第11話 文化祭に向けて

「それじゃ今日は、文化祭の担当とかをいろいろ決めますよ~。時間ないから、みんな協力して手早くやりましょうね~」


 ホームルームの時間、担任の鏡花ちゃんがいつもののんびりとした口調でそう言った。

 この先生はうちの学校の教師の中では一番若く、平均的な女子高生よりも背が低く顔も童顔。

 先生というよりはクラスのもうひとりの生徒という感じがして、みんなからちゃん付けで呼ばれ親しまれている。


「みんな知ってると思いますけど、もう一度説明しますね~。文化祭では、二年生は合唱コンクールとクラス展示をしますよ~。ぶっちゃけ全学年で二年生が一番スケジュールがキツイので、準備期間が始まる今日からラストスパートかけないと悲惨なことになりますよ~」


 鏡花ちゃんが笑いながら言うから緊迫感はないが、余裕がないのは事実だ。

 一年生は合唱コンクールのみなので、準備にそれほど時間がかかるわけではない。

 三年生は合唱コンクールなしで、模擬店を行う。当日はもちろん、準備にもかなりの時間がかかるだろう。

 ただし、うちの高校は二年から三年になるタイミングでクラス替えがないため、文化祭の準備は春休み前からスタートしているそうだ。なので、時間の余裕はたっぷりある。

 クラス替えを経て、合唱コンクールとクラス展示の二足の草鞋をさせられる二年生が最も忙しい、というわけだ。


「今日決めるのは~、合唱の曲と、指揮者、それとピアノの演奏をする人。クラス展示の内容と、実行委員を男女一名ずつ……です」


 一時間のホームルームでそんなにまとめて決めるのかよ。

 本当に切羽詰まってるんだな……。


「部活の展示とかで忙しい人もいますから、そういう人にはなるべく負担がないようにしてほしいですね~。帰宅部の人は、内申点稼ぐチャンスと思ってがんばってほしいです~」


 内申点と言われると、さすがに少し心が動く。

 展示の実行委員などのいかにも面倒そうなことはしたくないが、ピアノの演奏ぐらいならしてもいいか。

 ……いや、文化祭では翼とライブ対決をしなきゃいけないから、なるべくそっちに集中したい。

 優先順位を間違えてはいけない。内申点は稼ぎ損ねても別の機会に挽回できるが、翼に負けて笑い者になったら挽回できないぞ。


「えっと、じゃあまずはなにから決めましょうか~? 指揮者と演奏者を決めて、その人たちを中心に曲を決めるのが早いですかね~? ってことで、まずは指揮者から。我こそはって人、挙手~」


 ひとりだけビシッと手を伸ばして挙手した男がいた。

 関くんと男子で、母がイタリア人らしい。

 しかし父親の遺伝子を百パーセント受け継いでしまったらしく、顔は誰がどう見ても日本人。

 イタリア人ハーフをアピールするため、髪をイタリア国旗の色に染めているおもしろ人間だ。その見た目通り、かなりの目立ちたがり屋。


「立候補一名なので、関くんに決まり~。みんな拍手、パチパチ~。次はピアノ、やりたい人いますか~?」


 誰かいるだろ、と思って静観するが……あれ、誰も挙手しないぞ。

 いやいや、そんなはずはない。どこのクラスにだって、ピアノができるやつのひとりやふたりはいる――いるようにクラス分けしているはずだ。

 去年のクラスでは、俺の他にもうひとりいて、その人が弾いた。

 ……まさか、うちのクラスはひとりきりで、俺がそれなのか?


「えっと~、誰かピアノ弾ける人いませんか~?」


 鏡花ちゃんは明らかに俺を見ている。

 君しかいないんだからダダこねないで――とすがるような目つき。

 これはもしかして、俺がやるって言うまで話が進まない感じ? 逃げようとしても、最終的には結局やらされる感じ?

 翼との対決はあるが、部活はないので断る理由としては弱いなぁ。

 ……しかたない。


「一応弾けますけど」


 そろりと手を挙げる。でも自信なさそうな雰囲気を出して……他に弾ける人がいるなら、よろこんで譲るからどうぞ名乗り出て。まだ間に合うよ!

 しかし、誰も名乗り出ない。


「あ、よかった。弾ける人いました~、先生すごく焦っちゃっいましたよ~」


 白々しい。堂々とそんなこと言えるなんて、鏡花ちゃんめ、意外とくせ者だな。

 そもそも俺しか候補がいないなら、最初から指名してくれよ。

 自主性を重んじてるフリした強制はちょっとムカつくぞ。


「じゃあピアノ担当は村雨くんで決まりってことで~」


「ねぇ、そいつ本当に弾けるの?」


 話がまとまりかけたところで水を差してくる女子がいた。

 大場さん――噂では、翼の彼女のひとりらしい。


「後から『やっぱり弾けません』って言われても迷惑だからさ、ノリで挙手しただけなら引っ込んでくれない?」


 どんだけ露骨に敵意剥き出しにしてるんだよ、この人……感じ悪いなぁ。

 翼と俺は敵対しているので、大場さんが俺にキツく当たるのは理解できるけどさ。

 まぁ俺としては降板させてもらった方が楽なので、できれば引っ込みたいところだ。


「技術的には問題ないレベルだと自負してる。でも、頼むから弾かせてください、って頭を下げるつもりはない。俺の演奏がイヤだって声があるなら弾かなくてもいいけど?」


「なにそれ負け惜しみ? まぁその程度の覚悟なら弾かなくていいんじゃない?」


 俺と大場がにらみ合い、教室の中でバチバチと火花が散る。


「待って待って! 村雨くんは小学校の時に都のコンクールで優勝したことがあるんですよね? すごく上手なんですよ~」


 と、降板に心が傾いていたところを鏡花ちゃんが止める。


「コンクールで優勝? けっ、ムカつく経歴しやがって。んじゃ降板しろって言えないじゃんか……」


 大場が舌打ちし、そっぽを向く。

 あんたの一連の行動で、クラスの空気が最悪なんだけど? 謝罪とかないわけ?


