天使の波紋とその囁き〜ある特定の言葉に関する記録。

深海かや

大野真理亜の手紙とその痕跡。私について。

 拝啓、親愛なるあなたへ


 この手紙は、私が話したことを後に看護師が書き記したものになります。本当はあなたへの手紙なのですから、それは勿論私自身の手で手紙をしたためたかったのですが何分私は両腕を拘束されているのでそれは叶いません。どうかお許し下さい。



 雪が降ると、あなたは咲きます。

 でもそれは、逆に言うと雪が降らなければあなたが咲かないことを意味します。時々思ってしまうのです。私は、虫なのかもしれないと。まだ蕾にすらなっていない植物の茎に止まりながら、いつか花開くと信じて待つ間抜けなみつばちか何かの虫のようだと。

 

 もしかしたら同族嫌悪なのかもしれません。真夏の、今年の夏の、けたたましく鳴く蝉の産声がひどく耳障りで、一匹残らず雪に閉じ込められてしまえばいいのに。そう思ってしまいました。でも実際は、閉じ込められているのはこの私。四方は白い壁に囲まれ、そのちいさな部屋の中にはベッドが一つと鉄格子がはめられた小窓しかありません。ああ、これは何度もお手紙に書かせて頂いたことでしたね。すみません。


 似たような話を繰り返してしまうのは、私の病気の兆候が良くない証拠だと以前医師に言われていたことを思い出しました。その事自体を、こうして手紙に書かなければ思い出せない程に私の身体は良くないのかもしれません。部屋の小窓からぼんやりと外の景色を眺めている時、食事をしている時、いつも私の頭の中にはあなたがいて、あなたの事ばかりを考えています。なのに、それなのに、あなたは一向に応えてくれない。季節は冬だけではありません。春や夏、それから秋も、私はどの季節もあなたからの返事を待ち続けているのです。


 昨日は雪が降ったと看護師の女性に聞きました。だからきっと、あなたは近い内に返事をくれる。そう思い、この手紙を書きました。どうかお願いします。もうそろそろ、私を迎えに来てください。


真理亜


──────────────



 これから記述するのは、一年前まで弊社に所属していた大野真理亜おおのまりあが独自に取材し記録したものである。そして、先述した文章はつい先日彼女が何者かにあてた手紙である。彼女は現在、都内にある◯◯◯◯◯病院の閉鎖病棟に入院中だ。彼女は本件に関わったせいで心に深い傷を負ってしまったのだ。


 私と彼女は、都内にあるちいさな出版社(これから先はS社と記述させてもらう)にて世間一般でいうオカルト、都市伝説や心霊現象を取り扱う雑誌に心血を注ぐライターだった。特に彼女は、どんなちいさな事象や事件にもそれに匂いを感じれば我先にと取材にいく、そんな熱意を持った女性だった。私は彼女の直属の上司にあたる立場だったが、そんな彼女の姿勢に尊敬の念を抱いていた。彼女が「取材に行ってきます!」と言えば、私は「行って来い」と笑顔で送り出したものである。


 だが、結果彼女はこうなってしまった。どうして助けてやれなかったのか、なにか自分に出来る事はなかったのか。彼女がこうなってしまってからというもの、私は自責の念に駆られ続けている。代われるものならば私が、と何度も何度も空を見上げ神に祈ったものである。


 ふざけるな、と何度壁を殴りつけたろう。どれだけ奥歯が擦り減るまで噛み締めたろう。


 二度とこのような悲劇を起こしてはならない。


 この呪いの波紋を止めるべく、私は今筆を取っている。二度と彼女のような目に合う人は生まない為に。そして、敬愛する彼女の意思を継ぐ為に。私はありとあらゆるメディア媒体に彼女の取材記録を公表することを決意した。


 あなたは今、どこの海にいるのだろう。雑誌だろうか、それともSNSだろうか。特に、このあまりにも広大なネットの海で私の記事に辿り着き、今読んで下さっているあなたには心から感謝を贈りたい。よくぞ見つけてくれたと。そして、よくぞ手にとってくれたと。どうか全てに目を通して欲しい。そして、最後に記述した私なりの考察をしっかりと胸に刻みこみ、答えを導き出せた者がいるならばそれを提示して欲しい。私には答えを見出すことが出来なかったのだ。これは、天使という名の呪いなのか、あるいはその存在そのものなのか。

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