【緊急事態】日本代表に、時速200キロの老害、現る。

志乃原七海

第1話: KING、65歳の爆誕


KING、65歳の爆誕


その男、大門 哲(だいもん てつ)、65歳。

かつて彼は、グラウンドに君臨する絶対的な「王」だった。

圧倒的なカリスマとパワーでフィールドを支配し、人々は畏敬の念を込めて彼をこう呼んだ。

――**『エンペラーてつ』**、あるいは**『KINGてつ』**と。


だが、皇帝の時代は遠い昔に終わった。

同期のスター選手たちが指導者や解説者としてラグビー界に貢献する中、KINGてつは…いまだ現役(自称)だった。

所属は、地元のシニアクラブ「サンセット・ウォリアーズ」。練習後の生ビールこそが、彼らにとっての栄光のトライだ。


そんなある日、事件はテレビの生放送で起きた。

人気スポーツ番組に「レジェンド枠」で出演したKINGてつ。その隣には、かつて皇帝の右腕と呼ばれ、今や知的な解説で人気の元日本代表、風間が座っている。


司会者「さあ、てつさん!今の若き日本代表に、KINGの目から見て足りないものは何でしょうか?」


KINGてつはふんぞり返り、マイクを鷲掴みにした。


KINGてつ「足りないもの?決まっておる。**『王の威厳』**だ!最近の若造どもは、綺麗にまとまりすぎだ。もっと傲慢に、不遜に、俺様がルールだと言わんばかりのプレーが足りんのだ!」


スタジオがザワつく。司会者が苦笑いでフォローしようとした、その時だった。


KINGてつ「だから、俺様がもう一度、あの桜のジャージに袖を通してやることにした」


「…………は?」


スタジオの空気が凍りついた。

司会者は笑顔のままフリーズし、隣の風間は持っていたペンを床に落とした。


司会者「き、KING…?今、なんと…?」


KINGてつ「耳が遠いのか?**ラグビー🏉全日本に、この65歳のKINGてつが帰還する**と言ったのだ!いいか、ラグビーだろ?ウソだろ?って顔をするな!**おれだよ?おれ!エンペラーはまだまだやれる!**」


その瞬間、怒りで顔を真っ赤にした風間が、テーブルを叩いて立ち上がった。


風間「**お前だよ!お前!** てつさん、あんた正気か!?」


KINGてつ「なんだ風間、王に意見か?」


風間「当たり前だ!エンペラーだか老害だか知らんが、いい加減にしろ!その腹を見ろ!その膝を!タックルする前にぎっくり腰になるぞ!**醜態を晒すな!やられる前にやめろ!**」


元日本代表のKINGと右腕による、放送事故レベルの内紛。

司会者はただただ苦笑いを浮かべ、カメラに向かって必死に頭を下げていた。


CM明け、番組は何事もなかったかのように進行したが、SNSは「#KINGてつ爆誕(笑)」「#老害エンペラー」で大炎上。世間は彼を盛大に笑い飛ばした。


だが、KINGてつは本気だった。


翌日から、彼の無謀(かつ珍妙)な王のトレーニングが始まった。

若者だらけのジムで「フンッ!」とベンチプレスを上げようとして肩をピキッと鳴らし、公園を走れば園児の三輪車に追い抜かれ、パス練習ではボールが隣家の庭に飛び込み、主婦にこっぴどく叱られる始末。


しかし、日本ラグビー協会は、この「炎上」を逆手に取った。

話題作りのため、そして何より、今のチームに足りない「威厳」と「魂」を注入する劇薬として、KINGてつを「特別練習生」として代表合宿に招集したのだ。


合宿初日。

最新ウェアに身を包んだ若き代表選手たちが、一人だけ昭和の香りがするジャージを着た老人を遠巻きに見ていた。

「マジかよ、あのKINGてつ…?」「伝説ってか、ただの置物じゃね…?」


練習が始まると、案の定、KINGてつは全く動けない。息は切れ、足はもつれ、見るからに痛々しい。若手選手たちは、伝説にケガをさせてはならないと、遠慮して当たりを弱めた。


その時だった。

チーム一の俊足である若きウイングが、KINGてつをあざ笑うかのように、サイドステップで抜き去ろうとした。


次の瞬間、グラウンドに地響きのような音が轟いた。**「ゴシャァッ!」**


若きウイングが、まるで壁に激突したかのように宙を舞い、芝生に叩きつけられていた。

タックルしたのは、KINGてつ。

スピードもパワーもない。だが、相手の呼吸、筋肉の動き、視線の先、その全てを読み切った、まさに「帝王のタックル」だった。


グラウンドが静寂に包まれる。

倒されたウイングも、周りの選手たちも、コーチ陣も、ただ呆然と立ち尽くす老人を見ていた。


KINGてつはゆっくりと立ち上がり、ぜえぜえと肩で息をしながら、不遜な笑みを浮かべた。


「…どうだ、若造ども。KINGは、伊達じゃねえだろ?」


その日を境に、代表チームの空気が一変した。

KINGてつが試合のメンバーに選ばれることはなかった。しかし、彼の不屈のプライドと、体に染み付いた「王のラグビー」は、確かに若きジャパンの選手たちの心に、傲慢なまでの自信という火をつけた。


そして、国際試合の当日。

解説者席には、なぜか嬉しそうな顔をした風間と、グラウンドを睥睨(へいげい)するKINGてつ、大門 哲の姿があった。


おっさんラガーマンの爆誕は、桜のジャージを着ることではなかった。

忘れかけていた「王の魂」を、次の世代に継承した瞬間に、それは果たされたのである。

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