8-1. すごいよね

「へっくしゅん! さ、さみー……」

「あれだけ薄着で騒げばそうなるでしょ。馬鹿じゃないの?」

 辛辣な言葉を投げかけながらヒサラは震えるカイに体を寄せる。カイは「わりーわりー」と言いながら妹に身を預けた。

「や、やっぱり兄妹っていうのは尊いね。ここはわたしたちも身を、よ、寄せ合うべきなんじゃないかな……うう」

「俺は遠慮しておくよ。やるならシズと頼む……」

「わ、わわ私ですか!? そんなまだ心の準備がふぎゅっ」

「……あーシズちゃんあったかーい。それにふにふにするね、ふにふにー」

 カイとヒサラに加えてシズとリオもくっついたことで、余った俺は自分で遠慮しておいてなぜか孤独感に襲われる羽目になった。

「おいヒサ、シラセがまた情けない顔してるぜ」

「放っておきなさい。ああいうのは自分でなんとかするものよ」

 兄妹の冷たい視線を受けながら目の前に広がる街を見下ろす。この地域特有の黒い石を切り出して作られた建物が、白い雪に覆われて街全体をモノクロのように印象付ける。

「ここがクロセドか……」


 ***


 王都を出発した俺達は一月ほどかけてウアル領に入った。途中二つほど大きな山を越え、いくつかの村や街に立ち寄ったのだが、結果的にはスケジュールどおりに旅は進んだ。

 ただ、ウアル領の天候は俺達の想像を超えていた。雪が降るとは聞いていたが、まさか一年中降り続いているとは思わなかったからだ。おかげで俺達はこうして体を温め合う羽目になっている。まあ、俺はあぶれているわけだが。

 天候面では難しい対応を迫られているものの、戦闘面では快調だった。特にリオの加入は想定どおり後衛の二人への危険を減らすことになった。

 そしてそれ以上に、リオは純粋に強かった。ちょっとした魔物を倒せるぐらいという本人の言葉はまさしく謙遜で、ウアル領に出現する獣型の魔物であればリオとカイの二人でもなんとかなりそうな勢いだ。

