お貴族様

 カイテルさんの家に到着すると、私の想像を遥かに超える建物が目に入った。ガイルちゃんを降りながら、私は目の前の建物を凝視し、恐らく今の私の顔はかなりアホだと思う。


 私にとって家というのは村の小屋ぐらいだから、今目の前のような広大な面積に広がる場所だとは一瞬たりとも想像していなかった。


 家なの、これ?


 屋敷?豪邸?はすごく広い。恐らく村の五個分ぐらいあると思う。ただ広すぎて目測できないから、五個分より広いかもしれないし、狭いかもしれない。


 屋敷の玄関まで歩いていくと使用人っぽい人たちがお兄さんたちを出迎えにきた。カイテルさんが金持ちだったのか、確かに金持ちの雰囲気があるわね、家族ぐるみの付き合いだから他のお兄さんもお金持ちなんだろうね、と私は考えながら、カイテルさんとこの屋敷の人たちが話しているのをぼんやりと眺める。全く現実味を感じない。夢かしら、今?


 ガイルちゃんともう一頭のドラゴンちゃんが六人の使用人に連れていかれ、私はガイルちゃんたちに手を振ってお別れした。せっかく仲良くなったから、またいつかこの子たちに会えたら嬉しい。


 カイテルさんが私の手を握りながら屋敷に入り、リオとリアは私の後ろからついて入ってくる。屋敷の中に入ると無駄に広いホールがあった。何のために使うの、ここ?バク転は三十回ぐらいできそうだよ?そのバク転は私にはできないけどね。


 ホールの奥の左側の扉を通ったら長い廊下があった。この廊下の右側は二室あり、左側には庭、庭に通じる階段もあった。


「ここで待て」とカイテルさんが他のお兄さんたちに言って、そのまま私の手を引っ張り、庭に通じる階段を降りて、庭の小さな池に立ち止まる。リオとリアも大人しく後ろからついてきた。


「リーマ、リオとリアと一緒にここでちょっと待っていてくれるか?」


「はい、わかりました」家主にそう言われたら、もちろん問題ない。


「すぐ戻るから」カイテルさんがそういうと、他のお兄さんのところに戻り、廊下にある一つ目の扉に入っていった。


 私は庭を一周見回した。この屋敷の庭はすごくきれいなお庭で、花々がたくさん咲いていて、緑がいっぱいあって、空気がとてもきれいだ。この小さな池では彩りのある魚が気持ち良さそうに泳いでいる。心を落ち着かせてくれるすごく平和なところ。


 カイテルさんを待っている間に私は池の隣に腰を降ろし、庭にいる小動物たちがだんだん私のところに集まり、私とじゃれ合い始める。こんな居心地のいい庭だから、可愛い小さな動物たちがたくさん棲みついているみたい。


 居心地が良すぎて、私は何度も欠伸をした。太陽も暖かいから、瞼が重くなってくる。草の上で横になって眠ってしまいたい。


 ダメダメ。寝ちゃだめ。人様の家の庭で勝手に寝るなんて、おじいちゃんに知られたら怒られちゃう。


 しかしそんな考えは強き誇り高きホワイトウルフには関係なく、二匹のホワイトウルフはもう草花の上で気持ちよさそうに我が庭のように偉そうに寝ていてイビキまで搔いている。


 私は頑張って目を大きく開け、欠伸をしながら小鳥ちゃんたちと遊んでいると、

「リーマ、お待たせ。お父様とお母様に会いに行こう」


 私がうとうとして、そろそろ限界で草花の上で寝込んでしまう頃に、カイテルさんが私とリオとリアを呼びに来た。私は(はっ!)とびっくりして、おかげで目が完全に覚めた。カイテルさんに見られたかな。ちょっと恥ずかしいかも・・・・・・・。


「あっ、はい。リオ、リア、起きて。もう行くよ」


 二匹とも起きて、叩き起こされたことにぶつぶつ文句を唸りながら、欠伸やらストレッチやらして、カイテルさんに手を繋がられた私と一緒にカイテルさんについていき、一つ目の扉に入ると、『うわぉ!』と口に出そうになった。


 部屋の外から見ると扉が二つがあるから二部屋あると思っていたけれど、中に入ると一部屋に扉が二つあるのね?二つ分の部屋だからこの部屋はすごく広くて村の小屋より広いと思う。


 部屋の真ん中に長い長い机が一台あって、椅子が十脚あった。何の部屋なのかわからないけど、広すぎて逆に効率が悪いんじゃないかな。その長い長い机の端っこから扉まで歩くのに時間がかかりそうだわ。村の小屋だったら三歩歩けば台所から玄関まで行けるのに・・・・・・・。


 そして見知らぬ四人の美男美女が優しく微笑んで私を見つめているのに私は気づき、ぶるぶる緊張してくる。いつの間にか手汗がかいた。


「お父様、お母様、叔父様、こちらはリーマ、そのホワイトウルフはリオとリアです。偶然森で会いましたので連れてきました」カイテルさんが満面な笑みでその美男美女に私のことを紹介した。


「リーマ、こちらは俺の父アーロン・メイソン伯爵。ここの当主だ。こちらは俺の母ジョゼフィン・メイソン伯爵夫人。こちらはバロウズ・レンブラント侯爵、マーティスのお父様だよ。こちらはロラン・テレンス伯爵、ジルのお父様だ」


 伯爵!?侯爵!?

 えーーーっ!お兄さんたちはそんなにすごい人たちの息子さんなの?


