第82話 円卓は英雄を呼ばない

 会議室の空気は冷たいのに重かった。


 カルディア本社地下・作戦解析室。

 壁一面のメインスクリーンにはさっきまでコンラートが占拠していた中継映像の残滓がまだノイズ混じりに残っている。


 ただしここに「他社の代表が同席して座っている」わけではない。

 会議卓の上には等間隔に切り分けられた複数の映像窓が浮かびカルディア、アストレイア、グラウバッハ、そしてUDF連絡の回線が互いを"同列"に映していた。


 灰色の世界地図の上に赤いマーカーがいくつも瞬いていた。

《巨大構造物》の現在位置。カルディア第3強襲打撃群の壊滅地点。アストレイア鉱山施設の跡。グラウバッハ工業都市の灰の海。


「以上が現在までに確認できている被害状況です」


 静かにまとめたのはラムゼイではない。カルディアが外地から呼び戻した新編派遣軍――その司令官シュタイン中将だった。


 カルディア側の会議卓の端に空席がひとつある。そこにあるはずだった名札は外され誰も口にしない。空席だけが妙に目に付く。


 各社の代表窓の向こうで誰かが一度だけ視線を落とす。哀悼ではない。確認だ。欠けた席の意味を全員が共有している。


「さて」


 シュタイン中将が手元の端末を操作しメインスクリーンの表示を切り替える。

 灰の地図から余計な情報が剥がれ落ち黒い輪郭だけが残った。


 ベヒモスのシルエット。


「ここから先の話です」


 低い声が回線越しに落ちる。


「我々がやるべきことは大きく3つ。1つベヒモスの進行経路と攻撃範囲を可能な限り予測し各社の被害を抑えること。2つヘルマーチの通信・補給・指揮系統を削りベヒモスと切り離すこと。そして3つ目が――"奪還作戦"の検討です」


 各社の映像窓のどこかで椅子がわずかに鳴った。


「完全破壊ではありません」


 アストレイア側の男が腕を組んだまま口を挟む。その言い方は釘を刺すというより"確認"に近い。


「我々はあれに莫大な資本と時間を投じてきた。完全に灰に還すのは最終手段にしかなり得ない」


 グラウバッハ側の重役が鼻を鳴らした。


「その最終手段が必要になった場合他所の企業だけでなくこの大陸そのものが持たんがな」


「だからこそ"壊さず奪う"方向を今から用意しておく必要がある」


 シュタインが二人の言葉の間にすべり込む。


「ヘルマーチとベヒモスがこのまま好きに動けば白帯の秩序は完全に崩壊する。そうなれば灰の海で商売をしている我々全員が足場を失う」


 そこで一度言葉を切る。


「世界の"線"を都合よく引き直したいのはコンラートだけではない――ということですよ」


 何人かが苦い笑いを漏らした。笑えたのは言われなくても分かっているからだ。



「奪還の条件は?」


 グラウバッハの軍担当が尋ねる。


「遠距離からの打撃で"手足"を削ぐ。ドローン展開能力と電子妨害の出力を一定まで落とす。そのうえで――灰の中を抜けてベヒモス外殻に取り付き中枢部へ侵入できる部隊が必要になります」


