01-02: NO-VICE(ノービス)の受領

 災難だったねぇ。


 のんびりした声と共に、俺の視界の中に紙コップに注がれたアイスコーヒーが入ってきた。俺はブリーフィングルームに隣接した休憩スペースで半分眠っていた。いつものことだ。俺は熟睡することができない。時刻はまだ午前九時をまわったところだ。特に眠たいわけでもない。


「どーも」

「どーいたし」


 氷こそ入っていなかったが、冷たいアイスコーヒーだった。持ってきてくれたのは「歩く量子コンピューター」とも呼ばれている女性機兵乗りライダーセブンスだ。見た目的には俺よりも幼いが、実年齢は二十代前半なのだという。曰く、四捨五入でギリハタチ、とのことだ。だが、それすら本当か嘘かわからない。戦技研の登録情報でもセブンスはその名前以外何も閲覧できないのだ。


「しっかしスカーレットの奴、アタシがいないのを知っていたのかな」


 セブンスはショートボブの金髪をかきあげて、俺のはす向かいに腰を下ろした。休憩スペースには四人用の丸テーブルと椅子が四セット置かれていた。戦艦内に設けられた、こぢんまりとしたスペースだ。俺はたいていここかジムにいる。部屋に帰っても機密情報をチェックする以外やることがないからだ。そして今は俺たち以外誰もいない。


「戦闘記録も無茶苦茶になってたし、あの機体の性能だとすればまさに化け物だね」

「ああ、改竄の件か」

「NO-VICE:0ってのはそのくらいすごいってこと。それに、さ、よかったんじゃない、レイ」

「何が良かったんだよ」


 むすっとして俺が言うと、セブンスはその晴れた海面のように青い目を細めた。


「あんたもちょっと自信持ち始めてたでしょ、レイ。それはそれでいいんだけど、でもこれで上には上がいるってこともわかったじゃない。それが生きたまま理解できるって、大きいことだよ」

