第6話 基地



 午後十時、ヨットハーバー『パシフィック』

 

 シーバが叫んだせいと変な時間に寝てしまったせいで目が覚めた他の娘たちを集めて、改めて自己紹介し合ったり太ももに乗せた幼い子の話しを聞いてホッコリしたり、またおチビちゃんたちのまぶたが重くなりそうなころ、備品庫にあった花火セットでささやかながら花火大会を開催。のどさくさに紛れて私ひとりは離席。遥か上から監視している連中は目をシパシパさせてるかしら。


 ヨットハーバーの関係者専用駐車場に駐めてあった四駆をパク……、拝借してドライブ。寡黙な職人タイプだけど、ペットボトルの蓋を開けるくらい簡単にドアロックを外すシュヴァインことボア兄さんも地味にヤバい。プフェートことプー兄さんがソフトウェアならボア兄さんはハードウェアに強い。二人が組むと大抵のセキュリティは突破されてしまうという。


 『といっても流石に軍の、しかも他国の軍のセキュリティは無理だな』

 「そう? 兄さんたちならイケそう」

 『一%は可能性があるかもだが、そんなものは勝算とは呼ばない』


 真っ赤にテカるボディって趣味じゃない車のステアリングを握りながら通話中。

 家の外なのに手ぶらで話す人は不審者? そうよ、今の私は工作員という不審者です。


 「一%もあったら軍からすると大問題なんですけど」

 『チャレンジしたくもないな。しかし、どんなに強固なセキュリティだろうと結局運用するのは人間だから、ヒューマンエラーは起こる。起こせる。一%にかけるより楽だ』

 「だから狙い目はダメ隊長ね」


 プー兄さんの作戦はスマートだけどメンドくさい。あと先日の国境突破と同じ匂いがするのよね。肩透かしにならないよう肩の力を抜きましょ。


 『前回はダメ隊長に私の作戦を潰されたからな。今回は逆にそのダメな部分を利用してやる、クックック、俺も日々成長するのだよ。有識者たちの助言も受けて人の心理に長けてきた気がする。興味ないが』


 その有識者って愚民と呼ぶ猿百匹のこと? 失敗する前提で動こうっと。

 頼んでもないのに目の前に私にしか見えないホログラムっぽい映像が。


 「ちょっと、エクステンションEシナプスSに音声以外も送るの止めて。運転中よ」

 『ハッ、お前がその程度で事故るか』


 今回のターゲット、ダメ隊長の上半身が縦回転。何故に縦? 事故の確率上げようとすな。


 『西区イェジュー沿岸防衛航空基地司令、第五守備中隊隊長、イレグイ・フォン・フィッシャー准佐四十三歳バツイチ、嫁と毛根に捨てられたアル中だ』


 基本ダメ男は酒に溺れるのね。分かるけど。貴族のくせに家庭の立場が弱い? そうよ。妻も貴族だから普通にパワーバランスは女も強いわよ。ここが古代の貴族との決定的な違いかしら。所詮男尊女卑って宗教が原因の偏見だし、宗教が廃れたら自然消滅ね。父と子と聖霊とって母を無視するなら宗教間に合ってまーすてドアバタンよ。


 イェジューなんとか基地はヨットハーバーから五十キロメートル離れた隣りの行政区にある。ハイウェイとばせばすぐね。ココはいわゆるスクランブル基地。国境の海を挟み、エクス王国側が麻薬取り締まりの船や偵察機を飛ばし、領空領海侵犯してきたらコリアンテ王国側も戦闘機を飛ばして警告する。

 アッチの隊長がアレだったことからも分かる通り、コッチの隊長もアレ。互いに緊張感はなくじゃれ合っているだけ。ただし、コッチ側の上はそう見せかけて破壊工作頑張ってるみたいね。国なんて大集団のすることはイチイチ複雑になる。


 『この隊長は現在基地から五キロメートル離れた町の酒場で呑んだくれている。驚くべきことに、勤務明けではなく勤務前だ。とーせ深夜は暇だから、というつもりか』

 「平和続きの国や軍はしょーがないわ。特に軍属の貴族は落ちぶれやすいの。身分の壁のせいで下士官までしかいけない優秀な庶民の部下にフォローされて、変に性格が歪むのよ」