「こいつは確かに交代が必要なんじゃねーの? にひひ」

 カイが揶揄うのも分かるが、それでも俺が前線に立つことは変えなかった。

「——俺は〝不死〟だ。と言っても死んだのは一回だけだから確定したわけじゃないが」

 クロセドへの旅を始めてすぐ、俺はリオに自分の祝福を明かした。王都と違って耳目を集める危険がなくなったのと、リオが正式にメンバーとして加入したからだ。

「死ねない祝福……。なるほど興味深いね」

「私も〝不死〟です。多分ですけど……」

 俺に続いてシズも自分の祝福を開示する。結局その後にヒサラもカイも自己紹介のように各々の祝福について話すことになった。

「これだけ特異な祝福を持つ集団というのも珍しいね。それに領人に咎人に迷人か……わたしの方が浮いちゃうかも」

「変人でいいんじゃね? オレたちについて来るぐらいだし」

「それいいね。領人、咎人、迷人、変人。これはみんなに負けないように頑張らないと」

「別に頑張って変人にならなくてもいいんだが……。それはそうと、リオの祝福は何なんだ?」

 俺の質問に対してリオはその目を妖しく光らせる。

「ついに聞いてくれたね! ふっふっふ、何を隠そう私の祝福は……」

 勿体ぶった態度から一転、リオは大仰に肩をすくめた。

「……分からないんだ。たぶん戦闘系の祝福だと思うけど、みんなのように固有の祝福名を当てられるかは微妙だね。敢えて言うなら〝察知〟か〝洞察〟かな」

「〝演者〟かもね」

「エンジャ?」

 カイはヒサラの言った祝福名に首を傾げる。

「何かを演じる人のことよ。リオさん、自分の立場を楽しんでいるように見えるから。喋り方がそう感じさせるだけかもしれないけど」

「ふむ、確かに……ってこれのことか。ヒサラちゃんはなかなか鋭いね。そのとおり、わたしはちょっと大げさに振る舞っているところがあるかもしれない」

 腕を組み唇に指を当てながらリオが続ける。

「別に何かを演じているわけじゃないんだけど、自分の立場を楽しんでいることは否めないね。ご要望とあらば変えることはできるよ。こういう風にね……そりゃー!」

「ひゃっ!?」

「シズちゃんはあったかくて気持ちいいなー。お肌もすべすべだし。良いもの食べて育ったからかな、ふへへへ」

「リ、リオさんこんなところで……恥ずかしいです……」

 突然のスキンシップに話していたヒサラも傍で聞いていた俺とカイも呆気にとられる。

「シラセ、これ見てもいいやつか? 目ェ閉じなきゃダメなやつか?」

 慌てるカイが俺に判断を仰いでくる。そういえばこいつ、アイザでも受付嬢の悶える姿に動揺していたな。もしかするとそういう耐性は低いのか?

「仲間をいかがわしい目で見るな馬鹿。二人もいちゃいちゃしてないでさっさと離れて」

「いでっ」

「えー、せっかく盛り上がってきたのに」

「うう……」

 ヒサラはカイの頭を軽くと叩き、くっついている年上の二人を冷ややかな目で睨んだ。シズに至っては全くのとばっちりで、生気を吸い取られたようにしなびている。

「はあ……リオさんはそのままでいいわ。祝福もシズ姉みたいに大人になってから気付くことだってあるし、今考えることじゃないわね」

 ため息をつくヒサラをリオはニコニコしながら見る。

「ありがとう。ヒサラちゃんもぎゅーってする?」

「するわけないでしょ……」

 

 ***


 クロセドに到着した俺達を待ち受けていたのは雪国の光景だった。

 人々はみな一様に厚手の外套を身に纏い、白い息を吐きながら鼻を赤く染めている。空から落ちてくる牡丹雪は水気を多く含むため、濡れるのを防ごうと毛糸の帽子が街に溢れる。

 地面に落ちた雪は溶けることなく積もり続け、まるで泥濘のように足を取られてしまう。雪かきされた道でさえ、踏み締める者がいなければすぐにまた白く覆われる。

 雪の影響は建物にも現れている。周囲の景色とは裏腹にウアルはもともと火山地帯だったらしく、黒みを帯びた加工しやすい石がよく採れるそうだ。その石を建材として活用し、雪の重みに家屋が軋まないように屋根を尖らせているため、街全体から峻厳な雰囲気が感じられた。

「うちは年がら年中雪が降ってましてね、生まれて最初に見るのが雪なんて冗談もあるぐらいでさァ。あんたらも凍え死にしないよう注意した方がいいですぜ」

 そう言ってホットミルクを渡してくるのは街の入り口に面したレストランの店主だ。

 王都でササキ氏から聞いたのは、クロセドは黒示教に支配されても何ら変わりなく機能しているということだった。俺達が到着するまでに第四小隊がすでに見つかっている可能性は考慮していたが、少なくとも街の入り口でいきなり検べられることは無かった。むしろ最初に声をかけてきたのが目の前にいる店主だった。

 店主は赤茶けた髪が顎髭まで繋がったおっさんで、まるで達磨のような風貌をしている。ちょうど店の前を雪かきしていたところに俺達の姿を見かけたらしい。寒さですっかり体が冷え切っていた俺達は、罠かもしれないと警戒しつつ店主の招きに応じた。

「私達、この街に来るのは初めてなんです。こんなに雪が降るなんてびっくりしました」

 シズが窓の外を見ながら店主に言う。

「昔はちゃんと四季もあったみたいですけどね、今じゃ晴れる日なんて数えるほどですぜ。お客さんらは何しにここまで?」

「観光です。こちらには立派な聖堂があるとお聞きしたものですから」

「お客さん、気が早いですねェ。聖堂ならまだ建設中じゃないですか」

「……え?」

 店主の言葉にシズが固まる。二人の会話がどこか噛み合っていない。

「建設中の聖堂を見物できるなんてなかなか無いですからね。ほら、わたしたちは生まれた時から完成したものばかり観てきたから」

 シズに代わってリオが会話を引き取った。

「ちなみにその聖堂はどこに建てられているんです?」

「それならぶっ壊した異教徒の建物の目の前ですぜ。こっから道なりに行きゃ見えてきますよ」

「ふむふむ、ありがとうございます。なら、わたしたちもこれを飲んだら行くとしようか」

「そうだな。夜になる前に一度見ておきたいし」

 リオの目配せに努めて平静に応じると、そのまま店主は他の客に呼ばれて戻っていった。俺達は聖堂の件に触れないよう当たり障りのない会話をして、しばらく経ってから店を出た。

