捨てられ社畜、帰還者ゼロのダンジョン最深部に取り残されたので気ままにキャンプライフ

水都 蓮(みなとれん)@書籍発売中

第1話 チチブ様の祟り

 秩父山地――それは埼玉西部に位置する、日本最古の秘境である。


 昼は灼熱の太陽に灼かれ、夜は極寒のあまり、バナナで釘が打てるという。

 およそ人間が住むとは思えない試される大地であることは広く知られていると思うが、若い読者諸兄は、ここが日本におけるダンジョン現象の始まりとされていることは初耳だと思う。


「ありゃ、チチブ様の祟りじゃね」


 秩父訛りの酷い老女が語る。


 ここは、栃本集落。

 かつては武州(現在の関東南部)における、信州・及び甲州への玄関口でもあった場所だ。

 かの、武田信玄が「彩の国には恐るべき魔が潜んでいる」と言い残し、一騎当千のツワモノ達を配備し、関所を築いたことはあまりにも有名である。


「まるで、この世の終わりのようじゃった。空は赤く燃え上がり、地獄の門から囁くような声が響き、魔が現れたのじゃ」


 彼女は七年前の出来事を回顧する。

 チチブ:エリアゼロ――原住民が地獄の門と呼ぶ、果てなき巨大な深淵である。


 秩父山地、奥地にはぽっかりと空いた巨大な穴がある。

 そこは常に分厚い岩盤で覆われていたが、2001年、時の総理大臣である小泉純一郎氏の「自民党をぶっ壊す」の一言で、突如として岩盤が割れ、巨大なダンジョンが顔を覗かせたことは記憶に新しい。

 そして、今から7年前の2018年、地獄の門から恐るべき脅威が現れた。


「漆黒の竜……漆黒の竜じゃ。彼奴は穴から這い出ては、日本各地を襲った」


 あまりにも痛ましい事件であった。

 竜の力は圧倒的で、数多くの人々が犠牲となったのだ。


 異例なほど、国の動きは早かった。

 会期間近であったにもかかわらず、即座に緊急動議がなされ、全会一致にて出動が可決されたのだ。

 それは竜の出現からわずか23分後の出来事であった。

 即座に第6及び、第7航空師団が発進し、これの対処にあたった。


「自衛隊さんはよう頑張った。だがな、あれは強すぎたのじゃ。ミサイルなど効きはせんかった」


 必死の攻撃も虚しく、外皮に傷の一つも負わせられぬまま、自衛隊の攻撃は失敗した。

 その晩、竜はダンジョンへと戻り、その頃には関東全域が火の海に包まれ、多くの死者を出したという。

 事態を重く見た内閣は、国内の全探索者に協力を要請、莫大な報奨金と引き換えに、竜の討伐を依頼したのだ。


 そして翌日の午前三時。

 エリアゼロ、最深部。

 帰還者ゼロと言われている禁足地にて、死闘が始まった。


「私……死ぬの……? 先生……たすけて……」

「ウェーイ!! 今緊急で動画を回してるぜ。みんな、今までありがとうな……俺、消えっから……」

「くそっ……バキバキ絶体絶命ですね……」


 剣姫、ヤリチンダンジョンマスター、漆黒の童帝。

 国内最高峰の実力者達が挑むも、竜は健在だった。


 彼らの敗北は日本の……いや、世界の終わりと同義であった。

 皆の心が絶望に支配されたその時――


「すまん。待たせた……」


 一人の男が現れた。

 彼の名は、山田綾人。


 Cランクのありふれた探索者だ。

 彼は背中の大剣をゆっくりと地面に叩き付けるようにして置く。


「みんなよく頑張った。後は俺がやっておくから、命は大切にな」


 山田はその、剣と呼ぶにはあまりにも大きすぎる鉄塊を振るうと、天井を崩落させた。


「先生……! 死ぬつもりですか……」


 剣姫が叫ぶ。


「まさか。だが、みんなを巻き込むわけにはいかないからな」


 それが山田の残した最後の言葉だったという。

 そして2018年12月11日、世界は滅びの運命を逃れるのであった。

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