 シュタインが指先でスクリーンをなぞるとベヒモス周辺にいくつかの光点が浮かぶ。ドローンの群れ。EMPの推定干渉範囲。侵入可能な"窓"の候補。


「問題はこれだ」


 アストレイアの技術責任者が小さくため息をついた。


「ベヒモスの周囲では電子機器がまともに動かない。ヘリも誘導弾も通常のドローンも近づけば落ちる。まともに使えるのは灰に慣れたRFとアナログ寄りの制御系だけだ」


「自社の正規部隊を突っ込ませるにはリスクが大きすぎるというわけだな」


 グラウバッハの重役が椅子の背にもたれた。


「未知の敵に当てるなら多少の損耗は最初から織り込める連中のほうが都合がいい」


 シュタインがあくまで事務的な口調のまま告げる。


「RF部隊。しかも灰内運用に慣れ実績のある外部戦力。傭兵組織が最有力候補です」


 UDF連絡将校の映像窓がわずかに揺れた。眉が寄る。だが何も言わない。ここで綺麗事は通らない。


「"傭兵"と手を組むのか」


 誰かが呟く。嫌悪感はある。だが怒りではない。確認だ。


「手を組むではありません」


 シュタインは迷いなく返す。


「使う。必要な時間だけ必要な役割だけを担わせる。彼らは敵ではない。味方でもない。――契約で動く外部戦力です」


 メインスクリーンが切り替わり契約条項の骨子が並ぶ。


 前金:最低限

 成功報酬:厚く

 救難義務:なし

 途中解除:企業側任意

 外殻の破壊:禁止

 回収物の権利:企業側帰属

 情報秘匿:違反時即時無効


「命の値段で釣るのか」


 グラウバッハの軍担当が言う。


「命ではなく条件です」


 シュタインは淡々と返した。


「こちらが欲しいのは戦利品ではなく"資産"。壊さず奪うための絵を最初から契約に埋め込みます」


「使い終わったら?」


 別の声が確認するように言った。


「切れるようにしておきます。最初から」


 シュタインは一切ためらわず答える。


「余計な関係を残さない。関係が残ると後でこちらの首を絞める」


 その言い方がむしろ"通常業務"の報告に近かった。


 カルディア側の代表が短く息を吐く。


「で。どこの傭兵団を使う」


 シュタインはここで言い方だけを整えた。他社の前でカルディア単独の既成事実に聞こえるのは避ける。


「カルディア側で候補抽出と受諾可能性の照会までは済ませています。正式な打診は条件をこの場で確定させた上で共同名義で送るべきでしょう」


 スクリーンに複数の紋章が並ぶ。灰域で名の知れた傭兵団――企業と繋がりのあるところも完全な独立も混ざっていた。


「候補は8。灰内RF運用実績、指揮系統の安定、規模、そして"契約違反のリスク"まで含めて抽出しました」


 アストレイア側が眉を上げる。


「リスク?」


「企業秘密を抱えた装備を渡す。艦内で換装する。発艦点も固定する。――受ける側が"自由"であるほど危険です」


 シュタインはそう言い次の表示へ進めた。


「辞退が6。保留が1。交渉可能が1」


 グラウバッハの軍担当が乾いた声で言う。


「辞退の理由は」


「表向きは様々です」


 シュタインはあくまで事務的に続けた。


「ただ断り文句はだいたい同じになる」


 スクリーンに通信ログの要約が並ぶ。その下に短い抜粋が重ねられた。整った文章ではない。現場の言葉だ。


『救難義務なし? 撤収線も引かないってことだろ。処刑契約は扱わねぇ』

『回収権が企業帰属? 死んで成果だけ抜かれる筋はうちじゃ通らん』

『途中解除が任意? 押し込んで都合が悪くなったら切るつもりだな。冗談じゃねぇ』

『外殻破壊禁止で侵入? 条件が先に死んでる。現場を知らん紙の遊びだ』

『前金最低限で成功報酬だけ厚い? つまり戻る前提じゃないってことだ。うちは人を潰して回せる規模じゃない』

『EMP圏内で電子機器が死ぬ? なら撤退判断も遅れる。保険も効かない。受ける理由がない』


 会議室の誰も声を出さない。拒否は驚きではなかった。想定どおりだ。むしろ――「これが普通」だ。


 グラウバッハの重役が鼻で笑う。


「まともだな。断るのが」


 UDF連絡将校の口元が硬くなる。"まとも"の意味がここでは別だと分かっている。


「保留の1は?」


 カルディア側が問う。


「条件の変更要求です」


 シュタインが画面を切り替える。そこには相手側の要求が並んでいた。


 救難義務の明文化

 回収権の折半

 途中解除の制限

 外殻破壊禁止の緩和

 発艦艦の利用条件の明確化


 アストレイア側の男が短く言う。


「飲めるものは?」


「ありません」


 シュタインは即答した。


「救難義務はコストになる。コストは露見する。露見すれば責任線がこちらへ寄る。回収権は渡せない。ベヒモスは資産だ。途中解除の制限も飲めない。現場が崩れた時に"切れない契約"は企業を殺す。外殻破壊の緩和はそもそも奪還の前提を壊します」


