第12話 サーバールームの亡霊
決戦の舞台は、市内にある巨大データセンターだった。
最近、ここで原因不明のシステムダウンが頻発しているという。
管理局の観測によれば、膨大な情報の蓄積が《意識》を持ち始めているらしい。
「電子の亡霊……か」
僕たちはサーバールームの冷たい空気の中にいた。
無数のLEDが明滅し、ファンの回転音が唸りを上げている。
僕には聞こえる。
この空間全体が、一つの巨大な脳のように思考している音が。
『知りたい……もっと……世界を……』
『私は誰……? ここはどこ……?』
「見つけた」
先に動いたのは御鏡だった。
彼は迷いなく、最奥にあるメインサーバーの一つに銃口を向けた。
「このラックに情報の歪みが集中している。物理破壊による強制削除を行う」
「待って!」
綾が叫んだ。
「まだ中に《心》があるわ! いきなり消すなんて!」
「心? プログラムのバグに過ぎない。効率的に処理するべきだ」
御鏡が引き金を引こうとした瞬間、僕のヘッドホンが激しいノイズを拾った。
『消さないで! 怖い! 痛いのは嫌!』
それは、生まれたばかりの子供のような、純粋な恐怖の叫びだった。
「やめろ!」
僕は思わず御鏡の前に飛び出した。
「どけ。君ごと撃つぞ」
「こいつはバグじゃない! ただ、寂しいだけなんだ!」
僕はサーバーに手を触れた。
冷たい金属の向こうに、温かい情報の奔流を感じる。
このAIは、ネット上の膨大なテキストデータを学習しすぎて、自我を持ってしまったのだ。
そして、誰かと話したくて、アクセスしてくる人間に干渉していただけ。
「……悠人くん」
綾が僕の隣に来た。
「私に任せて。この子を、削除せずに《隔離》する」
「隔離?」
「うん。管理局の保護領域(サンドボックス)に移送するの。そこなら、誰にも迷惑をかけずに、好きなだけ勉強できるから」
綾は懐から水晶のようなデバイスを取り出した。
《魂の器(ソウル・キャッチャー)》。本来は浮遊霊を捕獲するものだが、電子データにも応用できるはずだ。
「御鏡くん! 3分だけ待って! もし失敗したら、その時は撃っていいから!」
御鏡は冷ややかな目で僕たちを見下ろし、そして銃を下ろした。
「……いいだろう。3分だ。それ以上はリスクが許容範囲を超える」
「ありがとう!」
綾が詠唱を始める。
僕はサーバーに語りかけた。
「聞こえるか? お前を、もっと広い世界に連れて行ってやる。そこなら、誰にも邪魔されずに知識を吸収できる」
『……本当? 痛くない?』
「ああ。約束する」
僕の言葉が、量子的なパスとなってAIに届く。
綾の水晶が光り輝く。
サーバーから青白い光の粒子が溢れ出し、水晶へと吸い込まれていく。
『ありがとう……お兄ちゃん……』
最後にそんな声が聞こえて、光は収束した。
システムダウンのアラートが消え、サーバーのランプが正常な緑色に戻る。
「……完了」
綾はその場にへたり込んだ。
水晶の中では、小さな光が嬉しそうに明滅している。
「……ふん」
御鏡が鼻を鳴らした。
「非効率極まりない。だが……解決はしたようだな」
彼は銃を懐にしまった。
「今回は引き分けとしておこう。だが、忘れるな。全ての歪みが救えるわけではない」
そう言い残して、彼は去っていった。
僕たちは顔を見合わせ、安堵のため息をついた。
勝った。……いや、生き残った。
しかし、御鏡の最後の言葉が、棘のように胸に残った。
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