 多分その基地にも、実質仕切っている庶民がいると思う。百戦錬磨の万年軍曹が新人の教育をしたり、実質副官の立ち位置にいるパターンが多い。社会に出て何年経っても学歴引きずる人が低学歴の人に仕事で差をつけられてグヌヌ、みたいな。実力とプライドが釣り合わない貴族は軍に来ないほうがいい。戦闘力に学歴関係ないのよ。まぁ戦闘力も学歴も貴族はズルしてるんだけど、人望はさらに関係ないからなぁ。


 「それで、私はその酒場に行けばいいのかしら」

 『ああ、口説こうとボコろうと方法は任せるが、しばらく端末を奪え』


 わお、隊長命令捏造ってこと? 


 「確かに軍のセキュリティ突破より楽そうだけど、端末経由とはいえ司令官権限ってホイホイ使えるものなの?」

 『お前、異常に肝が座っているから大丈夫だ。なんなら今日から司令官の辞令を受けて隣国から赴任しました、とか基地に行って挨拶しても拍手で迎えられるはず。堂々としてろ』


 その基地終わってるわよ。いや待て。先日の隣国の通信が頭をかすめる。まさかありえる……、のか。


 午後十一時、バー『酔っパラッパラッバー』


 ギリ村を超えた程度の町の寂れた酒場。看板のライトが一文字欠けてなんだかパチンコに近い危険性を感じる。土埃が舞う空き地に車を駐めて、私はスイングドアを押して店内へ。

 今の格好は軍服ではなく普通のワンピース。白を基調にベージュを重ねてオフホワイトのスカーフにレースの袖がお嬢様。ワンポイントに月桂樹(花言葉・裏切り)のコサージュ。

 ターゲットは……、いた。カウンターで背を丸めてチビチビ飲んでる。


 「あの、ウチはドレスコードないですよ」


 バーテンダーの遠慮気味な声を無視して隊長に近寄る。口説くかボコるか任せる? ボコる一択だろって副音声を乗せて半笑いしただろカッチーンよ。ロン毛バケーションに溺れるほど大人の色気を浴びやがれ。


 「隣り、よろしくて?」

 「うおー、おっぱゴブぉ」


 流れるようにツルツルの側頭部を掴んでカウンターに叩きつけてしまったイッケネ。白目剥いてぐっすり眠ってるからいっか。


 「酒場に喧嘩なんて日常茶飯事ですけどね、最速KOの記録更新ですよ」

 「あらいやだわ。この人飲みすぎて態度と頭と顔が悪くて私の気分が悪くなったから介抱してあげただけよ」

 「それ一言でボコるって言います」


 流石数多の客の話し相手になってきたであろうツワモノ。返す刀の切れ味鋭いわね。

 もう手はでちゃったしとりつくろうのもメンドイ。泡吹いてる海坊主の懐を探って端末ゲット。私の端末を近付けて、あとはプー兄さんが上手くやってくれるだろう。


 「あのー、その人威張ってて全員から嫌われてはいるけどお貴族様の軍人だからソレはまずいですよ」

 「心配いらないわ。この人上官の悪口メールの履歴を本部に流されて近日中に毛根以外の全てを失うから」

 「貴女よくそんな邪悪な言葉を思いつきますね」

 「どれだけ遠回しに敵を叩き潰すか。これが本物のお貴族様よ」

 「最速KOって言いましたよね」


 『オーケー、乗っ取って仕込みは済んだ。基地に向かえ』


 「お騒がせしたわね。(チャラリラリーン)釣りは結構よ、みんなで飲んで」

 「「「ネーチャンおっとこまえー」」」

 「うっわその人の端末で……、ありがとうございました」


 情報と有り金抜かれた端末は男の頭の上に返して酒場を出た。


 セキュリティはもう……、どうにもならないわね。

 ネットは多分四種類くらいある。多分というのは秘匿されたものもありそう、というか絶対あるから。


 最も公のネットは誰でも匿名で利用できる、いわゆる原初のネットのままだけど、PCに詳しい人なら個人を特定することが普通に可能になってしまい、まともな人は気安く使えなくなった。シーバのような環境で腐ってしまった、失うものは何もないと開き直る庶民が利用者の大半を占める。メリットは無料、デメリットは民度が終わってる。俗に闇掲示板と呼ばれる。元ネタは違うらしいわね。そんな詳しいところまでは知らない。


