第4話 人身事故

 気が早い太陽がウォーミングアップを始めた5月のある日。

 人身事故に巻き込まれた。


 電車が急停止してから1時間が経つ。

 電車がピクリとも動かない状況に苛立ちが募り、読書も捗らないのでSNSを見ることにした。


<ホントに迷惑。こういうことする奴って人格破綻してんだろうな>

<電車を使って死ぬって考え方を何とかしてほしい>

<4日連続とか呪われてるって! この路線終わってる>

<完全に自殺の名所になっちゃったね>

<あの……なんか飛び込む寸前の動画見つけちゃったんだけど……。これって大丈夫なやつ?>


 この路線の名前で検索すると、同じ状況に陥っている乗客達が少しでもストレスを発散しようと攻撃的なポストが出てくる出てくる。

 ただの文字列からも、みんなの不満が伝わってくる。


 そして、恐怖も。


 攻撃的な人間は、根っこが臆病な者が多い。

 人身事故の場合は、いつまで待てば動き出すのか分からないという恐怖により脳が支配される。

 1時間待てばいいのか。それとも2時間はかかるのか。それとも意外と10分後には動き出すのか。

 繰り返されるアナウンスを聞いても全体像が掴めない。自分は家に帰れるのかと不安でたまらなくなる。


「おい!!! いい加減にしろよ!!! こっちは仕事で疲れてんだ!!! クズの死体なんて放ってさっさと電車動かせ!!!」

 そのような思考に支配された男が、SNSだけでは飽き足らずブチ切れている声が車内から聞こえる。


 気持ちは痛いほど理解できる。

 なんせ、4日連続だ。


 でも、その暴言を吐く対象は間違っている

 車掌さんを初め、現場にいる駅員さんは俺達乗客よりもずっと大変な目にあっている。

 その怒りは、いつまでもホームドアを各駅に設置しない上層部にぶつけるべきで、懸命に働いている現場の方々にはむしろ敬意を評するべきだ。


「早くしろよ! じゃねーと殺すぞ!!!」


「はぁ……」

 と、ため息をついて俺は立ち上がる。

 せっかく確保できていた座席を他人に譲って立ち上がる。


 声がしのは……右か。

 ゆっくりと歩を進める。


 できれば、ああいう状況に陥ったヒトを相手したくないのだが仕方がない。

 このままにしておくのは気分が悪いからな。


 ダラダラ歩いていたら、喚き散らす男の姿が見えてくる。

 運転室のドア越しに喚いているのは、スーツを着た小太りの男だった。

 歳は、40代後半といったところかな。


「あの……」


「あ!?」

 血走った目でこちらを見るおじさん。

 どうせ無理だと思うが、とりあえず嗜めてみるか。


「一旦落ち着きましょう。まずは息を整えて……」


「うるせー!!!」

 顔面のど真ん中にパンチをもらった。

 少しだけ、鼻がジンジンする。


「う、うるせー! うるせー!! うるせー!!! 気持ち悪りーんだよ!!!」

 カタカタと自身の全身を震わせるおじさん。


 あまり、暴力に慣れていないのかな。

 可哀想だなぁ。

 そんなレベルでヒトを殴った感覚は、不愉快極まりないだろうに。

 早く解放してあげよう。


「あ。髪にゴミついてますよ」

 そう手を伸ばした瞬間。

 俺は素早くおじさんの額にデコピンをした。

 おじさんは、膝から崩れ落ちる。


「あれ? どうされました? 体調不良かな? すみませーん! 急病人でーす!」

 先程までドア越しに怒鳴られていた操縦士さんに、別の駅員さんを呼んでもらい、おじさんを引き取ってもらう。


 その際に、騒いでいたと話したら面倒なことになりそうだから、急に倒れたと説明をする。操縦士さんも俺の意図を汲んだのか黙ってくれた。


「ありがとうございました」

 連れて行ってもらってから、操縦士さんに礼を言われた。


「いえいえ」

 軽くいなす。

 感謝されることには慣れていない。

 俺は逃げるように、止まっている駅に降りる。


「さて……と」

 知らない駅だ。


 とりあえず改札を抜けて街に出てみよう。

 土地勘は無いが、いざとなったら公園とかで寝ればいいや。

 もし襲われても、そこら辺のヤクザ数人になら、たぶん勝てるしね。

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