第二話:異世界訪問の準備と異世界人と初接触


 展望台のベンチで、夕焼け空を眺めながら、俺は深く息を吐いた。


「いや、パトラッシュとかいって逃避しててもしょうがないよな。死んだはずの57歳が、30代前半のツヤツヤお肌で戻ってきちまった」


 故郷に留まるわけにはいかない。

 家族が『心筋梗塞で病死』として処理された俺の、この若返った姿を見たら、それこそ大騒ぎだ。

 特に、孫には迷惑かけたくない。



「よし、ここは地元から離れとこう。札幌でいいかな。でかい街なら、誰も気にしないだろうし、ススキノあるしな!」


 まずは腹ごしらえだな、俺はポケットに手を入れる。


 服は、異世界に転移した時に着ていた、安っぽいスウェットだ。

 一応、ナイフで切られた跡や血は無いけど着替え買わなきゃな。


 寝ていたときの服だしポケットの中には、何もなかった。

「そうか、異世界のアイテムボックスに資産があるんだった」


 心の中で「アイテムボックス、一万円」と念じた瞬間、俺の掌に、渋沢栄一が現れた。


「おお、日本の通貨で出てくるのか!便利だなぁ。ってか、アイテムボックスの中にあるのは『異世界の金』を、俺の意識で『地球の金』に変換して取り出してるってことか? さすがチート」


 俺はラーメン屋へと向かった。(うっわ、異世界で腹を割かれたはずなのに、ラーメンの匂いが嗅げるなんて最高だ)


「すみません、カレーラーメンください」


 熱々のカレーラーメンを啜りながら、俺は心の中で次の計画を練る。(――まずは札幌いって魔法作って戸籍いじらんとなぁ、戸籍作ったら、マンション借りないと)


 ラーメンを食べ終え、俺は行動を開始した。

 まずは、着替えを買う。

 若返ったので、思わず暫く履いてないデニムを買ってみた。


 JRに乗り、特急列車で札幌に降り立った俺は、まずすぐに動いた。


「まずは、身分作んなきゃな」


 賢者が残した古代魔術の中には、精神干渉を利用した高度な偽装魔法があった。


 俺は、区役所横のホテルに滞在し、そっと魔法を発動した。

 役所の人間に一瞬の精神操作をかけ、俺の情報を「コモリ・ダイキ」として登録させる。

 完璧だ、これで一応は戸籍が作れる。


「よし、これで俺はコモリ・ダイキ、30代前半の独身男だ。」


 その日は自分でお祝いするために、久しぶりにススキノに繰り出して、豪遊して思う存分に楽しんだ。


 夜が明けるのを待って、俺は地下鉄に乗って不動産屋に向かう。


「交通の便が良くて、セキュリティがしっかりしたマンションを、即金で借りたいんですが」


 5000万円近い資産を持つ俺は、「コモリ・ダイキ」名義で、すぐに市内の好立地にあるセキュリティのしっかりしたマンションを契約した。


 俺はマンションに荷物を運び入れた後、すぐに家電量販店とアウトドア用品店に向かった。


 俺のショッピングは止まらない。

 高性能な充電器、モバイルバッテリー、頑丈なテント、寝袋、そして電子書籍リーダーにダウンロードした日本の漫画と最新の札幌グルメガイド。


 レンタカーに積むふりしては、アイテムボックスに放り込む。


「よし、これで異世界で美味しい水出して、このレシピ通りに調理すれば、ちょっとした異世界グルメキャンプが楽しめるな!」


 マンションで、俺は買ったばかりの用具を出して悦に入る。


「テント、寝袋、ソーラーパネル……よーし、これで異世界キャンプも完璧だぜ!」


「ん……待てよ?」


「……まてまてまて。俺、何やってんだ?なんでチート能力でテントキャンプしようとしてんだ!俺は悠々自適に暮らしたいんだよ!」


 俺はアイテムボックスに収めたばかりのテントを、強い後悔の念とともに見つめ直した。


 異世界でテントを張って寝る? 冗談じゃない。水も電気も自給できる、快適な日本の住宅こそ、俺のモバイル基地にふさわしい。


「テントはゴミ箱行きだ。日本の技術を、そのまま異世界に持ち込むぞ!」


 よし、計画変更だ。目指すは、基礎ごとアイテムボックスに収納できる、完全自立型の家。


 俺は「コモリ・ダイキ」名義で、札幌近郊の山間に位置する、広い土地を即金で購入。

 ログハウス建設の老舗業者にコンタクトを取り、完全自立型ログハウスを依頼した。


「電力はソーラーパネルと小型風力発電で自給。水は雨水貯留システムと井戸などの外部供給の二本立てでお願いします。そして、絶対譲れないのが、ウォシュレット付きコンポストトイレだ」


 業者は驚きつつも、俺の現金一括払いに態度を一変させた。ログハウスの基礎は頑丈にし、アイテムボックスでの持ち運びに対応できるようにしてもらった。


 かくして、俺のログハウス計画は、地球のプロの手に完全に委ねられた。完成までには数週間かかるらしい。



 ログハウスが出来上がるまでの間、俺は札幌のマンションでゴロゴロする代わりに、異世界に遊びに行くことにする。


 賢者知識探ると、魔法が完全じゃない今は、王都はまだ怖い。


 そこで、辺境都市フロンティアに、次のマーカーをセットする。


 賢者知識で、異世界でもおかしくない服装を用意しておこう。

 こういう場合、冒険者か行商人が多いけど、どうしようかなぁ…


 緩く生きたいのに、わざわざ冒険者でリスクを負うのはバカだし、行商人からコツコツも面倒だしやりたくない。


 ここは、謎の異国からの商人ってムーブだな!

 資金も二千万切ってるし、ここらでガツンと稼ぎたいねぇ。


 アイテムボックスに入れりゃ、こちらの通貨でも日本で引き出せば日本円になるし、換金とかいらなくて便利便利。

 銅貨百円、銀貨千円、小金貨一万円とか凄くわかりやすいし。


 どんな格好していけば良いか…

 うーん、3ピースの30年代風スーツにボルサリーノ合わせるか。

 うん、現役時代も、こういう格好憧れてたから嬉しいな!


 俺はマンションから辺境都市フロンティアの裏路地に転移。


 さっそく路地から出て街を散策する。

 うーん、なんというか、皆さんあまりお風呂に入ってらっしゃらない香りというか、でも50年前くらいは日本でもいたわ。


 まあ、賢者コイツの知識から知った服装をみて、昔のフランスみたいに、路に糞尿捨ててあるかと思ってたから大分いいよ。


 さて、それなりの商人なら、まずは従者がいるよね。

 賢者コイツの知識だと、こういう場合は、ギルドから従者を雇うか、知識奴隷を買うのが一般的らしい。


 奴隷かあ、興味もあるし一度見てみるかな。

 よくある正義の主人公みたいに、「奴隷制度は悪」とか全然思ってないしね、奴隷って一種のセイフティネットだし。


 では、まず近場の奴隷商館に行ってみよう。

 ほう、玄関の外観は明るくて良い感じじゃない?

 門番も、威圧的じゃなくて笑顔ですごく感じがいいなあ。

 

 よし、入ってみよう。

 初めての異世界人との会話だ、緊張するわー。










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