「あっはっは、いやー危なかったね」

 雪を踏み分けながらリオはからからと笑う。

「あの店主、異教徒の建物を壊したって言ってたわね。つまり神教の聖堂はもう存在しないのかしら」

「行けば分かるんじゃね? ちょっとぐらい寄り道してこーぜ」

 ヒサラに続き、カイも帽子を深く被り直して言う。三人は連れ立って街路を進んでいく。

「シズ、大丈夫か?」

「……はい。リオさんに助けてもらわなかったら、うっかり変なことを口走っていたかもしれません。さすがです、リオさん」

「仕方ないさ、まさかぶっ壊しているなんて思いもしなかったんだから」

 リオの後ろ姿に羨望の眼差しを向けるシズに気休めの言葉をかける。

「俺達も行こう。その壊された聖堂と、新しく建設中の聖堂とやらに」


 ***


「すげー。ほんとにぶっ壊してんな」

 レストランを出てしばらく道なりに歩いて行くと、特徴的な形の二つの建物が見えてきた。それらはぐるっと家屋に囲まれながら屹立しているが、どちらも完成形とは程遠い。片方はまさしく完成に向かって建設が進められているところ、そしてもう片方は完成したものが破壊されたところだ。

 黒示教と神教の聖堂は、クロセドにおけるそれぞれの宗教の現状を物語るかのように向かい合っていた。

「ひどい……」

 シズが神教の聖堂のなれ果てを目の当たりにして口を手で覆う。神教の聖堂はいくつかの石柱と壁以外ほとんど残っていなかった。オリヴェルタでも同じような光景を目にしたが、それは時間の経過とともに自然と廃墟になっただけでまだ趣は残っていた。クロセドの聖堂は人の悪意によって破壊された分、見るも無残な姿になっている。

「……」

 聖堂の残骸をヒサラは無言で眺めていた。俺の視線に気付いたのか、こちらに紅白の双眼を向けてくる。

「なに?」

「いや、別に」

「気になるでしょ。それとも、あたしが笑っているとでも思った?」

「それはまあ、ちょっとだけ思った」

「……あながち間違いじゃないわ。壊されたって聞いてどんな無様な姿になってるのか期待したのは事実よ。でもここまで酷いのを見たら、なんだかそんな気持ちも失せちゃった」

 ヒサラはまた聖堂だったものに目を移す。

「宗教ってすごいよね。信じるもののためだったら、たとえ歴史的に価値があってもそれまで信仰してたものでも簡単に消し去れるんだから」

 それは恐らく黒示教に限ったことではない。この街では迫害の対象となった神教がそもそも、神の名の下に自らの行為を正当化しているのだから。

「そういう意味じゃ俺達は同類だな。咎人と迷人、消し去られないように仲良くやろうぜ」

「そうね」

 俺の戯言にヒサラは呆れたように笑った。

「しっかし破壊された方はまだ見たことのある形だとしても……これが聖堂か?」

 振り向いた正面に聳えるものを眺めながら俺は首を傾げる。

 この街で感染する黒示教の聖堂は、これまで見た神教のものとは似ても似つかないのっぺりとした四角い箱の形をしていた。ちょうど三階建ての高さに相当するそれは、さながら宗教的な華美を一切取り払ったモダニズム建築のように思える。

「歴史上、黒示教が建立した宗教建築は存在しません。これが彼らにとっての聖堂だとしたら、やはりその在り方自体が神教と一線を画すものと言えるでしょう」

「そもそも黒示教自体が神教の否定から始まったものだからね。神教の建物と全く違う様式になるのは理に適っているよ」

 シズとリオの助言のおかげで疑問が少しずつ解消されていく。そうは言っても黒示教の聖堂がコンクリートのビルに見えることは否めない。組まれた足場には作業員と思しき人影が見え、まさにマンションの建設現場のようだ。