「えっと、それじゃ……指揮者と演奏者が決まったということで、次は曲を決めましょうか。先生の方ですでに候補を選んでるいるので、その中から選んでくれると助かります~」


 鏡花ちゃんはいくつかの曲名を列挙した。

 どれも有名な合唱曲だ。


「村雨くんは~、この中に知ってる曲ある~。時間もあまりないですから、すでに弾ける曲があったらそれがいいんじゃないでしょうか~?」


「全部弾けるので、どれになっても大丈夫です。みんなが好きな曲を選んでください」


「頼もしいですね~。じゃあ関くんは? 知ってる曲はありますか?」


「どれもわからないので、どれでもオッケーです。っていうか、指揮者ってただ棒を振るだけじゃないんですか? 曲を知ってる必要あります?」


 おっと、これは困ったのが指揮者になったぞ。

 まさか指揮者がなにをするかを理解してなくて、目立つから立候補しただけとは……。


 ……いや、むしろ好都合か。

 ある程度知識や経験があって、さらに自己顕示欲がある指揮者だったら、ああしろこうしろと命令してきて、余計な練習時間を使わされる可能性がある。

 そういうことをしない分、ド素人はむしろ扱いやすい。

 

 関くんには自由に棒振りをさせておけばいい。

 俺の演奏さえちゃんとしていれば、指揮者に関係なく合唱としての体裁は整うはずだ。

 

 だって、どうせクラスのほとんどの人は指揮者に合わせて歌うなんてできない。素人ばかりの合唱チームの指揮者なんて、ルールで定められているからいるだけのポジションだ。


「えっと、じゃあ多数決で~」


「はい、提案!」


 大場が挙手した。俺をにらみながら。

 こいつは……。


「は、はい。なんでしょう~、大場さん」


「コンクールで優勝するくらいだから、村雨くんは作曲もできるんじゃないですか?」


 どんな理屈だよ。

 演奏技術と作曲技術は全然関係ない。世の中には、楽器ができない作曲家だっている。その逆はものすごくたくさんいる。

 俺は両方できるが、それはたまたまだ。一般論みたいに言うんじゃねぇ。


「作曲ですか、あ~……まぁそうですね。作曲はかなり本格的にできるみたいですね~」


 後で面倒ごとにならないように、去年のクラスの担任には、RoSに楽曲提供したことを報告してある。

 それは今年の担任の鏡花ちゃんにも共有されているはずだ。

 まぁおそらく、大場はそこまでは知らないだろう。適当に「作れるはず」と言っているだけに違いない。


「じゃあせっかくなので、村雨くんに合唱曲を作ってもらってはどうでしょう?」


「え? えっと~、さすがにそれはどうでしょう?」


「合唱曲って基本的に自由ですよね? ならオリジナルでも問題ないはずです。村雨くんだってクラスに貢献できてうれしいはずです」


 勝手に決めるな。

 俺は義務的な仕事は最低限の労力で済ませたいタイプなんだよ。


「村雨くん、どうします~?」


 鏡花ちゃんがめちゃくちゃ困った顔でこっちを見ている。

 なんか大変そうだから断って――と言いたそう。

 言われなくても断らせてもらう。


「曲を作って、歌詞を作って、みんながそれを覚えて練習して……どれだけ時間がかかるんですかね。クラス展示もあるのにそんな余裕ないでしょ。すでにみんなが知ってる有名な合唱曲を選ぶのが一番です」


「そう! そうだよね~、時間は限られてるので、効率的に使わないと~」


「とか言って、本当は作れないだけでしょ? 得意とか言っておいて、全然自信ないんだ。しょーもな!」


 大場が勝ち誇った顔でドヤ顔をする。

 さっきはピアノができないなら引っ込め。今度はできるなら曲を作れ――。

 なんでそんなに方向性が違うことを言ってくるのかと思ったが、たぶん俺に反対することそのものが目的なのだろう。

 俺の意見を真っ向から否定し、難癖つけて不快にさせるのが目的。発言の中身なんてどうでもいい――ってところか。

 しょーもな!


「ああ、うん。もうそれでいいよ。だから曲は既存のものを使わせてくださいおねがいします」


 こういう人は面倒くさいので、相手にしないに限る。


「まぁそこまで頼み込まれちゃ許してやらんこともない。感謝しなよ……ふふっ、使えそうな情報を手に入れた。これで翔太先輩によろこんでもらえる」


 大場さんが最後にぼそっと言った言葉はなにやら不穏で、これをネタにまたやってきそうだな、と予感させるには十分だった。

 だが、間違った情報を重要情報として受け取ってくれたのなら、感謝するべきかもしれない。

 この前見たスパイ映画では、敵の重要情報をぶっこ抜くのと、自分たちの偽情報を敵に教えるのは同じくらい価値があると言っていた。


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