小声で凄むと、良吾はわざとらしく肩をすくめ、前の席の松田まつだ謙信けんしんに話しかけた。


「だってよ、謙信。ミウリのやつ、絶対いるって。やっぱ林檎か?」


「ないない。見るからに柄じゃねえだろ。つーか、良吾こそ狙ってんじゃねえの?」


「俺はパス。見るだけならタダだけど、付き合うとかマジで無理」


クスクスと漏れる笑い声。

教室の空気は、すっかりこいつらのものだ。

俺はただ、早くこのくだらない時間が終わることだけを願っていた。


終業のチャイムと同時に、俺は誰よりも早くカバンを掴んだ。

良吾たちはとっくに隣のクラスの連中と姿を消している。


一ツ橋ひとつばし、待て」


教室を出ようとしたところで、担任の塩見――通称シオミーに呼び止められた。

眉間に皺が寄るのが自分でも分かる。


「先日の進路希望調査、お前からまだ出てないぞ。白紙は困る」


「……別に行きたいとこないんで」


「まあ、そう言うな。ゆっくり考えろ。だが、親御さんを心配させるなよ」


余計なお世話だ。

そんな言葉を飲み込み、「……うす」とだけ返して、今度こそ教室を出た。


すっかりタイミングを逃し、廊下は静まり返っている。

一人で下駄箱へ向かうこの静けさは、悪くない。

むしろ、少しだけホッとする。


自分の下駄箱を開け、上履きを無造作に突っ込む。

外履きに手を伸ばした、その時だった。

視界の隅に、見慣れない黒いものが映る。


「……なんだ、これ」


靴の陰に隠されるように置かれていたのは、一通の黒い封筒だった。


差出人の名前はない。

けれど、表面には丸みを帯びた特徴的な文字で、『一ツ橋美兎みうり様』とある。

封をしているのは、可愛らしいキツネのシールだ。


ドクン、と心臓が跳ねるのを感じた。

そっとシールの端を剥がし、中から出てきた三つ折りの便せんを開く。

そこに書かれた一文に、思わず息を呑んだ。


『あなたをずっと想っています』


――誰が? 俺を?


頭の中でクラスの女子たちの顔がぐるぐると回り始める。

明日から、どんな顔をして学校へ行けばいい?


一抹の不安と、ほんの少しの淡い期待が、冷え切っていたはずの胸の中で、ゆっくりと熱を帯びていくのを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る