 聖堂の建設風景を眺めていると、入り口に相当する場所に人だかりができ始めた。

「ヒサ、何やってんだあれ?」

「説教が始まるのよ。まだ聖堂が完成してないから外でやるんじゃない?」

 ヒサラの言うとおり、人だかりの中心には黒いローブを身に纏った人物が見える。

「ちょっと聞きに行ってみる? 黒示教の説教がどんなものか少し気になるんだよね」

「でしたら私も……」

 興味津々のリオに応えるようにシズも名乗りを上げる。シズは神教の聖堂が破壊されたことにショックを受けていたはずなのに、好奇心の方が優ったらしい。

 アイツォルク卿の下で働いていた時は言わずもがな、ロフェルで出会った時と比べてもシズは神教に固執しなくなったように思える。〝不死〟を自覚した時から心境の変化があったのか。そもそも咎人や迷人と旅をしていれば考え方も変わるか。

「……行くなら二人にして。あまり大人数だと怪しまれるわ」

「そうだね。じゃあ行こっかシズちゃん」

「はい!」

 ヒサラの忠告を聞いて、リオはシズを引き連れて人だかりに向かっていた。

「カイ、一応警戒だけはしておいてくれ」

「うい。まーリオさんがいりゃ大丈夫じゃね?」

 そう言いつつもカイは佩した木刀に手を添える。その隣でヒサラは帽子についた雪をはたき落としながら、

「あの二人、意外と似てると思わない? 最初は正反対に見えたけど」

「まあ確かに、そう思わなくもないが」

「なにその曖昧な返事。女たらシラセさんにとってはどうでもいいってこと?」

「なんだそのあだ名……」

「情けないぜ、たらシラセ」

「止めろ、マジで止めてくれ」

 カイとヒサラに揶揄われながらも心の中でリオとシズの性格を比べていると、俄に説教の人だかりが騒がしくなってきた。小さなさざめきが次第に叫び声に変わっていく。

 するとその人だかりが二つに割れて、その間を大小幾つもの材木を持った男達が歩み出てきた。その背後にはボロ布を纏う鎖で繋がれた壮年の男女の姿が見える。人だかりから聞こえる罵声はこの男女に向けられているらしい。その一行が向かう先は俺達のいる神教の聖堂跡だ。

「退きましょう。嫌な予感がする」

 ヒサラに引っ張られながらその場を退散する。ヒサラの予感どおり、男達は聖堂跡まで来ると持っていた材木を縄で組み始めた。

「うえっ……あいつらやる気かよ」

 カイが嫌悪の表情でその作業を眺める。

「やる気? それってまさか……」

「ええ、そうよ」

 ヒサラもこれから行われる出来事に忌避の視線を投げかける。

「火刑、火あぶりね。この時代に見られるなんて滅多に無いわ」

「……!」

 次第に組み上がる木台の中心に立つ、他よりも長く太い材木。それはちょうど人の背の高さを少し超えるぐらいだ。足元にはいくつも藁や小枝が敷かれていく。火を放てばこの雪の中でもさぞ勢いよく燃えることだろう。

 その工程を間近で見ていたボロ布の女が地面に嘔吐する。汚いものを撒き散らすなと殴られそうになるところを、同じくボロ布をまとった男が庇う。

 やがて完成した火刑台に男女は縛り付けられる。その間にもボロ布の男はひっきりなしに叫んでいる。目を覚ませ、黒示教なんて間違っていると。しかしその声は火刑台を取り囲む群衆の罵声によりかき消される。

「……行こう。こんなの見るべきじゃない。シズとリオはどこだ?」

 醜い光景に耐えかねて目を背けると、先ほど説教の行われた場所から少し離れた建物の陰に二人が立っているのを見つけた。ただ、その様子は少しおかしい。

「シズ! リオ!」

 声をかけつつ近寄ると、リオがシズの背中に手を添えている。

「シズちゃん大丈夫? ちょっと座れるところを探そうか?」

 リオの気遣いに対してシズは口に手を当ててふるふると頭を揺らすばかり。

「リオ、何があった?」

「分からない。一緒に説教を聞いて、その時にはもう様子がおかしかったんだけど、あれを見たら急に怯え出したんだ」

 リオの言うあれとは今まさに始まろうとしている火刑のことだろう。そして俺達にはシズが動揺する理由に心当たりがある。

「落ち着けシズ。あれは黒示教の連中に操られているだけで自発的にやっているわけじゃない。さあ、ゆっくり深呼吸するんだ」

 リオと一緒にシズの背中をさする。その間にも、アイツォルク卿の邸宅で話してくれたシズの過去が頭に浮かぶ。

 火刑をシズに見せないよう、俺達はその場所から離れることにした。どこかの飲食店にでも入ろうと思ったが、公開処刑を見物しようと客がひっきりなしに出入りしているせいで落ち着けるような雰囲気ではない。

