ヒトとバケモノ

ガビ

少し先の未来

 飛び降りによる音がどのようなものかご存知だろうか。


「ゴンッ」とか「ドンッ」のような鈍い音をイメージを持っている方が多いだろうが、実際は違う。

 今さっき重力に押し潰された彼女の身体から発せられた音は「ドパァァァン!!!」という、意外と派手なものだった。


 彼女とぶつかるスレスレの距離にいたので、今の俺の服や肌には血液がたっぷりとついている。

 口元にもついていたので、反射的に舐めとる。

 ガキの頃からの癖だ。口元に何かあると無意識に舐めてしまう。

 彼女の中身である液体を飲み込む。


 何故、自分はそんなことをしたのだろう。

 舐めてしまったのは仕方がないにしても、吐き出せば良かったのに。

 自己分析するに、彼女と同一化したかったのかもしれない。


 でも、そんなのは無意味だ。

 愚かな自己満足だ。

 死んだ人間は生き返らないのだから。

 俺の、俺達の敗北だ。

 どこで間違えた?

 怪異もヒトも、侮っていなかった。油断なんて1度だってしたことがなかった。


 それなのに、何故彼女は死んだ?


「あー。また自殺? なんか慣れてきたわ」


「お。今回のご遺体は可愛いな」


「はい! 今回の動画はですね! 死にたてホヤホヤの死体を映したいと思います! いやー、ホントに今さっき飛び降りたんですよ!?」


 彼女が愛した街の住人達が、俺の心を抉る。

 止めろ。

 好き勝手言うな。

 お前らに何が分かる。


「ったく。死ぬんなら迷惑かけないところで死ねよな」

 しかし、その憤りは背後から浴びた、どこの誰かも知らぬ、ありふれた非難によって鎮火された。


 そうだ。


 俺だって、アイツらに同じような感情を抱いていた。

 人生というリングから降りたお前らが、生者の邪魔をするなよと蔑んでいた。

 そんな奴が、自分の友人だけは違うと憤る資格など無い。

 そんなこと、生前の彼女は許さないだろう。


「あの……大丈夫ですか?」

 そんな俺を案じたのか、背後から女性の気遣った声が聞こえてきた。


 こんな世の中だが、こうして他人のために行動できるヒトはまだいるのだ。

 それは彼女も同じだった。

 動け。俺にはまだやらなくてはならないことがある。


「大丈夫です。ご心配をかけて申し訳ございません」

 そう言って、俺はその場から走り去った。


 自宅まで全力疾走で駆けた。

 真っ直ぐ台所に行き、角砂糖を一気に口に放り込む。おそらく10個はあるだろう。

 彼女は異常な甘党だった。コーヒーに夥しい量の砂糖を入れてズズズと啜るほどの。


 なら、俺はその上をいってやる。

 甘さで脳まで溶けそうになるが、それが気持ちいい。


 全てを飲み終わった頃、俺の五感は今までに無いほど冴え渡っていた。

 これからだ。

 これからが俺達のターン。


 再起動をするために、俺は今までの経緯を整理してみることにする。

 最初に思い出したのは、職場に訪ねてきた奇妙な相談者のことだった。


 

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