「えーと、は、初めまして。リーマです」


 なんかのすごいオーラに圧倒され、おずおずと挨拶した私。こんな豪華なところでこんな豪華な人たちの前に立つと、萎縮してしまう。


 それに今の状況と森でお兄さんたちに会った時の状況とは完全に違う。あの時は私の絶対絶命的な状況と言っても過言ではなかったから、お兄さんたちに対して堂々としていられた。しかし今は普通の初対面の人たちに会う場面だから、私はかなり緊張して、自分の服をギュッと握ってしまった。


 あれ?もしかして私は人見知りだったのかな?それともお貴族様のオーラに圧倒されているだけなのかしら?うーん、でも村の人たちに初めて会った時、こんなに緊張しなかったよ?やっぱりお貴族様のオーラで圧倒されているかも・・・・・・・これが平民の性というものだろうか。


 お兄さんたちって貴族なんだね。この二枚目たちが貴族で、しかもこんなお金持ちとか世の中は不公平すぎるよ。


 それにしてもお兄さんたちは本当に父親に似ているね。顔立ちも髪色も目の色も似ている。おかげでお兄さんたちのお父ちゃんを余裕で覚えられそうだ。


「まあ、初めまして。あなたはリーマなのね。本当に可愛らしいわね〜会えてうれしいわ。これからもよろしくね。私のことはお母さんと呼んでいいわよ」カイテルさんのお母さんも優しい笑みを浮かべ、私に優しく声をかけてくれた。


 ??お母さん??どうして?聞き間違いだった?私、ついに耳が変になったかな?


「‥‥‥‥‥‥‥えーと、お母さんですか?」


「そう、お母さんと呼んでね、こちらもお父さんと呼んで」


 この伯爵夫人はまた優しい笑みを浮かべる。私はこの伯爵夫人の隣のカイテルさんのお父さんを見ると、この伯爵も優しい笑みを浮かべて頷く。


 私は戸惑った。本当にこの二人をお母さんお父さんと呼んでいいの?どうしていきなり赤の他人にそう呼ばせるの?


 周りの反応が気になって見回すと、お兄さんたちもお兄さんたちのお父さんたちも「ふふふ」やら「いいな〜」やら「ほぉ〜」やら「へぇ~」やらと相槌してニヤニヤしている。お兄さんたちに森で会った時からずっと気になっていたけど、この反応はどういう意味なの?王都流の相槌なの?聞いたら教えてくれるかな?


「あ、はい、えーと、お、お母様?とお父‥‥‥様‥‥‥?」


 カイテルさんが様付けだから、私も様付けしたほうがいいよね?とりあえず一番丁寧であろう言葉にしよう。カイテルさんもそう呼んでいるから、間違いないはず。カイテルさんはずっとニコニコしているし、他の人に笑われていないし(ニヤニヤしているけど)、合っているはず。うんうん、リーマ、自信を持ちなさい。


「まあ、その首飾りがとても素敵ね」


 カイテルさんのお母様はニコニコしてチラッとカイテルさんを見て、カイテルさんが買ってくれた首飾りを褒めた。


「ありがとうございます。これはトレストでカイテルさんが買ってくれたんです‥‥‥」


 私は俯き加減で小さな声で答えた。この首飾りはこのお母様の息子が買ったものだから、何か言われるかちょっと怖い。返せと言われたら速攻返そう。


「ふふふ」「へぇ〜」「ほぉ〜」「おおお〜」「やるじゃん」また意味不明の相槌が飛んでくる。お兄さんたちと森にいた時から何度も何度もこの相槌を聞いているから、そろそろ慣れてくる。今後は気にしないで鳥ちゃんのさえずり声とでも思うようにするよ。


「そうなのね〜。やるじゃない、カイテル?」


 どうやらこのお母様はカイテルさんがこの首飾りを私に買ってくれたことを気にしていないみたい。返せと言う気配もない。怒られなくてよかった。


「リーマ、どこに住むかまだ決まっていないでしょう?だったらこれからここに住んでもいいわよ。今メイドたちに部屋を準備させているわ。カイテルの隣の部屋をね」


「えっ?そ、そんな迷惑をかけられません。私は街の宿に泊まりますから・・・・・・」


 このお母様はすごくありがたい話をしてウィンクまでしてくれたけれど、やはり断ろう。見ず知らずの人の家に泊まるのは恐縮すぎるし、厚かましすぎる気がする。すごくありがたい話だけどね。


「まあまあ、そんなこと言わないで。今日はみんなで晩ご飯を食べましょう。もちろんリーマもね。部屋は準備しているからとりあえずお庭で休んでちょうだい。部屋の準備が終わったらメイドが呼びに行くから」


「えーと‥‥‥‥‥‥」


 このお母様は私の断りを無視し、私がこの屋敷に住むことになりかけている。どうしようどうしよう?私はなんて言えばいいかな。私はカイテルさんを見て、助けての視線を送った。


「そうだね。リーマ、ここに住もう?ここにいれば、リーマは安全だし何か困っていることがあったら、俺がすぐ助けられるから。心配することはないよ」どうやらカイテルさんは私の視線を勘違いしているみたい。


「‥‥‥は、はい‥‥‥」


 まあ‥‥‥まあ‥‥‥仕事を見つけるまでの話だろうし、王都の宿が高そうだから、宿のお金が足りないだろうし、街にまだ慣れていないからお言葉に甘えさせてもらおう?


「ふふっ、じゃ部屋の準備ができるまで庭で待っていてね〜。後でメイドがお菓子と飲み物を持っていくからゆっくりしてね~」カイテルさんのお母様が上品に微笑む。


「はい・・・・・・・ありがとうございます・・・・・・・」


 私の住む場所が決まり、ひとまずお貴族様たちとの話し合いが終わると、私とお兄さんたちは一緒にこの無駄に広い部屋を出ていく。

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