「もう……大丈夫です。ありがとうございます……」

 仕方なく裏通りの空き地に避難すると、シズが小さな声を漏らした。

「ごめんよシズちゃん。わたしが誘ったばっかりに」

 その様子を見てリオが肩を落とす。

「いえ……リオさんのせいではありません。私がついていったのがいけないんです」

「でも、わたしも……」

 弱ったシズと弱るリオがお互いに自らの非を悔いていると、

「二人ともそれくらいにして。説教からそのまま処刑が始まるなんて思わなかったんだから、どっちが謝っても仕方ないわ。あとシズ姉が体調を崩したのはそれだけじゃないでしょ」

「黒示教がなんかしたっつーことか?」

「カイにしては冴えてるじゃない。言ってしまえばそのとおりよ。シズ姉は黒示教の〝群像〟にあてられたの」

「なるほど、説教の場だからか」

 共通化した価値観を増幅させる〝群像〟にとって、説教の場はまさにうってつけの環境だ。

「ごめんなさい。あたしは気付いてたのに、二人なら大丈夫って甘く見てた」

「いや、その見立ては正しいよ。実際にわたしはシズちゃんと一緒だったおかげで影響を受けていないわけだし。むしろわたしこそ、相手の祝福に考えが及ばなかったのは不覚だった」

 ヒサラとリオが互いに詫びると、それを見ていたカイがため息をついた。

「今度はお前らが謝ってんじゃねーか。つーかなんでシズさんは駄目でリオさんは平気なんだ?」

「元々の信心が影響しているのかもね。わたしはそこまで宗教に熱心じゃなかったから……。あ! この発言は別に教義を否定しているわけじゃないよ」

 カイの疑問に答えたリオは大袈裟に両手を上げて弁明のポーズをとる。

「それは置いておくとして、確かに信心の強さがそのまま〝群像〟への影響されやすさに繋がるってのは一理あるな。信仰の対象が置き換えられただけだし」

「じゃーオレたちは絶対かかんねーな、にひひ」

「いやいやカイくん、そうとも言い切れないんだよ」

 余裕ぶったカイにリオはかぶりを振った。

「さっきの説教を聞く限りだとね、黒示教は咎人も、そして迷人も区別しないみたいなんだ。それは神教の汚点とさえ言っていた」

「ほー……ん? それってオレたちにとっちゃ良いことじゃね?」

 カイは同じ咎人であるヒサラと、同じく迷人の俺を交互に見る。

「だ……駄目です! カイくん達が異教徒にむぐっ!?」

「シズちゃん、しーっ」

「それだけ聞けばあたし達にもシラセさんにも悪い話じゃないわね。この街だってあれを除けば普通に機能してるわけだし」

 リオに口を押さえられたシズに代わってヒサラが会話を繋ぐ。遠くからは薄気味悪い歓声が聞こえてくる。

「辿ってきた道が違えば、あたし達がこの街で黒示教の信徒として活動していた可能性だってあるわ。でも……」

 そう言って、ヒサラはその目を真っ直ぐシズに向ける。

「でも、あたし達はシズ姉についてきた。なら立場はシズ姉と同じ」

 その言葉はどんな宗教的な教義よりも俺の腹にすとんと落ちた。

「ひはひぁん……」

「敵わないね、ヒサラちゃんには」

 シズと、シズの口を押さえるリオも顔を綻ばせる。その中でカイはただ一人腕組みをして首を捻っていた。

「あれ? そーいやなんでオレたちシズさんについてってるんだっけ?」

「それぐらい覚えておきなさいよ馬鹿……」

 こめかみを押さえて漏らしたヒサラのため息が、空気を白く染め上げた。

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