第9話 神という名の災害(1)

 細かく引きちぎられた布が花びらのように舞う中、白色の霊装をまとったオカルト部の生徒たちは、余裕を持って生き残りのゴースト達を掃討していた。

 少し数が多いとアゲハがゴーストをぶん殴って追加の花びらに変換してしまうのもあるが、陣形の中央に立つ鋼鉄のクモが全方向の生徒を八本の足で援護しているからである。


「少し多いですねっ!」


 部長のマイヤが杖を新体操のバトンのように回転させて複数のゴーストを牽制けんせいしていると、一体を残して汚い花びらに変わる。


「ていっ!」


 残る一体は杖のフルスイングをお見舞いされて、雪のように降り積もっている布の一部と化した。

 いつの間にかマイヤの横に現れていたアゲハが、巫女服にまとわりついていたボロ布の残骸を振り落とす。急にゴーストが減ったのは彼女の仕業だったのだ。


「ふう、助かりましたアゲハさん」


「それほどでも! いやー。それにしても、まさかあのバスが機械式神だったなんて! 何でも自動で凄いバスだなーとは思っていたけど! さすがはボス!」


 機械式神とは、複雑な機構を取り入れた式神のことだ。

 先ほどのような複数目標に対する汎用術の同時使用も可能と強力な代物だが、作成するのには大量の霊的物質が必要という欠点がある。


 アゲハが驚くのも無理はないほどに高価な式神なのだ。


「…………四号は学園の備品ですよ?」


「学校の備品……?」


 謎のすっとぼけ方をする依頼主にアゲハが頭をひねっていると、二人組の生徒が走ってきた。

 急いで来たのか肩で息をしているのは、黒髪の内側を紺色に染めている少女と、桃色巻き毛の少女だ。

 アゲハのサボりを告発した生徒達である。


「アリサさんとヒナタさん。そんなに急いでどうかしましたか?」


「部長。少しアゲハを借りたい」


「何か問題が?」


「大丈夫だよ。アリサは詐欺師扱いしたのをアゲハ先生に謝りたいんだって! 素直さんだね!」


「まあ! それは良い考えだと思います! 仲直りは早いほうがいいですからね!」


 二人の生徒にガッチリと両手を確保されたアゲハは、マイヤから少し離れたところまで連行される。謝りたいという割には怪しげな行動だが、話を信じ込んでいる部長は「積極的ですね!」などと言いながらニコニコしていた。 


「さっきは詐欺師扱いしてごめん。あなたは実力ある霊能力者だった」


「そうでしょう! そうでしょう! 霊能力者・アゲハを今後ともご贔屓ひいきに! 近所の幽霊トラブルから大規模な霊障まで、何でもお任せくださいっ!」


 実力を認められてニヤリと笑ったアゲハは、すかさず次への布石として営業をかける。仕事の最中に次の仕事探しとは勤勉な巫女である。


「うん、友人が困っていたらアゲハをおすすめしておく」


「ありがとうございます! ところで、ですね? 最近は幽霊対策のサブスクサービスも展開していまして」


「へぇ……」


 言葉少なだが悪くない反応に笑みを深くしたアゲハ。

 彼女は巫女服の大きな裾から怪しげな資料を取り出して、怪しげなサービスについて話し始めた。

 実力はあるというのに、営業の下手な巫女である。

 彼女は一人しか居ないというのに、どうやってサブスクサービスを展開するというのだろうか。何でも流行の言葉を使えば良いというものではない。

 彼女のことだから、一人で全ての顧客に対応しようとしているのかもしれないが、あまりに脳筋過ぎる。


「ちょっと待って。アリサは他にもアゲハ先生に伝えておきたいことがあったよね。忘れんぼさんだね」


「忘れてない」


 笑顔のまま成り行きを見守っていた桃色巻き毛の少女が待ったをかける。

 忘れんぼ扱いされてムッとしたアリサは、否定しながら続けた。


「マイヤ部長は学園の関係者であることを隠している……つもり。合わせてあげてほしい」


「えっ……? この依頼を契約するとき、契約書に名前と学校名を書いてたよ?」


「そうだよ。月宮って珍しい名字なのに。それでも部長はバレてないつもりなんだよ。困ったさんだね」


「バレてるって教えてあげないの?」


 アゲハの当然といえば当然の指摘に対して、二人は困った表情を浮かべた。


「言えない。……とても悲しそうにするから」


「きっと、嫌なことがあったんだよ」


「まあ、ボスの名前に触れない方がいいってことね。情報感謝!」


「気にしなくて良い。私のためでもある」


「アリサってば、ツンデレさんだね」


「ツンデレじゃない」


 アリサとヒナタがじゃれ合っていると、会話の中心になっているとは露知らぬ本人が、慌てた様子でやってきた。

 他の生徒達も集まり、困惑した表情を浮かべている。


「大変ですアゲハさんっ! 幽霊を全部倒したのに霧が消えません!」


「むむっ」


 むしろ霧はその濃さを増し、圧力さえ感じさせるほどになっていた。

 額に2本指を当てたアゲハが、ゲンナリとした表情を浮かべる。


「げえー、ちょっと面倒なのが来たかも」


「すみませんアゲハさん。私の霊視では、ぼんやりとしか見えないのですが……。あなたほどの霊能力者が嫌がる相手とは何なのでしょうか?」


「見ない方がいいよ」


「見ない方がいい。ですか?」


「うん。通りすがりの神様が来ちゃったみたい」


 何でもない様子でアゲハがとんでもないことを言うと、ビル街の一角が雑草のように踏み潰された。コンクリート片混じりの暴風が吹き荒れる。

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