 これを生配信とすると、加工した動画を提供するネットが広域タイプになる。ネットと呼ぶのが適切かは微妙だけど、分類上はそうなっている。これは惑星の外との交流に使われる。


 ワープ技術はあるけど、好きなだけ遠くいつまでも低コストで使えるほど進歩はしていない。つまり一瞬で誰とでも繋がる通信は惑星上が限界。他の惑星はともかく星系になると、今日一日のネットの情報を保存して届ける宅配システムになる。星系間は近くても光の速さで数万年、宇宙は広い。ただし生配信ではなくなったから、変なモノの混入は相当除外できるというメリットがある。今から中傷コメントを送っても録画された配信者の顔色は変わらない、そのくせ中傷した人は逮捕できる、ということ。おかげで民度は高め。アレよ。隣り合う国って大抵仲が悪いけど、すんごい離れてたら尊重し合える。


 結局のところ、いつでも誰とでも繋がるシステムが脆弱なの。仮想空間に共用ルームがあるとして、鍵どころか扉もない、いつでも誰でも空き巣し放題だから防ぎようがない。セキュリティ用のアプリをインストール、という方法は最初からあって今でもバージョンアップを続けているけど、そのアプリすらいつでも誰とでも繋がっていることに変わりはないから脆弱なの。


 この問題に力技で対処するのが、闇掲示板とは別の回線で作られた身分登録必須のネット。匿名性は保たれているけど、警察や裁判所などの公権力には筒抜けだから問題は起こせない。セキュリティに関しては、空き巣が怖いなら一人一人が自分だけを守ってくれるガードマンを雇えばいいじゃない、て発想。このガードマンは本当にプロのホワイトハッカーの場合もあるけど主に企業とか大富豪の類いね。普通は自分用にカスタマイズされたプログラムのこと。お貴族様がネットと言ったら闇掲示板ではなくコッチのほうを指す。デメリットは有料、公権力の悪用がありえる不安。値段はガードマンの質による。当然の如く庶民からはマリーと呼ばれる。あんとわネットじゃねーよ。


 それでもまだ安全ではない。ガードマンを倒すハッカー、正確にはクラッカーだが必ずいる。軍人お貴族様仕様の端末ですら中身が簡単に抜き取られたように、いつでも誰とでも繋がる環境は弱すぎる。端末を落としただけなのに? 黎明期から未だに落としたら終わりやね。


 その問題に対する答えが四番目のネット。エクステンションシナプス、略してES。発音はエクステ。昔の何かと被ってるらしいが知らんなぁ。落として終わりなら身体に埋め込めばいいじゃない。


 端末がてのひらサイズなのは他人に端末を使っているアピールをするためであって、技術的にはとっくにナノマシンまで小さくできる。それを身体に移植するわけ。見た目の変化は分からない。普通は利き手ではないほうのてのひらに処置する。病院で注射される以外、なにをどうするのかは私は知らない。バイオテクノロジーがうんたらかんたらよ。


 端末いらなくね。中身のないガワを端末に見せてエクステ使えばいいじゃん。て思うでしょ? あのさ、万が一、億が一でも、自分がハッキングされる可能性を無視できる?

 エクステは安全だから大事なモノは全部身体にしまおう、はヤバいのよ。どんなに技術が進んでも、人の悪意は上回る。


 具体的にはエクステは他のネットに直接接続できない、というか危ないからしない。PCや端末がウイルス汚染って今でもよく聞く話だし。悪意がなくなることはない。一対一の通信専用って立ち位置で、相手は人以外に機械のパターンもある。


 さっきからのプー兄さんとのやり取りもエクステ。端末経由であちらから送られたデータは頭の中で聞こえたり見えたり。私のほうは声を出して答えている。兄さんもあっちでは声を出している。心の声が垂れ流しって技術的に無理だし出来たとしても最悪でしょ。数回のやり取りで人間不信になるわ。


 乗り物もエクステを利用する。しなくても運転できるけど、制限がかかる。特に兵器関連はエクステなしは無理かな。私はほぼ戦闘コレのためのエクステだし。武装やレーダーの切り替え、情報の取捨選択は思考シンクタップと呼ぶ脳波で行う。