「俺は、別に……」

「あんたが壊したプロトNO-VICEノービスの修理コスト、どんだけか知ってる?」

「え?」


 俺は思わずセブンスを見た。セブンスは艶っぽい微笑と共に、空中に指で四角形を書いた。そこに小さなディスプレイが出現し、数値を刻む。


「マジかよ」


 俺の給料に換算すると、ざっと百年分。その額にさすがに脳の温度が下がったのを感じた。


「システム総取り換えだし、関節部分から装甲まで全交換。事実上作り直しになるからねぇ。これでもむっちゃくちゃ頑張ったお値段だよ」


 そこで俺は思い出す。セブンスや大佐が不在にしていた理由だ。


「あ、でも」

「そうそう、これこれ」


 セブンスは先ほど出現させた小さなディスプレイを拡大し、そこに一体の白い機兵を映し出した。流線型の装甲が美しい。今までの機兵バイスには存在し得なかった装甲形状だ。


「これは?」

「後で大佐から説明あると思うけど、こいつらを本社から受け取ってきたんだ。あんたのはプロメテウス」

「プロメテウス……」

「ロジェはアトラス、メーサーはヘルメス、アタシのはアスクレピオスっていうの」

「四機も?」

「うん、四機も」


 セブンスは右手で「四」を示す。そして「それでね」と、俺の耳に唇を寄せる。


「これがぜーんぶワンオフなんだ。少なくとも今までの機兵とは概念が違うから」

「概念が?」


 顔の物理的距離を離しながら俺がくと、セブンスは右目を瞑って見せてきた。どういうつもりかわからず、俺は少し戸惑う。


「あんたがここにきてから三年目。うちのあの機兵バイスに乗っても三年目。大佐に拾われたその瞬間からアレに乗っていたんだから愛着はあったと思うけど」

「そりゃな」


 俺はそう言って立ち上がる。そろそろ時間だったからだ。


「相変わらず十分前行動だね」

「どこにいても変わらんからな」


 俺はそう言って休憩スペースの隣、ブリーフィングルームのドアを開けた。


「まぁ、スカーレット相手に生き延びれたんなら上々でしょ」


 ブリーフィングルームは正面に大きなスクリーンがあり、椅子が整然と並んでいるだけの部屋だ。この部屋の収容人員は最大五十名程度だ。


 俺たちは前から二列目に並んで座る。というよりセブンスが密着してきたのだ。


 居心地の悪さを感じて、俺はわずかに身体を離す。


「純情君だねぇ」

「慣れてないだけだ」

「そゆとこ、おねーさん好きだな」

「メーサーがいるだろ」

「あれは、セフレ」

「セ、セフ……」


 聞きなれない単語だったが、意味は分かった。


「あ」


 セブンスは短く声を上げてドアを見た。その直後、ドアが鋭い擦過さっか音と共に開いた。


「廃品生産、ご苦労」


 俺たちの敬礼に応えながら、開口一番嫌味を言って現れたのが、俺のボスであるところのサイレン・ファリス・ヒルテンベイン大佐だ。銀髪青瞳、外見的には二十歳程度だが、実年齢はそれどころではないはずだ。セブンスとは違い、かなりグラマラスなボディの持ち主である。マグレス連邦の軍服によく似たデザインの黒服の胸あたりに、否応なしに視線が誘導される。が、俺は軽く咳払いをして目をらす。


 大佐は、室内を見渡して、少し不満げな表情を見せた。


「ロジェは?」

「ジムでしょう、大佐」


 俺が答えると、大佐はフッと笑う。


「好きだな、あいつも」


 大佐は肩をすくめると、一列目の椅子を引いて、俺たちと向かい合わせになるような形で座った。そして長く細い足を組んだ。タイトスカートの内側が見えそうな位置にいた俺は、思わず目を逸らした。


 八歳で銃を手にしてから十年が経つが、正直に言うと女性をどう扱っていいのかがわからない。三年前まで所属していたゲリラ組織「エンリス自由軍」の中にも女性兵士はいたが、彼女らは女性という以前に戦士だった。下心を見せた男が翌日姿を消していた、なんてことも本当にあった。


「大佐」

「なんだ、レイ」

「スカーレットはなぜあんな最悪のタイミングで」

暁月戦技研うちにもクソ野郎がいるってことさ」


 その言葉を受けて、セブンスが口を挟む。


本社アストラの方かもしれませんよぉ、大佐」

「その可能性もある」


 セブンスの言葉にうなずく大佐。


「ともかく、さすがはスカーレットだな。たったの一時間でこっちの損害は戦技研の年間予算をはるかに超えてしまった。レイ、お前の機体を除いてもな」

「俺の機体はもう廃棄スクラップになるんですか? 修理費はさっき見ましたが」

「使えそうなら二軍の慣熟機に下ろそうと思っていたんだが、コスト的にばかばかしいからな。ま、スカーレットが相手では仕方なかろう」


 大佐は立ち上がると、腕を組んだ。豊満なバストがその上に乗る。セブンスは胸を張って対抗しようとしたが、無駄な足掻きだ。


 その攻防の数秒後、二人は同時にドアを見た。直後、ドアが開いて灰色髪に明茶の瞳をした大柄な筋肉質の男――ロジェが姿を見せる。年齢は二十八……だったような気がする。


 それにしても、セブンスも大佐も、ドアが開く前に必ず気が付く。いったいどういう人感センサーを持っているのだろうか。


「待っていたぞ、ロジェ」

「時間通りですが」


 ロジェはそう言うと俺の隣に腰を下ろした。俺はメンバーが足りないのに気が付く。


「メーサーは?」

「奴には帰り道ですべて話してある」


 俺の問いにざっくりと答え、大佐は立ち上がって、スクリーンの前に移動した。


「今回、我々は四機のNO-VICEを受領した。プロメテウスはレイに、アトラスはロジェに。あとで格納庫に行ってみるといい。シミュレータも使えるようにしてあるから、訓練計画を立てておくように。いいな、レイ」

「了解」


 こういう仕事は正直好きでも得意でもなかった。セブンスが手伝ってくれなかったらいつまでたっても終わらないのだ。そもそもこの戦技研に来るまで、俺は文字すらまともに読めなかったのだ。


「ところで大佐」

「なんだ、ロジェ」


 珍しく自発的に発言をしたロジェに、大佐は少しだけ驚いたような表情を見せた。


「我々が見たあの赤いのが、やはりNO-VICE:0、アスタルテだと?」

「確認済みだ。記録は改竄されているが、私はこの目で見たからな」


 大佐はそう言って俺たちを見回した。


「ザカリエル博士が作ったで間違いはない」


 あれが、NO-VICE:0、アスタルテの威力――。


 俺はごくりと喉を鳴らした。


 再び奴と相見あいまみえたら、その時俺は、生きて戻ってこられるのだろうか。どうしようもないほど、俺は心臓がすくむのを感じた。

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