#006 袖すり合うも他生の縁②
「ありがとう。俺の名前は‥‥‥」
カイテルさんは私の近くに座りながら、自分の名前を教えようとする。
ここに座る前に「ここに座ってもいいか」と一言ぐらい聞いてほしかった。そしたら私は「いやダメです。あっちに行ってください」と答えられるのに‥‥‥
「はい、カイテルさんですね。そっちはジルさん、高いのはファビアンさん、黒いのはマーティスさんでしたっけ?」
「‥‥‥覚えてるのか?」
「私は結構物覚えがいいです」
「よ、よかった。リーマはどこに行くのか?」カイテルさんは苦笑いした。
「街に行きます」
「どの街?」
「‥‥‥‥‥‥考えています」
「どういうこと?どこに行くかわからないのか?」
「‥‥‥‥‥‥だから考えています」
「行き先がわからないのに、こんな森で放浪しているんのか?女ひとりなんだから危ないんだろう?何を考えてるんだ?」
ファビアンさんが説教しはじめようとしたけれど、心配無用。
「私には騎士という人たちでも戦いたくない二匹のホワイトウルフが付いていますよ」
「‥‥‥まあ、そうなんだが」ファビアンさんは苦笑いした。
「ふふっ行き先がまだ決まっていないなら、俺たちと一緒に王都に行かない?」
「‥‥‥王都?王都って遠いですか?」遠いならお断りだね。
「ドラゴンに乗れば、一日で着くよ」
ふむ!?何だと!?
「どど、ドラゴン?ドラゴンちゃんが本当にいるんですか!?」
ドラゴンちゃんは貴重な動物で、平民が簡単に気楽に見られるような動物ではないとおじいちゃんから聞いた。特に片田舎の平民にとってドラゴンちゃんは御伽話の動物といってもいいぐらい。本でしか存在を知ることができない。そもそも片田舎には本という存在がゼロに近い、と。だから片田舎の平民の私はドラゴンちゃんに会えるなんて夢にも思っていないのだ。案外街に行けば会えるのね。楽しみだよ!ドラゴンちゃん、待っててね!
「いるよ。遠いところに移動する時、ドラゴンがよく使われるよ」
「へぇ〜すごい〜。私はドラゴンちゃんを見たことがないんです。見てみたいです」
「じゃ、一緒に王都に行こう?俺はリーマが守るから‥‥‥まあリーマにはホワイトウルフが付いているからいらないだろうけど‥‥‥でも俺が街の案内はできるよ」
「そんなに遠いですか?うーん、私は別にそんな遠い街まで行く気はないんですから、王都はいいんです」
「じゃどこに行く気なんだ?」
今度は初めて発言したマーティスさんが言った。声だけで威圧感を放つ人だわ。ついビクッちゃったじゃないの‥‥‥‥
「トレストでいいと思っています」
「トレストに行って何をするんだ?」
「うーん‥‥‥‥‥‥仕事をしますよ?」
「どんな仕事?」
「うーん‥‥‥‥‥‥薬師とかかな?」
「君は全然何も決まっていないじゃないか。だったら王都に行ってもいいんじゃないか?王都には仕事がいっぱいあるよ」今度はジルさんも王都を勧めた。
「そうだよ。リーマも一緒に王都に来てくれたら、俺は安心する。他の街でリーマを一人にするのが心配なんだ」カイテルさんは言った。
「さっき会ったばかりの赤の他人なのに、どうして心配するんですか?」
「女の子を一人にするのは心配するだろう?」
「じゃ、カイテルさんは女の子が一人にいるところを見るとその女の子全員を保護するんですか?優しすぎませんか?逆に怪しいですよ」
「いや、そうじゃないんだが‥‥‥。俺はただリーマを心配しているんだ」
「ふーん、私が村を出る前に村のお兄ちゃんたちに男を信じるなとか、街の男はケダモノだとか何度も言われました。こんなことに遭うから、村の人が忠告してくれたんですね。村の外でこういうことによく会うからなんですね。勉強になりました」
「ち、違うよ!俺は本当にリーマを心配しているんだよ!俺は絶対にリーマに悪いことをしないから!」
カイテルさんは泣きそうになり、悲しんでいるように見えた。本当に私を心配しているのかもしれない。私がカイテルさんに対して失礼なことを言ったようだ。
「‥‥‥ひどいことを言ってごめんなさい」
「うぅん、全然大丈夫だ。気にしないで。俺がリーマに絶対に悪いことをしないってわかってくれれば、俺が嬉しいよ」
「‥‥‥はい」私は本当にひどいことを言ったわ。
「さっき村って言ったよな。どこの村なんだ?この辺に村があるのか?」ファビアンさんは聞いた。
「西のほうの村です」
「西の村?そんなところに村があるんだ‥‥‥知らなかった‥‥‥」
「すごく小さな村です」
「そうか。じゃ君はどうして村を出たんだ?」
「うーん、簡潔に言えば追い出されたからですね〜」
「追い出された!?誰に!?」カイテルさんは驚いて声をあげた。
「おじいちゃんに」
「どう、どうしておじいちゃんがリーマを追い出したのか!?」
「私に村の外を見て欲しいみたいです」
「あぁ、なるほどね。じゃおじいちゃんのおかげで俺はやっとリーマに会えたんだね。よかった。嬉しいよ」
「・・・・・・・・・・・・私は森の中で誰にも会うつもりはなかったけどね」私は小さな声でぶつぶつと独り言を呟く。
「ふふっでも俺はリーマに会えてすごく嬉しいよ」カイテルさんは満面な笑みで言った。
「‥‥‥‥‥‥」あっ、聞かれてしまったか‥‥
そんな嬉しそうな顔でそう言われると私は何も言えなくなった。
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