「つまり保留は捨てる」


 グラウバッハ側の軍担当が言う。


「はい」


 シュタインは躊躇しない。


「残るのは交渉可能の1」


 スクリーンに最後の紋章だけが残る。


「クレイブアクト」


 誰かが小さく笑った。乾いた感情のない笑いだ。


「最近名前が広まり始めたあの傭兵組織か」


 グラウバッハの重役が言う。


「規模は中堅。だが灰内でのRF運用実績がある。指揮系統が一本で契約を守る。――守らせやすい」


 シュタインはそう言って視線を机の上へ落とす。


「彼らは条件を"飲める"理由がある。だから残った。それだけです」


 アストレイア側の男が静かに聞く。


「弱みでも握っているのか」


 シュタインは答えない。答えないことで肯定にも否定にもならない。


「"飲める理由"は能力ではなく――契約書に書けない"事情"です」


 代わりに次のスライドへ進めた。


「そして彼らに"飲ませる"ための道具がいくつかあります」



「まず一つは――アストレイアが試験中の高出力推進ユニット"オーバードブースト"」


 スクリーンにはRFの背中に取り付けられた大型ブースターの図面が映る。

 アストレイアの技術責任者が図の後部フレームを指で叩いた。


「前提から話します。この"オーバードブースト"は地上で付けて歩かせる類の装備ではありません」


 会議室の空気がさらに締まる。


「装着・配線・冷却系の接続が艦内設備前提です。換装はアストレイアの専用戦艦で行い発艦もその艦からしかできない。地上拠点での取り付けや野外整備班だけでの再装着は不可能です」


 グラウバッハの軍担当が確認するように言った。


「つまり作戦の発艦地点はアストレイアの艦で固定される」


「そうです」


 技術責任者は迷いなくうなずく。


「一度艦から"撃ち出す"装備だと思ってください。既存のRFでも垂直方向に50メートル程度なら跳躍できますが……ベヒモス外殻に取り付くためには桁が違う。このユニットを使えば一度きりの跳躍で"空"に届く可能性がある。ただし出力を絞れば機体が焼け絞らなければパイロットが保たない。試験運用は数回のみ。成功率は正直胸を張れるものではありません」


 グラウバッハの重役がさも当然のように言った。


「使い捨ての脚に乗せる分には問題ないだろう。生きて戻れば儲けもの。戻らなくても推力と損傷データは残る」


 UDF連絡将校の視線がわずかに逸れた。だが声にはしない。ここでは"損耗"がただの項目になる。


 シュタインはその反応を横目で見ながら話を進める。


「二つ目。アストレイアの新規開発中機体"リリス"の基幹ユニット。外装はまだ影も形もないが内部ユニットだけならすでに動作確認が取れている」


 スクリーンに黒い箱のような画像が映る。

 複雑な配線とコアが透明ケースの中で何層にも重なり合っていた。


「詳しい仕組みは企業秘密ですので割愛しますが……簡単に言えば"干渉を散らす"ための装置です。ベヒモス周辺のEMPの波を一定時間だけ乱しその隙間を通してRF1〜2機ぶんの"穴"を開けられるかもしれない」


「"かもしれない"か」


 グラウバッハ側が皮肉交じりに笑う。


「今分かっている範囲の分析ではです」


 技術責任者は悪びれもせずうなずいた。


「ベヒモス本体に組み込まれているレゾナンス機構とどこまで互いに干渉し合うかは試してみないと分からない。ですが――可能性はある。それだけでも今は貴重です」


「そして三つ目」


 今度はグラウバッハの軍担当が口を開いた。


「我々から出せるものだ」


 スクリーンには別の機体図が重なる。

 分厚い装甲フレームと追加ラック、増加タンク。


「灰の中で長時間殴り合うための重装甲ユニット。本来は自社製RF用だがカルディアの17系にも"着せられる"よう調整を加えることは可能だ」


 彼は資料を一枚めくりながら続けた。


「技術者と整備班を何名かクレイブアクトへ派遣する。地上側で組めるのはこの重装甲と武装ラックまでだ。オーバードブーストの換装は艦内限定。運用の最終段階でアストレイア専用戦艦上で載せ替える」


 誰かがぼそりと呟く。


「豪華な外注部隊だな」


 シュタインは短くまとめた。


「クレイブアクトの脚にカルディアの機体。グラウバッハの重装甲と火器。そして最後にアストレイア艦で"撃ち出す"ためのブーストと干渉装置」


 会議室の空気がさらに冷えた。


「白帯の外で生き延びてきた連中に三社の技術を全部乗せてベヒモスにぶつける。形としては――そういう図になります」


 沈黙。


「もちろん誰も"英雄譚"を期待しているわけではありません」


 シュタインが念を押すように言う。


「彼らが全損してもこちらの正式戦力は傷つかない。成功すればベヒモスを奪い返すための橋頭堡と貴重なデータが手に入る。失敗してもその時はその時です。契約は切れるようにしてある」


 UDF連絡将校がようやく口を開いた。


「白帯はどうなる」


 シュタインはわずかに視線をそらしそれでも答えた。


「白帯を守るためにもベヒモスを放置する選択肢はない。"どの線を守るか"を決めるのは結局この場の我々です」


 会議室の天井照明が少しだけ明るさを落とした。

 誰もそれを気にしない。

 ここでは明るさもただの設定値だった。



――次回、第83話「資産を囲む戦列」へ続く


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