第6話エピローグ:皇帝、最後の珍プレー
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### エピローグ:皇帝、最後の珍プレー
ノーサイドのホイッスルが、まだ鳴らない。
残り時間は、あと10秒。
大空 翼の魂のタックルでボールを奪った日本代表。自陣ゴール前、マイボールのスクラムだ。ボールを外に蹴り出せば、その瞬間に試合は終わり、歴史的勝利が決まる。
翼は満身創痍の足を引きずりながらも、最後のプレーを完遂すべく、スクラムの後方にポジションを取った。
誰もが勝利を確信し、スタジアムが歓喜のカウントダウンを始めようとした、その時だった。
**「ブーーーーッ!」**
交代を告げる無粋なホーンが鳴り響いた。
スタジアムが「え?」という空気に包まれる。電光掲示板に、信じられない文字が灯った。
**【PLAYER CHANGE】**
**OUT: 10 大空 翼**
**IN : 23 大門 哲**
時が、止まった。
グラウンドにいた誰もが、観客席の誰もが、自分の目を疑った。
この、試合終了まで残り10秒、勝利が確定した状況で、なぜ不動の司令塔を?そして、なぜよりによってあの65歳のジイさんを?
当の翼が、一番理解できていなかった。
彼は交代を促す審判を無視し、監督席に向かって絶叫した。
「**え?おれ?おれですか!?**」
何度も自分を指さし、監督に問いかける。
「なんで!?あと10秒ですよ!?蹴り出すだけじゃないですか!」
しかし、鈴木監督は顔を真っ青にさせながら、ただ首を横に振るだけ。その視線の先には…ベンチでふんぞり返り、ニヤリと口の端を吊り上げているKINGてつの姿があった。
どうやら、皇帝の無言の圧に屈したらしい。
「待ってました!」とばかりに、てつは勢いよく立ち上がった。
その顔は、**してやったり**という満面のドヤ顔だ。
彼は丁寧にジャージの裾をパンツに入れると、おもむろに準備体操を始め、挙げ句の果てには、老体とは思えぬ軽やかな**スキップをしながらグラウンドへ**と向かっていく。
その滑稽な姿に、スタジアムは一瞬の沈黙の後、爆発した。
最初は失笑だったものが、やがて怒号に変わっていく。
「ふざけるなー!」
「ジジイ!引っ込め!」
「試合を壊す気か!」
そして、ついに地鳴りのような**「帰れ!帰れ!」**の大合唱が始まった。
日本代表の歴史的勝利の瞬間が、前代未聞のブーイングと帰れコールに包まれる。
呆然と立ち尽くす翼の横を、スキップしてきたてつが通り過ぎる。
ポン、と翼の肩を叩き、悪戯っぽくウィンクした。
「貴公子、最高の舞台を用意してくれたな。仕上げは、このKINGてつ様に任せろ」
スクラムが組まれ、ボールが投入される。
セオリー通りなら、スクラムハーフがボールを受け取り、タッチラインの外へ蹴り出すだけ。1秒で終わるプレーだ。
しかし、グラウンドに降臨した皇帝は、常識の通用する男ではなかった。
スクラムハーフからボールをひったくると、タッチキックの素振りも見せず、仏頂面で敵陣を睨みつけた。
(ラスト10秒…この俺様が、逆転の逆転サヨナラトライを決める!)
※すでに日本は勝っている。
「おおおおぉぉぉっ!!」
雄叫びを上げ、てつは敵のゴールラインに向かって走り出した。
味方選手が「そっちじゃない!」「蹴ってー!」と叫ぶが、彼の耳には届かない。
だが、英雄譚はそこまでだった。
走り出した瞬間、65年の年輪が刻まれた膝が「カクン」と鳴った。
暴走機関車は、走り出してわずか2歩でバランスを崩し、盛大に顔から芝生にダイブした。
ボールは無情にも前方にこぼれ落ち…ノックオン。
**「ピーーーーーッ!」**
その瞬間、ノーサイドのホイッスルが鳴り響いた。
勝った。日本は勝ったのだ。
しかし、歓喜の輪はどこにもなかった。
選手たちは頭を抱え、翼は天を仰ぎ、監督はベンチで崩れ落ちた。
グラウンドには、大の字で倒れたまま「まだまだ…やれる…」と呟く老人の姿と、鳴り止まない「帰れコール」だけが、虚しく響き渡っていた。
後日、このプレーは「ラスト10秒の悲喜劇」として、ラグビー史に永遠に刻まれることになる。
おっさんラガーマンの爆誕は、誰の記憶にも残らない「勝利」ではなく、誰もが忘れられない「伝説の珍プレー」によって、ここに完結したのだった。
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