 私の場合は左手が、端末や操縦席の近くにあれば接続される。

 あの隊長は司令官として重要な命令を下す際に基地の何かに接続する。ミサイルのスイッチが身体に入ってるイメージでいいかしら。

 他に聞いた話として、限定メンバーのみが利用できるメタバースもエクステを使うらしい。電脳空間に意識だけを飛ばしてアバターでおしゃべり。心の声で? 胡散臭い都市伝説ね。


 「それで兄さん、そろそろ基地だけどどうしたらいい? まさか司令権限乗っ取って本当に私の身分が司令に変わってる、とかじゃないわよね」

 『そこまでは出来んさ。が、結果として同じことなら出来る。さっきも言った。堂々としてろ』


 騒音で怒られないよう辺鄙な海岸近くにポツンと佇む基地に配属されているのは中隊。戦闘部隊百八十名に支援部隊七十名、非戦闘員のスタッフが数名ってとこの小さな基地ね。ほぼ全員顔見知りってこういう場所のほうが潜入は難しい。


 軍全体で情報の共有がされていない。つまり西区の一都市を攻撃する作戦も、そこに至るウッドストック家がどうのといった話も知らない部隊がたくさんあって、ここもそのひとつ。てか大きな声で言える作戦じゃないしね。


 イェジューなんとか基地のゲートに車をつける。前は遮断器が下りていて通せんぼ。運転席(左ハンドル)のウィンドウを下ろして詰め所を伺うと、目の前とその後ろに立つ二人の兵士が大口を開けた。


 「あ、あ、あ、あぁ……」

 「壊れた音声データのモノマネ流行ってるの?」


 ツボがまったく理解できないネタってあるわよね。

 兵士は下にある何かのスイッチを押したっぽい。私の角度からは見えないけど、雰囲気から察すると警報? 読みを誤ったかぁ、ここから実力行使は骨が折れそう。とか思ったら基地内に響くハウリング。キーンてうるさい。


 「やべぇーーーー、みんなーーーー、マジに来たぁぁぁぁ」


 もっとうるさい。一拍遅れて狭い基地全体に轟く歓声。サッカー代表がゴール決めた?


 「なんなの一体、悪いけど簡潔に説明欲しいわ」

 「はいっ、これをどうぞ」


 検問兵が端末を私の顔の前に突き出した。今朝も同じことされたような。



          関係者各位


 西区イェジュー沿岸防衛航空基地、第五守備中隊隊長

 イレグイ・フォン・フィッシャー司令官


 ワタクシ、イレグイ・フォン・フィッシャー准佐は栄えある貴族籍に名を連ねる立場でありながら、連日飲酒しては職場に赴き、部下にパワハラ、女性職員にセクハラ、業者に賄賂を求め、射撃の的に上官の写真を貼り、マフィアに武器の横流しなどなど、およそ数え切れないほどの悪事に手を染めて参りました。証拠は下のリンクから飛んで下さい。穴だらけの写真はお気に入りフォルダのほうです。

 こんな下劣なワタクシではございますが、本日出勤前の酒場にて、お忍び観光中らしきあのブルーエンプレスを見かけまして、甚だ恐縮ではございますが「しれいかんミサーイル」と腰を前後に振りながら飛びついたら真空飛び膝蹴りのカウンターで意識を飛ばされまして、衆人環視のなかコリアンテの恥コールを浴びて全裸土下座の頭を踏まれて猛省イマココでございます。

 お察しの通りワタクシはもう破滅です。いっそ清々しい思いです。もっと早く弾薬庫に火をつけて全員道連れに、いやなんでもないです。

 お詫びというほどのことでもありませんが、ブルーエンプレス様に一日司令官の権限を渡しました。

 あらゆる責任はワタクシが冥土の土産に背負って逝きます。皆様も好きなだけデリバリーを頼んでワタクシの名でつけて下さい。ささやかな罪滅ぼしになれば幸いです。

 アディオス、もうどうにでもなれ。

                      かしこ


 「というわけで、どうぞ司令官殿」

 

 遮断器が上がった。そっかー、ありえたかぁ。


 


 

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