第18話 面倒な現実
そんな歪な死を遂げた幽霊が、この部屋にいるらしい。
霊感の無い俺には視えないが、こちらを睨んでいると思うとやりずらいったらない。
しかし、他の2人が気にしていないというのなら、俺のワガママでまとまりかけた話を台無しにすることはできない。この部屋で報告をしよう。
「お! お酒があるよ!」
そんな俺の自己犠牲精神を知らない木渡さんが嬉しそうに言う。
「先生、これ飲んじゃダメ?」
「……話し合いに差し支えなければ」
「ヤッター!」
1瞬、この現役大学1年生が19歳か20歳か不明瞭なことが頭をよぎったが、今更そんなことを指摘するのが馬鹿馬鹿しくなりやめた。
そういう目的ではないにしても、職場に通う女子学生2人とラブホテルにいるのだ。倫理を考えるならとっくに終わっている。
木渡さんに酒を勧められたが、俺と有川さんは断った。代わりに酒に負けず劣らず健康に悪い激甘な缶コーヒーを口につける。
ここ最近、コーヒーはブラック派だった俺だが甘味を求めている。
歳をとって味覚が鈍感になり苦い飲み物が好きになるという話は聞いたことがあるが、逆もあるんだなと意外に思っている。
些細なことだが、自分の趣味嗜好が変わると落ち着かなくなる。
「それじゃ、始めましょうか」
砂糖に加え、練乳もたっぷり入った痛いほどの甘みに堪能していると、有川さんがそう切り出した。
そうだ。今日はこれに集中しないと。
「あぁ。まずは俺から。図書館で例の路線に調べてみた」
参考にした本は持ってこなかったので、記憶だけを頼りに話す。
別に借りて持ってきても良かったのだが、真面目な本をラブホに持ってくるというのはバチが当たりそうで怖かったんだ。
俺は幽霊と同じく神様も怖い。
こんなことを考えることこそバチが当たりそうだが、この感情は克服できない。
得体のしれなさや、能力だけで見たら幽霊よりもよっぽど恐ろしい。
閑話休題。今日は寄り道にそれてばかりでいけない。何だが調子が悪い。
この部屋の幽霊のせいか?
「要約すると、明治2年に作られたらしいんだけど、当時の杜撰な管理の影響もあって工員さんが何人も亡くなったらしいんだよ」
気を紛らわせるために、早口で捲し立てる。
「時代的には戊辰戦争が終結して間もない頃かな。東京から北海道までつなぐ計画だったらしいんだが、途中で頓挫して俺達の知る関東を繋ぐ路線になったわけだ」
「「……」」
問題児2人が、俺の話をキチンと聞いてくれている。その影響もあって、喋りが徐々に悠長になっていく。
「公的な情報はここまでだ。よくある話ではあるが、工員さんが亡くなっているって点は気になる。その死因を解明できれば路線の謎が分かるかもしれない。そこで、有川さんに頼みがあるんだが……。有川さん?」
名前を呼んだのに、まるで反応が無いので、再度声をかける。
「……あ。ごめんなさい。なんだっけ?」
「おいおい。しっかりしてくれよ」
「ごめんごめん。でもさ、後ろがあまりにも凄いから」
「……え?」
「さっき言った美人さんの幽霊、センセーを睨みながら抱きついてるんだよ」
「……」
色々重なりすぎだろう。
これが小説だったら作者の技量に疑問を感じるくらいだ。問題は1つ1つじゃないと読者を混乱させてしまう。
今は路線について集中するべきだろう。新しい幽霊騒動を書いている場合ではない。
しかし、残念ながらこれは小説ではなく現実だ。
面倒ごとだらけの現実だ。
「あ。なんか言ってる……。えっと、レオン? センセーのことをそう呼んでる。何度も何度も」
レオン?
誰だ。そいつは。
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